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コロナで新しいチャンスに気づいた。高級焼鳥店 鳥幸の新しい「体験型お取り寄せ」

焼鳥のセットと「焼台」が一緒に届く

 コロナで最も大きなダメージを被った産業のひとつが、飲食業でしょう。緊急事態宣言下では、営業することもままなりませんでした。ただ、絶望的な状況の中で、新しいチャンスに気づいた会社もあります。その一つが、本格焼鳥と厳選ワインで知られる鳥幸です。
 鳥幸は、自宅のベランダでおいしい地鶏を焼いて食べて楽しんでもらおうと、体験型お取り寄せセット「ベランディング鳥幸」を6月にスタートさせたのです。これが、発売初月で1000台を売り上げ、2カ月目には4000セットを突破。大ヒットとなったのでした。

 例えば、サイトの中にある「鳥幸オリジナル焼台のセット」から、「伊達鶏とはかた地どりのミールキット」と「鳥幸オリジナル焼台セット」(6600円)を注文すると、串に刺された地鶏のキットと、鳥幸がオリジナルで作った小さな焼台が送られてきます。
 経験したことがある人は知っていますが、焼鳥の串打ちというのはとても難しく、なかなか素人にできるものではないそうです。また、家でうまく焼くのも難しい。そんな地鶏の焼鳥を誰でも簡単にできるようにしたのが、ベランディング鳥幸だったのです。

 僕も取り寄せてやってみたのですが、これが楽しい。オリジナルの家庭用焼台を使うと、けむりも少なく、簡単にいい感じに焼き上がります。しかも、こだわりの地鶏とこだわりの調味料で、本当においしい焼鳥が家でできてしまうのです。
 焼鳥を自分で焼いて、アツアツをその場で食べるというのは、僕も初めての体験でした。

 食べ終わった後も、焼台が家にありますから、焼鳥を注文したくなります。お取り寄せが継続的に行われる仕組みができたのです。しかも、いきなり数千人の顧客を獲得して、です。

地鶏の生産者も困っていた

 僕が運営しているオンラインコミュニティHonda.Lab.では、毎月1回ライブセミナーを行っているのですが、

 9月のセミナーのゲストに招いたのが、鳥幸を展開している東京レストランツファクトリー社長の渡邉仁さんでした。
 コロナがどんな衝撃を与えたか、渡邉さんはこう語ります。

「都内を中心に、ニューヨークも含めて約70の店舗がありました。それが全滅です。家賃だけで5000万円。人件費なども含めると、何もしなくても毎月8000万円以上が出ていくことになりました」

 2月から異変が始まり、3月にはこれは何とかしないといけないぞ、という思いに駆られたと言います。

「私たちが扱っているのは、スーパーで売っていないような高級な地鶏です。その出荷がすべて止まってしまい、生産者からも相談を受けたんです。生き物ですから、生育は止められません。冷凍ストックの倉庫もいっぱいになろうとしていた」

 実はみんなが困っていたのです。このまま行くと、すべてが止まってしまう。何かやるしかない。
 そこで思い浮かんだのが、お取り寄せでした。しかし、単にオンラインで販売するのではない。焼鳥を自分で焼く小さな焼台も一緒に送ることを思いついたのです。

「それが3月の頭。焼台と一緒に送るのがいいんじゃないか、と。そこから3カ月かけて焼台をメーカーと一緒に作り上げました」

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とにかく、走り出した

 ただ、鳥幸は飲食店を展開していた会社です。eコマースのノウハウも知識もありません。実際、どうしていいのかわからなかった、と言います。そこで、個人が簡単に通販を始められるeコマースプラットフォームのBASEを使って、まずはオンラインサイトを作ってしまったのです。

「素人でしたが、とにかく見よう見まねで作りました。最初は、今から思えば恥ずかしい体裁のものだったと思います。そこから少しずつ、進化させていきました」

 とにかく何かするしかなかった、と渡邉さんは言います。何かしら動いていないと、マインドがおかしくなってしまうと思った、と。だから、走り出したのです。
 しかし、この危機のタイミングで走り出せたかどうかが、飲食業は大きく明暗を分けたと僕は思っています。
 じっとしていたところで、何も変わらないのです。むしろ、これを機会に会社を変えてしまう。ビジネスを変えてしまう。そういう取り組みこそが、今は求められているのです。

 そして鳥幸の成功の要因のひとつは、影響力のありそうなインフルエンサーにベランディング鳥幸を試してもらったことだと思います。これによって、体験型お取り寄せの面白さに気づいてもらえた。しかも、地鶏生産者の応援にもなるという点も大きかった。
 彼らは、SNSを使って「ベランディング鳥幸はすごく良かった」と積極的に投稿していったのですが、宣伝というより、本音だったと思います。おいしかったし、生産者を応援したかった。これが、起爆剤になりました。

 もうひとつ、そもそも家で焼鳥を焼く、などというのは過去に例がありません。どうやって世界観を作っていくか、ムービーを制作したりして、ライフスタイルとつなげるマーケティングを行います。

 こうして、モノを売るというより、体験を買ってもらう、という流れができていったのです。

「実際、コロナで自宅にいる時間が増えた人が多かった。自宅で体験型のモノ、しかも食がからんだものというのは、なかなかなかったようです。後に焼台はLoftでも大きく扱ってもらえるようになりました」


 今も最も売れているというBASEで作った自社サイト以外にも、オイシックスや楽天などでも販売を始めます。

「月に何千台もモノを売ったことなんてありませんでしたから、本当に大変でした。社員総出でクローズしたお店でパッキングして、宅配便に乗せて。トラックに乗り切らない、なんてこともありました。いろんな試行錯誤があって、今があります」

 BASEのシステムは、後に東大生たちのITベンチャーに見てもらうことになりますが、よくこれでやっていましたね、と驚かれたそうです。

もうすべてガタガタでした。でも、ありがたかったのは、本当にたくさんの応援をもらえたことです。生産者の方を応援したい、という声も大きかった」

 8月に入ると、TABI LABOに記事が掲載。これが大きな話題になります。

 さらに9月に入ってからは、テレビにも取り上げられて爆発的に受注が伸びていきます。

全国にファンを獲得することができた

 当初、鳥幸は年内の出荷1万台を目標にしていましたが、それは難しいのではないかと僕は思っていました。

「でも、毎月キャッシュが溶けていくような状況で、本当は5万台を売りたかった。そのくらいじゃないと、会社は助けられないと思ったんです」

 1万台は、すでに見えてきています。その先には、5万台もありうるかもしれない。eコマースの世界では、なかなかできる数字ではありませんが、ぜひ目指してほしいと思います。
 すでに倉庫と契約し、物流体制も整えました。串差し場も新たに契約。銘柄鶏をまとめているところとも話が進み、日本全国の珍しい鶏を扱えるようになったそうです。
 また、月に1回、珍しい地鶏の稀少部位を送り届けていくサブスクのサービスや、ベランディング鳥幸同好会というフェイスブックグループづくりも始まりました。

「こんな食べ方をすればおいしいよ、という情報を共有したり。生産者からも、とても感謝しているので養鶏場にも来てほしい、と言われています。消費者のみなさんと生産者の新しい交流も生まれたらうれしい」

 もしコロナがなかったら、絶対にやっていないことだった、と渡邉さん。もし始めようとしても、準備段階で完璧を追い求めすぎて、なかなか始められなかったかもしれません。コロナだから、見切り発車するしかなかった。しかし、それでいいのです。
 そしてこれで、お店と並ぶ、もうひとつの事業の柱ができました。お取り寄せとの2本立てで、経営を安定させられるのです。

「ベランディング鳥幸によって、全国に鳥幸のブランドも広めることができました。これからの出店のスタートダッシュにつながると思っています」

 コロナによって、ファンを全国で獲得することになった。こういう会社も、あるのです。

本田直之

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