012_表紙

細胞はミトコンドリアを手に入れて、初めて「エネルギーの壁」を突破し、大きく複雑に進化した

真核生物の細胞(真核細胞)は、その内部に、
 核とか、
 細胞骨格とか、
 ミトコンドリアとか、
複雑な構造をいろいろと持っている。

サイズも、真核細胞はバクテリアより直径で10倍ぐらい大きい。
(体積だと1000倍ぐらい大きい。)

そして、地球上の生物には、
 原核生物(バクテリア:細胞内に核がない)
 真核生物(細胞内に核がある)
の、大きく分けて2種類しかいない。

バクテリアと真核細胞の
 中間ぐらいの大きさ
 中間ぐらいの複雑さ
を持った生物は、ほぼいないと言っていい。

なぜ真核細胞は、バクテリアから急激に大きく、急激に複雑に進化することができたんだろう?

「生命、エネルギー、進化」という本

「生命、エネルギー、進化」(ニック・レーン(著)、斉藤 隆央(翻訳)、みすず書房)という本がある。
すごい本だ。
大人になってから読んだ本では、最も感銘を受けてしまった。

この本は、ひとことで言えば、
 「エネルギー」っていう観点からも考えないと、
 生命の進化を正しく理解できないよ。
ということが書かれている。

そして、
細胞は、
 ミトコンドリアを手に入れて、
 初めて大きくなることができ、
 複雑な真核細胞になれた!
というのが、この本の中心的な主張だ。

この点については、かなりのページ数を使って、詳しく書かれてるんだけど・・・
なんとも、分かりにくい!
一般の人にはかなり難しい内容だと思う。

この部分が、この本の一番エキサイティングなところなのに、もったいないと思う。

なので、この部分を、なるべく簡単に解説してみたい。
できるかどうか分からないけど、やってみたいと思う。

絵を描いて考えてみよう

まずは、絵を描いて、直観的に考えてみよう。

細胞が大きくなるために、なぜミトコンドリアが必要なのか?

真核細胞は、
 ミトコンドリアに、ATP合成酵素があって、
バクテリアは、
 細胞の表面に、ATP合成酵素がある。

000_真核細胞とバクテリア

つまり、真核細胞は、
 ミトコンドリアで、ATPを作り、
バクテリアは、
 細胞の表面で、ATPを作る。

001_真核細胞とバクテリア

作られたATPは、作られた場所からその周辺に配られる。
配られた先では、ATPをエネルギー源にして、いろんな生命活動が行われる。

もう一度言う。

バクテリアは、
 細胞の表面で、
  ATPを作る。

002_空白地帯

こんなバクテリアが、そのまま大きくなったら、どうなる?

細胞の真ん中あたりに、ATPが届きにくい、エネルギーの空白地帯ができてしまう。

003_空白地帯

細胞が大きくなれば、この空白地帯はもっと大きくなる。

エネルギーがなければ生命活動はできないから、細胞の真ん中あたりは死んでしまう。

だから、バクテリアは大きくなれない!

「細胞の表面でATPを作る」っていうバクテリアのやり方だと、バクテリアはいつまで経っても大きな細胞には進化できないんだ。

これを、バクテリアの、
「エネルギーの壁」
と言ってもいいだろう。

バクテリアはエネルギーの壁のせいで、誕生してから40億年もの間、小さいままだったのだ。

では、真核細胞はなぜ大きくなれたのか?

真核細胞はミトコンドリアを手に入れた。

004_真核細胞1

ミトコンドリアでATPが作られて、ミトコンドリアのご近所にATPが配られるわけだけど・・・

005_真核細胞2

細胞が大きくなると、そのままだとやっぱりATPが足りなくなる・・・

006_真核細胞のエネルギー1

でも、簡単な解決法がある。

ミトコンドリアを増やせばいい!

007_真核細胞のエネルギー2

これが真核細胞だ!

こうして生命は「エネルギーの壁」を打ち破った!
細胞が大きくなれば、その分だけミトコンドリアを詰め込めばいい。
細胞は、大きくなれるようになったのだ!

大きくなった細胞は、その中にいろんな複雑な仕組みを収められるようになり、一気に多機能になり、複雑な多細胞生物に進化できるようになった。

これが、真核生物の誕生の秘密だ。

「ミトコンドリアの獲得」
という進化上のイベントは、
生命が、僕たちのような複雑で大きな真核生物へと踏み出した、
巨大な一歩だったんだ。

数字で考えてみよう

せっかくなので、絵で説明するだけじゃなくて、ちょっと数字も使って考えてみよう。

そんなに難しい話じゃない。

細胞を、
「直径が 1 の球」
だと考えてみる。

そして、この球の表面積を考えてみよう。
(公式、覚えてる?)

球の表面積の公式は、S = 4πr^2 だから・・・

008_球の表面積

直径 1 の球の表面積は、
4 x 3.14 x 0.5 x 0.5 = 3.14
で、表面積は "3.14" ってことになる。

次に、この球の体積を考えてみる。
球の体積の公式は、V = 4/3 πr^3 だから・・・

009_球の体積

直径 1 の球の体積は、
4/3 x 3.14 x 0.5 x 0.5 x 0.5 = 0.52
で、体積は "0.52" だね。

バクテリアは表面でしかATPを作らないから、バクテリアがATPを作る能力は 3.14 ってことになる。

一方、ATPを必要としている場所は細胞全体で、その体積は 0.52。

というわけで、
 ATPを必要としている「体積」あたりの、
 ATPを作る「面積」は…
3.14 ÷ 0.52 = 6
となる。

では、細胞の直径が2倍に大きくなって、直径 2 の球になったとしたら?

直径 1 の時と同じように計算すると、
 表面積
 4 x 3.14 x 1 x 1 = 12.6

 体積
 4/3 x 3.14 x 1 x 1 x 1 = 4.19

 体積あたりの面積
 12.6 ÷ 4.19 = 3

この調子で、直径が 1 から 10 まで順に考えていって、
結果を表にしてみると・・・

画像11

黄色で示した、「表面積/体積」の行を、グラフにしてみよう。

011_グラフ

体積あたりの表面積(表面積/体積)は、
 直径 1 の時は 6 だったのが、
 直径 10 の時には 0.6 にまで減ってしまう。

バクテリアは細胞の表面でATPを作るんだから、
「体積あたりの表面積」は、つまり、
「体積あたりのエネルギー」ということだ。

真核細胞は、バクテリアの10倍ぐらいサイズが大きい。

そこで、バクテリアの、
 細胞の表面でATPを作るというやり方はそのままで、
 サイズだけ10倍にするとどうなるか?
を考えてみる。

すると、上のグラフのように、
 体積あたりのエネルギーが、
 6 → 0.6
と、なんと 1/10 にまで減ってしまう!

これではとても生きていけないだろう・・・。

と、こういう計算からも、バクテリアにとって
「エネルギーの壁」
がいかに強烈に効いていたかが分かると思うんだ。

一方、
真核細胞は、
単位体積の中に必要なミトコンドリアを詰め込めるので、
細胞が大きくなっても「体積あたりのエネルギー」が減らない。
 →だから大きくなれる。
っていうわけだね。

もちろん、
「細胞を球だとする」
なんて、いくらなんでも単純化しすぎだろう。

でも、思い切って単純にすると、数字で考えやすい。
数字で考えると、
 より正確に、
  より深く、
世界の秘密に分け入っていくことができるんだ。

おわりに

どうだろう?
難しかっただろうか?
でも、実は「生命、エネルギー、進化」という本では、これよりもだいぶ難解で厳密な議論が展開されている。

それを、力の限りやさしく解説すると、こんな感じになると思う。

でも、白状しておこう。
今回、「生命、エネルギー、進化」に書かれている重要な概念をひとつ、説明していない。
それは、「1遺伝子あたりのエネルギー」という概念だ。
ニック・レーン博士はこの本の中で、
 体積あたりのエネルギー
からさらに考えを進めて、
 1遺伝子あたりのエネルギー
について検討している。

でも、僕はどうしてもこの、
「1遺伝子あたりのエネルギー」
が、理解できない・・・。

だから、これについては書けなかった。
力尽きたのだ・・・
そこは、ご容赦願いたい。

それから、「生命、エネルギー、進化」では、
おおまかに言うと、
 生命の誕生
 真核生物の誕生
 真核生物の進化
の3つについて書かれている。

今回は、このうち「真核生物の誕生」の、一番大切なコアとなる部分(だと僕が勝手に思っている部分)だけを解説したにすぎない。

他にも、手に汗握るようなエキサイティングなストーリーが、この本にはぎっしりと詰まっている。

是非、手に取って、読んでみて欲しい。


*  *  *  *  *

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

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