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彼と彼女とわたしのカレー事情

東京にくるまで、カレーが嫌いだった。

子どもの頃は人一倍食いしん坊だったと記憶している。口癖は「おなか減った」。

学校でも「食べ残しはホンダに回せ」と言われるほど、周囲もわたしの大食いを認識していた。好き嫌いも殆ど無く、出されたものは何でも大喜びでぺろりと平らげていた。そんなわたしが唯一、夕飯で出されてがっかりしていたもの。それが『カレー』だった。

カレーの何がそんなに嫌いだったかは覚えていない。

ただ、わたしにとって、夕飯は一日を締めくくる大事な儀式だった。一日外で遊んで、学校の授業を受けて、子ども社会で処世してきた後の癒やし。最後のメインディッシュだ。そう、あの頃わたしは、食べることに全身全霊をかけていた。だから、『気に入らないカレー』がその大トリの座にのって出てくることは耐えられないことだったのだ。

それほどカレーを憎んでいたわたしは、東京にきてあっさりカレー好きに転じた。理由はめちゃくちゃうまいカレーを食べたからだ。

田舎からでてきた19歳の頃、右も左もわからないわたしに親切にしてくれた大人がいた。その彼と彼女がわたしとカレーをくっつけた。

ふたりはわたしより10歳ほど年上のカップルで、大学のゼミのOB生だった。とくに彼女のほうは、面倒見がよかった。同じ分野を研究していたこともあって、勉強はもちろん、恋愛ごとや友達関係も相談にのってくれた。

そんな彼女がある日、「カレー屋に入ろう」と言うのだ。カレーに金を払うやつの気が知れないと思っていたわたしは結構、いや大分嫌だったが、丸め込まれて人生初の外食のカレー屋に引きずりこまれた。

そこで食べたカレーがすごくおいしかった。インドカレーだった。わたしが知っているカレーじゃない!正直味なんて覚えていないが、すごくウマイ!と思った。カレーを敬遠していた自分をたいそう恥じた。

最初と態度をころりと変えておいしいを連発するわたしに、彼女は「よかったねぇ」と笑ってくれた。

それからの彼女のカレー推しはすごかった。

なんと、彼氏のほうもカレーマニアだったのだ。
本職は大学職員だったが、家にとんでもない数のスパイスを所有し、自炊外食問わず毎日カレーを食べるカレー通。

彼女に誘われるがままに、彼氏のカレーを食べに通い。おすすめの店があればこれまた3人一緒に通い。カレー屋が目に入れば店に入った。あの奇跡の一皿を食べた日から、ホンダが歩けばカレーに当たるくらいカレーばかり食べていた。

しかしある日、彼らとのカレーの日々は突然終わりを迎えた。彼女が、精神科に入院してしまったのだ。厳密に言えば、わたしと出会う前から診断は下っていたが、普段の彼女にそんなそぶりはなかった。

彼女と連絡がとれなくなったわたしは、彼氏を訪ねた。そこで、すでに精神病院に入院していることを知った。

ずっと長い間彼女に寄り添っていた彼氏から、「わたしとカレーを食べていた時期がいちばん元気だった」と聞いた。そして、「わたしと一緒にいると楽しいけれど、彼女は自分がどんどん惨めになっていく、と嘆いていた。」とも言われた。

彼女の煩っていた病気は自己肯定感が極端に低くなって、思い込みや被害妄想が激しくなることが多いらしいと、後で調べてわかった。

彼氏とはその後何度か会ったけれど、彼女に会わせることはできないと言われてしまった。

それ以来、2人には会っていない。

カレーは今でも好きだ。そして食べるたびに、彼らを思い出す。

この原稿にとりかかる前、彼女に会ったという知り合いから電話がかかってきた。まったく消息がつかめていなかった彼女は、今は遠く自然に囲まれた地域で、療養を兼ねて暮らしているらしい。

「よかった」と思った。生きていてよかった。ずっと行きたいと言っていた地域で暮らせていてよかった。また会えるかもしれない。そんな色々な気持ちがない交ぜの「よかった」が湧いた。

再会を楽しみに、今日もカレーを食べる。

編集:円(えん)

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