送る人と送られる人

この間、長距離バスで

東京に戻る妻を見送った。

停留所にバスが来る。

窓側に座った彼女を見上げる。

バスが発車し、彼女が手を振り

僕も手を振った。


逆のことがあったよなと

36年前のことを思い出した。

結婚した年だった。

式の4カ月後、僕は五輪の

取材のためにロスに旅立った。

新宿からリムジンバスに乗った。


妻が見送り、僕は見送られた。

彼女は微笑みながらも

とても心配そうだった。

僕は「大丈夫」と声には出さず

口だけ動かした。でも初の

五輪取材は不安で一杯だった。


見送るほうと見送られるほう、

どちらがいいのだろう。

やがてそう遠くないうちに

僕らのどちらかが先に死ぬだろう。

このとき送られるほうより

送るほうがきっと辛いに違いない。


長生きはしたいけれど

妻を送るのは辛いし、その後、

ひとりで生きるのは寂しいだろう。

でも、妻を悲しませたくもない。

どちらが先に死ぬのか、でもそれは

きっと神様が決めることなのだ。