秋の生暖かい風

今日は木枯らし1号が吹くはずだった。

セーターにハーフコートを着込み、

首にはマフラーも巻いて外に出た。

ところが風はあるけれど生暖かい。

南から風が吹いているのだ。


病院までは歩いて15分かかる。

寒くはないが暑いとは思わなかった。

痺れた右足を懸命に前に運ぶ。

上り坂の公園道を上り終え、

自動車道に出ると病院が見えてくる。


受付で予約の旨を伝えて待合室に。

固いソファに腰掛けると額から汗が流れる。

マフラーを取り、ハーフコートを脱ぐ。

セーターも脱ぐが、それでも暑い。

ハンカチを出して汗を拭いた。


2時間も待ってようやく診察。

病院は忍耐を鍛える場でもある。

返り道はもう暗かった。

公園の通り道は特に薄暗い。

銀杏の枯葉が風に舞う。


その風はまだ生暖かかった。

ふと何十年も前の出来事を思い出した。

住んでいた集合住宅の前に別棟があった。

そこを通ったある日の夕方、

今日と同じ生暖かい風が吹いていた。


胸騒ぎのする風だった。

その夜、別棟で殺人事件があった。

住人が何者かにナイフで刺され

死んでいたという。

新聞記事でそのことを知った。


秋の生暖かい風は気持ち悪い。

その時からずっとそう思っていたのだ。

ただ、事件のことは忘れていた。

忘れたいと思っていたからだろう。

今日はそのことを思い出してしまった。


秋の生暖かい風の中を

病院まで往復したからだろうか。