見出し画像

「経営」視点の重要性とそのカギとなるICT化・DX化


▷登場人物のご紹介
◎語り手
お名前:木戸 邦夫
役職:社会福祉法人 援助会 理事長
   北九州高齢者福祉事業協会 会長

◎聞き手
名前:中浜 崇之(なかはまたかゆき)
ものさしを合わせる介護福祉士として特養やデイサービスで現場職や管理者として勤務。『自分らしく死ねる社会を創る』をコンセプトにテレビ東京『TOKYOガルリ』やTBS『好きか嫌いか言う時間』への出演や『週刊東洋経済』や『夢を育てるみんなの仕事300』(講談社)に取材記事が掲載されるなど、介護福祉についてポジティブな視点で発信している。

木戸邦夫理事長

▶︎記事の要約

20年前に銀行員でありながら、福祉の業界に飛び込んだ木戸理事長。「運営」ではなく「経営」の視点を持って時に職員の反対にあいながらも、ICT化・DX化に積極的に取り組んできた。その中で、システムの整理・統合には外部の専門家の知識やノウハウが必要だと考え、ほむさぽを導入。現在は自身の法人だけでなく、他法人や他施設、ひいては業界全体のICT化・DX化のために邁進している。


経営の目線

中浜(以下、中):
今日はよろしくお願い致します。木戸理事長はご自身の法人でのICT化DX化を推進しつつ、協会や団体内でそのノウハウや情報を積極的に共有なさっているとお聞きしています。理事長という視点からのIT化DX化の課題や、必要性などをお聞きできればと考えておりますので、よろしくお願いいたします。

木戸(以下、木):
よろしくお願いします。

中:
早速ですが、経営理念の中に「地域との連携」という言葉が入っているかと思うのですが、社会福祉法人援助会は地域の中でどういった存在となっているのでしょうか?

木:
私たちの社会福祉法人は昭和22年に作られ事業を開始したのですが、その前に、行政が昭和7年から始めた事業なんです。行政から私たちが引き継いでもう90年以上経っているので、地域に無くてはならない存在にはなっていると思います。ただ、結局地域に本当に必要とされてるんだろうか、あるいは地域が私たちのこと知ってるのだろうかと言うと、やはり非常に限られている状況ではあります。

中:
その理由や原因はどこにあるとお考えでしょうか?

木:
会長をしている北九州高齢者福祉事業協会においても、介護事業が地域に溶け込むために全体がどう変わっていかなければいけないのかという話をずっとしているのですが、なかなか浸透しないのが現状です。その浸透しない大きな理由として、介護保険以前は措置制度だったために、結局、経営という目線で事業をしている人が少ないという事だと思います。無駄があろうがなかろうが、そこにメスを入れるという事がほとんどないのです。

中:
経営という目線で事業をしている人が少ないと感じた出来事があるのでしょうか?

木:
私が今の施設に来たのは20年ほど前ですが、当時の収支は赤字でした。赤字の原因は減算されて年間何百万円かを行政に返還していたからなのですが、赤字は赤字ですよね。それに対して経営らしいことを全くやってなかったんです。

中:
事業所の経営という視点が弱い事に関しての理由など、お気づきになる点はあったのでしょうか?

木:
私は、運営と経営は大きく違うと思っているのですが、措置の時代に利用者の人数によって、決まった金額が国から降りていたことが、経営の視点が弱い原因だと思っています。介護の質や、あるいは経営者の質が良かろうと悪かろうと、利用者の数さえ揃えておけば自動的に同じ金額が入ってくるので、何も考える必要がなかったんですよね。さらに、その時代の財務留保という蓄えがあるため、今現在困っていないという事も、経営の視点になりにくい原因かと思います。

中:
蓄えがあったとしても、いつか尽きてしまう可能性が高いですよね?

木:
そうですね。将来その蓄えが続くかどうかという事さえも、しっかり考えてない側面がありまして、そういう体質でずっと来てしまったのだと思います。実際、九州の会長会議や別の社会福祉法人の団体にも加盟して役員をしているのですが、会議に出席しても、経営の話というのは全く出てこないんです。リーダーの会合でそんな状況ですから、全体が変わるというのはなかなか難しいのだと感じています。

中:
その場合、赤字への対策として現状どのようなアクションがメインとなっているのでしょうか?

木:
例えば特別養護老人ホームの決算で全体の6割の施設が赤字になった場合、施設の経営者たちは国に対して「6割の施設が赤字なのだから介護報酬を増やしてくれ」という訴えしかしないのです。多くある施設の中の半数以上が赤字なのであれば、国にも訴えやすいのでしょうが「運営」ではなく「経営」をしていれば赤字の施設の割合はもっと低かったはずです。このように自身の経営には目を向けないのがこの業界の体質で、今も抜けていないと感じます。

ギター演奏もお仕事でされてしまう理事長

運営を経営に変えていく

中:
さきほどから、お話に出ている「運営」と「経営」には、どのような違いがあるのでしょうか?

木:
「運営」の大きなポイントというのは、目の前のことしかやらない、あるいは目の前のことに損得があって、得があればするということです。いうなれば、目の前の事象に囚われるというのが「運営」です。逆に「経営」は先を見て事業を展開、あるいは企画しなければなりません。先を見越したいろんな手だてをしていくというのが「経営」だと考えています。

中:
なるほど。見据える先が違うのですね。

木:
もう1つ大事なことは「経営」ってお金がかかるんですよ。「運営」は面前の事で得がなかったらしませんし、損が出ても費用をかけるという事はしません。「経営」は何かをして損が出ても、それを繰り返しながらいいものを作り上げていくというものですから、ロスは当然あります。ただ、出来上がった先にはもうプラスの面しかない風になります。

中:
「運営」体質の社会福祉法人が、「経営」を行うために意識すべき点というのはどのようなものがあるのでしょうか?

木:
①経営者の生産性向上に資する投資の覚悟、職員の社会環境変化の理解
②職員の理解と知識向上
③変化対応への苦労を排除する働きやすい職場環境の醸成
④団体での取組み推進
⑤取組みの知識とノウハウ習得のための外部専門家との連携(業務提携 etc.)

がキーワードになると考えています。

中:
気になるワードばかりですね。
いくつかピックアップして詳しくお聞かせいただければと思います。

経営者の生産性向上に資する投資の覚悟、職員の社会環境変化の理解

中:
経営を行うためのキーワードの一つ目「経営者の生産性向上に資する投資の覚悟、職員の社会環境変化の理解」についてですが、やはり運営体質の事業所には投資の覚悟を持つのは難しいのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

木:
そうですね。例えば、こういう事例があります。私たちの施設では平成29年にインカムを入れたのですが、「インカムってどうなんですか?」という話が所属している協会の会員の方からありまして、私は「非常にいいですよ。リスク管理に即対応できるうえ、職員全員で仕事の情報共有ができるというのも非常に必要なことですから、おすすめです。」「必要でしたら見積もりを送りましょうか?」とお話をしたんです。そして、見積もりをお渡しして2年ほど経過した際にインカムの件がどうなったかを尋ねましたところ、まだ入れてないと言われたんです。

中:
2年踏み切れていない状態が続いたんですね。

木:
そうなんです。いい事例が目の前にあって話を聞いているにも関わらず踏み出せていない。それはなぜかと言うと、本当にいいのかどうか分からないところに、数百万円も投資できないという発想ですよね。そこが運営しかしていなかった人の弱点だと思いますね。

中:
やはりその踏み切れない中の一つの原因として、職員の社会環境変化への理解が追いつかず反対される可能性を考えてしまうというのもあるかと思うのですが、どういった形で説明の機会を作っていらっしゃるのでしょうか?

木:
こちらの一番端的な例は、記録システムの導入です。20年前に私が今の施設に来た際、介護記録は手書きでした。書ききれない分は休日出勤までして完成させていたのですが、私にも経営者のプライドがあるので、職員に休日出勤労働させながら黙っているわけにいかないですよね。もう一つ1番大きな要因として、記録の字が汚くて読めなかったんです。その2つの課題がわかってきたので、記録システムを導入することを決断しました。

中:
今まで手書きだった職員の方々から、反対の声があがりませんでしたか?

木:
パソコンを使ったことがありません、システムを入れないでくださいという反対の声は、やはりありました。こちらとしても一方的にこの話を進めるわけにはいかないので、職員全員を集めまして「ソフトやシステムを使って皆さんが楽になるようにします。慣れるまでの苦労はあると思いますが、必ず楽になりますから、了承していただきたいです。」というお話をしました。

中:
それでも、反対し続ける人たちもいますよね?

木:
いましたが、そこは強行するしかなかったですね。でも、実は反対していた人たちは3ヶ月ほど経過したら普通にできるようになっていましたね。当然休日出勤は一切なくなり労働時間が減りました。さらに、パソコンで情報入力するという事は、全員が情報を共有できるんですね。そのうえご家族にも綺麗な記録を見せられるんです。そういう様々な利点があり一石二鳥どころか、一石三鳥、四鳥となりました。


事業所の行事

職員の理解と知識向上

中:やはり反対する職員の方々というのは、IT等の理解や知識が追いついていない部分があるのかと思うのですが、そこに関わってくるのが②の「職員の理解と知識向上」なのでしょうか?

木:
そうですね。
業務知識、いわゆる身体介助や介護等の知識は当然皆さん技術も知識もあるんです。ですが、生産年齢人口が減ってきて物理的に人が集まらない状況の中で、人に代わるものを絶対に入れなければならないようになってきているんです。そんな流れの中で新しいものを取り入れるには知識が当然必要です。そして、その苦労は絶対職員にはあるはずなんです。
そこでやはり「必要なんだから新しいものを覚えなきゃね」という、いわゆる覚悟をもって仕事をしてほしいなという事ですね。

中:
実際、どのような研修を行っていらっしゃるのでしょうか?

木:
委員会を立ち上げたりセミナーをやる際の課題として、職員の知識の向上や成長といった点が出てくるため、うちの取り組みを協会の中で事例として年間2回発表するという企画を実施しています。新しい事に取り組むためには、そのような発表の場が必要だと考えています。また、北九州市がロボットICTを進める中で、初級・中級・上級という知識を得てもらうための職員向けの研修を行っているのですが、そのような知識を得る為の研修も新しいものを取り入れる時の取り組みとしては必要だと考えています。

変化対応への苦労を排除する働きやすい職場環境の醸成

中:
そのお話が、③の「変化対応への苦労を排除する働きやすい職場環境の醸成」に繋がるかと思うのですが、いかがでしょうか?

木:
まさにそうです。元々得意じゃないものを押し付けられて、さらに職場環境がよくないとなると、じゃあ辞めようかとなりますよね。やはり職員が働きやすい職場環境を作るというのは、ICTを入れるだけの話ではないのです。人間力や社会人教育などを行い、皆さんで協力して仕事をやることがプロフェッショナルの義務で、それをサポートする組織が当然必要なんです。そのため、働きやすい職場環境にする中では 組織の仕組みづくり、あるいは労働環境の仕組み作りが必要なのだと思います。

中:
働きやすい職場環境というと、人によって様々かと思うのですが、仕組みづくりをするうえで軸に置いているものは何かありますか?

木:
特によく言ってるのは「まずいこともいいことも全部オープンにしろ」ということですね。
隠蔽体質は事業の質が落ちると伝えています。事故が起きた時も「誰が」起こしたのかを報告しないという事がありまして、それでは実態に沿った防止策を考えることができないため、しっかりと情報は正確にオープンにするようにと伝えてあります。また、喜ぶという事もこの世界の人は難しいのかなと思う出来事がありまして、去年厚生労働大臣賞の奨励賞を福岡県で唯一うちの法人が受賞したんです。それを職員全員に「皆さんがいい仕事をしているから賞がもらえたんだよ」と伝えたのですが、「嬉しい」という感情を素直に表す職員は少なかったですね。

中:
施設自体が閉鎖的な空間になりやすいというのもあり、職員の方々もオープンにしていくことに不慣れなんでしょうか?

木:
他の施設の方にも先ほどの状況の話をして、皆さんのところはどうでしょうか?と尋ねたところ、全くそうですという返答があったので、そうなのかもしれませんね。なので、明るい職場づくりは意見を言い合う事が大切なので、意見は大いに言い合うように、ただし愚痴は違いますよという事を伝えてオープンな職場を大切にしようという話は常にしています。

職員様の忘年会でもギターの演奏する木戸理事長

取組みの知識とノウハウ習得のための外部専門家との連携(業務提携 etc.)

中:
ICTなど新しいものを取り入れるときの職員の知識に関して、お話を聞きましたが⑤の「取組みの知識とノウハウ習得のための外部専門家との連携」に関しては取り入れる側としての知識の話になるのかと思います。やはり、知識やノウハウ習得のためには外部の専門家との連携が必要不可欠なのでしょうか?

木:
そうですね。例えば、介護の記録ソフトを入れるのはもちろん業者に入れてもらいます。あるいは別の新しい取り組みの際は別の業者にやってもらいます、となるとバラバラなんですね。いろんなことをやってきて、それをうまくいかしたり連動させたりすることに関しては、私たちの知恵では無理なんです。

中:
ほむさぽを導入した理由はそこなんですね。

木:
はい。平成29年度がロボット ICTの取り組みの出発点ではあるのですが、それから数年経った時にほむさぽさんを導入したんですね。その大きな要因として、色々やってきたものをどう整理統合したらいいのか、整理統合した後、どうやってうまく新しいものに作り変えていくのか、というのは私たちの知恵では難しいんです。そこで、ほむさぽさんに入ってもらったという流れでしたね。

中:
今のお話をお聞きして、例えば課題が現場にあって、それに対してどういう製品がいいかというセレクトや決定のサポートなんかもほむさぽにお願いしているんですか?

木:
それも大いにありますね。

中:
「システムを入れているが使われない」であったりとか、「AとBという製品を導入しているが、統合されていないため手間が増えている」という課題が出てきているため、補助金の動向を見ていてもコンサルタントを入れなさいという流れになっているように思います。やはり、プロを入れることによって仕組みづくりや業務効率に繋がるという視点が、すでにその時にはあったということなんでしょうか?

木:
その通りですね。いろんなものを入れてうまく活かす事や、新しいものを入れた際に、使用しなくてよくなったものをピックアップする事などは、私たちにノウハウはないんです。
さらに、今あるものをどううまく連携させていくかなどもノウハウがあるわけではない上、これから先も必ず起こる事ではあるので、ほむさぽ福岡(運営:株式会社ウェルモ)と業務提携しほむさぽ委員会を立ち上げました。やはり、自分たちでは難しければ外部専門家と契約しましょうというのは当たり前の流れでしょうね。

北九州高齢者福祉事業協会の活動

ICT化やDX化で見据える先

中:
ICT化やDX化は手段になるかと思うのですが、その手段の先に見据える目標や目的はどのように考えていらっしゃるのでしょうか?

木:
目標や目的というのは、結局は私たちの企業理念に沿った事業をできているのかという話になります。「地域社会に貢献して人に尽くす」というのが私たちの理念ですから、ほとんどの法人がそうでしょうけど、そこに行きつくためにヒトとモノを充実させなければならないという事だと思います。

中:
ヒトの充実とはどのような事なのでしょうか?

木:
ヒトの充実とは、教育ですね。技術とか知識の教育よりも、人間性や社会性であったり、組織の中でうまく調和して仕事をする、強調性を持って仕事をする、そこが大事だという教育を行います。それによって、技術や知識だけではなく人間的に成長する人が増えてくるというのが大きな目標です。

中:
もう一つのモノの充実に関してはいかがでしょうか?

木:
モノの充実は、あくまで手段ですから、人が足りない中で職員をどうやって楽にさせるかというところで、モノの充実に取り組まなければなりません。そして、ヒトを充実させるためにモノを充実させる、その先にあるのは何かというと理念になるのですが、理念をつかさどっている大事な要素が3つあります。

中:
3つとはどのようなものでしょうか?

木:
一つ目は、職員が幸せでいい仕事ができているかという事です。ES(エンプロイーサティスファクション)とも言いますが、そこが1番の中心にあります。二つ目として、利用者の満足度、カスタマーサティスファクション(CS)です。利用者が満足する世界が作れるかどうかという事ですね。そして三つ目として、職員の満足と利用者の満足の両方が達成できれば、経営の満足という事になっていくという事です。だからこそ、職員、利用者、経営、この3つの満足がちゃんとできているか、どこに力点を置くべきかなどを経営者はいつも見ていなければなりません。

中:
力点はそれぞれ違うのでしょうか?

木:
力点を置くのは、1番はやはり職員のところです。そこがうまくいけば利用者に対してもいい介護ができるし、いい繋がりができます。それによって事業も安定してくるというのは当然あります。ヒト・モノを充実させることによって、職員・利用者・経営が満足する、それは結局理念の目標達成に向かってしっかりと動けているという事になります。

中:
ご自身の法人や施設に関しては、理念に向かうための手段としてのICT化、DX化なのでしょうが、木戸理事長は協会内でも積極的に動いていらっしゃるように思います。運営から経営の視点になるためのポイント④として「団体での取組み推進」もあげていらっしゃいますが、それにはどのような思いがあるのでしょうか?

木:
実は今後DXのワーキングチームを作る予定です。なぜ作るかというと、国はDX化の推進をさかんに言っており、介護が先進的になるために北九州市も行政としても力を入れて取り組んでいきますと言っているんですね。この業界が変わるためには、それぞれの団体がDX化を盛んにやっていく必要があるんです。

中:
そこに対応するためにワーキングチームを作られるんですか?

木:
そうなんです。DX化の話に対して対応するセクションが全くないので、立ち上げるのですが、一番の理由は業界の中でもたくさんの団体がやるようにならないと、全国でテクノロジーとかDX化っていうのは進まないからです。今後非常に重要になっていくため、新しい取り組みをやりますということはしっかりと伝えておきたいです。

中:
業界全体の課題への先進的取り組みとして、常に先を見据えて行動を起こされていらっしゃるという事が今回のお話でとてもよくわかりました。今日はお時間いただきまして誠にありがとうございました。

◾️聞き手、中浜のあとがき

運営を経営に変化させる意識の重要性をとにかく考えさせていただいた時間になりました。時代の変化とともに福祉事業のあり方が大きく変わっていく時になっていること、更にそこには福祉の外にあるプロの視点を取り入れて現場を変えていくことがポイントであること。目的と手段をしっかり切り分けて「何のために、誰のために」という部分をしっかりと発信していくことで現場を一歩でも早く改革していける原点になるのだと思いました。


社会福祉法人援助会ウェブサイト


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?