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~精神科訪問診療 現状と課題(問題解決編)~【#在宅医療研究会オンライン|1月度開催レポート】

精神科訪問医療の現状と課題
講師:飯塚聡介先生(Aiクリニック院長)

「精神科患者のリアルな病状は、居住環境や在宅での様子から見て取れることが多い」「外来や入院での精神科医療には、どうしても限界が出てきてしまう」という背景から、訪問・在宅型の精神科医療の重要性が増してきています。前回ではその実態を伝えるべく、精神科患者の生活のリアルと合併症のリスクについて講義を行いました。

しかし、患者からの拒否反応や、やり取りの難しさなどから、壁に直面している医療従事者が多いことも事実です。時に正常な判断が難しくなる精神科患者への対応には、一人ひとりに合わせた戦術・戦略とアプローチが必要です。

そこで、今回は前回に引き続き、精神科訪問診療に携わるAiクリニック院長・飯塚聡介先生に、問題解決のための具体的な方法について話していただきました。

■精神科患者との距離の取り方

今回の講義の主題は、精神科訪問診療をスムーズに進めるための具体的な方法についてです。講義前に、受講者の方から「患者への訪問が嫌だ、話しづらい、怖いと憂鬱に感じたことはないか?」とご質問が寄せられました。

在宅・訪問診療においては、精神科患者による受け答えや拒否反応が通常とは異なる場合があります。そこで、飯塚先生が意識されているあり方について答えていただきました。

<受け身にならず、「診る」姿勢を保つ>
飯塚先生ご自身も、実際に精神科患者から暴言を浴びせられることは多々あります。しかし、ここで大切なポイントは、「患者の話を受け身で聞くのではなく、第三者的な視点から客観視する」ことです。その理由には、以下のようなメリットがあります。

 ・適切な関係性を保てる
こちら側と患者との関係を第三者的な視点から診ることで、両者の距離感を適切な状態で保てます。またマイナスなイメージの強い関係性になったとしても、客観視できていることとで、こちら側の精神的な負担も軽減されます。 

・患者の思考回路や話の進め方を理解できる
患者の話を客観視して聞くことで、話題の豊富さ、話し方、話題の移動のスムーズさ、内容の奇異さ、語彙力、感情の変化さ、語彙力の多さや感情の変化なども冷静に観察できるようになります。

 さらに飯塚先生からは、こちら側と精神科患者のやり取りを、ゲームのような形で捉えることを勧められました。例えば『ドラゴンクエスト』のようなゲームなら、主人公が敵から攻撃を受けてもプレー側は痛みを感じず、次のゲームにつなげられます。そのように、両者の関係に距離を置くことで、精神的な負担を減らしたうえで客観的な考察に活かせるようになります。

■前回の講義から考える、精神科訪問医療のあり方

前回行われた講義では、
① 精神科患者の生活環境は劣悪なケースが多く、協力者も十分に得られない
② 精神科患者は内科の病気を合併しているケースが多く、一般的に寿命が10年短い
③ 拒否、理解力の低下、妄想などが強いため、精神科患者へのアプローチが難しい
④ 幻覚、妄想、思考障害、自我障害、行動障害などが症状として見られる

 などの内容をお話ししました。

以上の背景から、精神科の訪問診療は難しいことのように思われがちですが、こちら側と患者との間できちんとした関係性が築けると、むしろ診療が有利な方向に進みます。

特に精神科医療は、従来では入院のように社会からの隔離が主な手段とされてきましたが、治療薬による外来診療が広がり、現在では訪問診療など、時代とともに新たな選択肢が生まれてきました。訪問診療は、患者の自宅に伺うことができるので行動の得手不得手や協力者の有無など実情を踏まえた現実的なアドバイスができるメリットがあります。

■精神科患者への対応と、具体的な解決法

精神科患者への対応をする際には虎ではなく狼を意識するようにとお話しされました。
狼は虎と同じく強い動物としていられていますが、特筆すべきはチームワークと連係プレーでしたたかに戦う点です。精神科訪問医療でもプロフェッショナルとしてのしたたかさをもって、単独ではなく周囲との連携をとりながら患者に接していくと有利になります。

 また、精神科訪問医療は、
① 精神科症状だけでなく、内科的症状を持っているケースが多い
② 幻覚、妄想、興奮、暴言、暴力が見られる
③ こだわりが強い、拒否が強い、病識がないなどの特徴が見られる
④環境に問題が見られる(不潔、手続きができない、経済力、サポートが乏しい
⑤ 家族が精神病を抱えている

 などの問題が見られ、これらが訪問診療の壁でもあります。そこで後編の主題として、これらの問題にどのような方法を用いて接するか、飯塚先生に具体的な方法をご提示していただきました。

<解決へのアプローチ①>

上記の問題や精神科訪問医療に対しての解決のアプローチは、大きく分けて5つあります。飯塚先生には、歴史上人物の言葉と合わせ、アプローチについて説明していただきました。

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。彼を知らずして己を知れば、1勝1負す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず危うし」―孫子

意味:敵の実力や現状、自分自身についてしっかりと把握したうえで戦えば、何度戦っても勝てる。

・飯塚先生の解説:

まずは、自分の事業所は何ができるのか、何が得意で不得意なのか、自分自身についてよく知りましょう。相手を知るよりも先に必要となるアプローチです。
困難な状況に臨むなら、現状を見極めて判断するアプローチが欠かせません。また、原則的には得意領域で対応することで、不得意分野は避けることが理想です。やむなく不得意分野で対応することとなったら、協力者を得て、ノウハウを吸収すると良いでしょう。

<解決のアプローチ②>

「少なければ即ち能くこれを逃れ、若ざればすなわち能く。」―孫子

意味:敵軍よりも自国の兵力が多く、力も強ければ、難を逃れるために撤退するべきである。

 ・飯塚先生の解説:
簡単に言うと、「逃げても良い」という意味になります。
無理な介入を避けて見守る、撤退することも、精神科訪問医療にとっては重要な選択肢です。一事業所だけでは環境の改善や介入につながらないこともあるため、敢えて「負け」や「悪役」を引き受け、別の事業所に任せると良いでしょう。患者と対立するケースも出るかもしれませんが、それも戦略のうちと捉えることができます。

その際には、1個でも構わないので、患者の問題を解決するようにしましょう。捨て石になるかわりに行政や医師、ケアマネージャーへのパスを考える、情報を引き出すなどの行動が求められます。


・精神疾患は、「相対的な病気」として捉える
精神疾患とは、その患者が生活する時代と文化、社会、状況に応じて、病気であるかどうかで判断されます。例えば、中世ヨーロッパで盛んにおこなわれていた『魔女狩り』は今でこそ異常としか考えられないものの、当時は正当化されていました。

このようなことから、精神疾患は患者と環境の差によって認識されると考えられます。患者と思われている人が置かれている状況次第では、何も問題は起こらないのです。

・環境との調和により、社会問題化を防ぐ
上記の内容を掘り下げていくと、精神科訪問医療の目標は、症状を治すための「治療」よりも、症状を治せなくても環境との「調和」によって社会問題化を防ぐことを考えていくことが重要だと考えます。

症状が重くても、対応できる度量を持つ家族の存在があれば、大きな問題にならないことがあります。反対に、症状が軽くても家族や周囲からの理解や対応が得られなければ、社会問題になりかねません。

・精神科治療は環境の調整が大事なポイント
従来の精神科診療の治療方針は、「薬物療法」と「精神療法」が主に行われていますが、在宅医療では「環境の調整」がもっとも重要なポイントになります。

可能な限りで原因を取り除き、本人が生活しやすい場を提供し、心理的な解決と社会制度の活用を進め、病状の安定化につなげていくという狙いがあります。

この対応は、医師でなくとも参加できることがメリットで、「私たちも患者を取り巻く環境の一部である」と認識する必要があります。経験豊富なケアマネージャーがついているかどうか、行政のサポートがあるかどうか、によって結果が大きく変わってくることからその重要性が理解できます。


<解決へのアプローチ③>

「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」―孫子

意味:無理に戦っても兵力を消耗する結果に終わるため、戦いはあくまでも次善の策としてとらえるべきである。戦わずして勝つのが最善である。

 ・飯塚先生の解説:
患者が心を閉ざしているときには、反発も大きくなるので無理な介入は控えましょう(心を閉ざしている・支援者を怖がっている状況では受け入れてもらえない)。

最も重要なポイントは、「患者またはその家族に介護やケアマネージャー、行政、医療が必要だと思わせること」、「こちら側が患者にとって味方であると認識を促すこと」です。そのためには、どうすれば患者に受け入れられるか、を考えて、いくつもの仕掛けや入念な準備が求められます。


<解決へのアプローチ④>

「成功の衆に出ずる所以の者は、先知なり」―孫子

意味:名君、賢将と言われる人が、戦いで勝って成功する理由は、敵よりも先に情報を制するからである。

・飯塚先生の解説:
相手がしようとしていること、考えていることを見抜く必要があります。精神科患者の行動には、彼らなりの行動原理があります。そのため、患者についてより多くの情報を知っているほど、精神科訪問医療において具体的な作戦を立てることができます。

医療の問題のみならず、「どのような家庭環境にあるのか?」「どのような生活環境なのか?」などに加え、既往歴や経済的状況、人間関係、地域連携など、さまざまな状況から総合的に判断することが必要になります。

しかし、両者の関係性が十分に構築されていない段階で本人に直接これらを聞くと、逆に関係悪化を招くリスクが高くなります。そのため、患者への慎重なアプローチが求められます。

・医療者にとっての問題≠患者にとっての問題
ここで気を付けるべきポイントは、医療者にとっての問題と患者が本当に困っていることは必ずしも一致しない点です。

医療者は症状を治したいと思う一心で症状に目が行ってしまいますが、それは患者にとっての問題ではないケースもあります。

患者が抱える問題は、内科的な合併症状か、協力者の問題か(誰も助けてくれない、愛情を注いでくれないなど協力者がいない)、住環境の問題か(騒音、家が汚い、物が壊れる)、経済力の問題か(お金がなくなる)、慎重な見極めが必要です。


・解決する姿勢を患者に示す
本当に困っている問題を解決するという姿勢を患者に示すことも必要です。そのような姿勢に努めることで、お互いの協力関係を構築できます。患者から問題を伝えられたら、可能な限りその通りに動くことで味方であると感じてもらえることが理想でもあります。


<解決に向けたアプローチ⑤>

「奇正の変は、勝げて窮むべからざるなり」―孫子

意味:先頭の勢いは正攻法と変わった方法の組み合わせに過ぎないが、組み合わせることで大きな変化を生み出す。 

・飯塚先生の解説:
ここでの「正」とはセオリーの意味であり、基本に忠実な方法です。対して「奇」とは、相手が思いもよらないような変わった方法のことです。その組み合わせは無数にあり、両方をうまく使い分けることが大事なポイントです。

精神科訪問医療もこれは応用でき、用意する戦術や戦略の数が決め手となります。実際に、飯塚先生の診療でも50個もの方法があり、名前を付けてスタッフと共有できるようにもしています。


・戦略のいろいろ①
ここでは、飯塚先生が現場で使われている戦略の一部をご紹介していただきました。

①     別の顔:ほかの診療科の医師としてなど、患者さんに拒否されにくい立場として入る。

②     セカンドディール(ポーカーのテクニック):精神科治療をするためには、関係性を築くため、内科的症状や経済、介護の問題など、本当に困った部分を先に解決するかたちでかかわる。

③     横目で見守り:同居の家族などに向けたサービスで入りつつ、介入の機会をうかがい、情報収集をする。高齢の母のためとして、引きこもりの子供の様子をうかがうなどの手段がある。

④     引きの戦略:患者が困窮したり具合が悪くなるまで根回しと準備に徹し、いざ時期が訪れたら即時対応する。食事を食べない、薬の飲みすぎなどのケースを想定し、そのときの対応をあらかじめ考えておき、患者が困るまで待つ。事業者側としてはお金が取れないので経済的なゆとりも必要で、心理的にも負担があるので難しい。また、誰かが動きすぎ、誰かが引くと、混乱するため、チームの連携が重要となる。

⑤     あぶり出し:かかわり続けるなかで、敢えて問題点へ誘導して困らせて、自ら問題解決を申し出させる。

 

・戦略のいろいろ②

⑥     捨て石戦略:小さく区切った目標を達成する代わりに憎まれ役を引き受け、別の事業所につなぐ。

⑦     一気呵成:有無を言わせぬ力で短期に型を付け、多勢に無勢でスピード勝負。

⑧     パス:得意な人や事業所に任せる。簡単なようだが状況を見極めて適切な事業所にパスするのは難しい。

 上記のように、精神科訪問医療の戦略にはさまざまなものがありますが、「どれも一事業所だけでは実行できない」という点が共通しています。周囲からの協力を仰ぎ、チームで作戦共有しておくことが大事です。未来に関わってくる事業所のことも考えながら対応できると理想的です。


■まとめ

今回の講義からは、「患者への対応は大事だが、自分の事業所で何ができるかを見極める」「患者が本当に困っていることは何かを知る」「介入までの道のりには、さまざまな戦略を使う」とお伺いしました。一筋縄ではいかない精神科訪問医療をよりスムーズに進めるため、あり方としても方法論としても押さえておくべきポイントです。

最後に、「智者の虜は、必ず利害に雑じう」という孫子の言葉を付け加えていただきました。「本当に思慮が深い人間は、良いことと悪いことの両面を合わせて考える」という意味があります。

患者へのアプローチは必ずプラスとマイナスの面があるため、その両面から考えて進める必要があると言えるでしょう。


■質問と飯塚先生からの回答

Q1.
脳動脈瘤がある双極性障害の方が、入院と受診を拒否しています。「死んでもいいから行きたくない」と拒否しています。このような患者にはどう対応しますか?
 A1.
「講義にもあったように、誰にとっての問題なのかを分析する必要があります。治療をしたいのは、ケアマネージャーか医者なのか、看護師なのか、困っているのは誰なのか、どれに当たるでしょうか?病名があっても必ずしも治療が必要なわけではなく、社会問題化を防ぐのが最も大事なことです。例えば孤独死は問題になりますし、同居家族が困るのは避けたい、などの側面もあります。
これに対しては、患者と取り囲む環境と本人が心地よく生活できるかを一度考え、具体的な問題解決を考える必要があります」

Q2.
「何事に対しても不安感が強く、パニックになり、食事や着替えを忘れてしまう方がいます。この方な患者にはどう対応したらいいでしょうか?」
A2.
「認知症なのか、不安が強い方か、ほかの病気か、その人の年齢にもよるため、問題分析が必要です。もう少し情報が必要だと思います。解決方法としては、原因そのものを取り除くか、症状はそのままでもどうすればその人らしく生活できるようにするか、といったアプローチもありえるでしょう。」

 Q3.
「全く家に入らせてもらえず、玄関越しのコミュニケーションが限界な患者への対応をしています。投薬や生活環境の把握ができません。家に入れてもらうには、どのような信頼関係を築けば良いでしょうか?」
A3.
「玄関越しのコミュニケーションを許してもらえているなら、何が最も困っているかを聞くことが大事です。困っていない・大きな社会問題にならないと判断するなら、根回し・準備はしつつ「引きの戦略」を使うと良いでしょう。頻回に訪問した結果、患者からの拒否を強めてしまうケースもあります。
訪問する際も、露骨な情報収集は受け入れられないため、私も例えば近隣に住む親切な人というイメージで近づくこともあります。差し入れを持っていくなど、ご近所まわりから始めます。そこで雑談ができ、さりげなく情報収集していました」

Q4.
「長年の血液透析で、妻に介助を頼り切りの方がいます。訪問リハビリテーションと看護が入り、食事や運動療法の大切さを説いてきましたが、何に対してもやる気がなく、車いす生活、妻の負担軽減目的で宿泊デイを利用するようになってしまいました。
透析患者は精神的にも落ち込みやすいと聞き、心療内科の受診を勧めていましたが、本人には拒否されました。訪問看護師としては往診で精神面を診てほしいと思っています。また以前はギターを演奏して介護施設を回っていたほどの方なので、活気が戻ることを望んでいます。これは医療職の押し付けになるでしょうか?」
A4.
「このようなケースには、セカンドディール作戦が向いています。無理に心療内科や精神科に受診を、と話しても拒否される、患者側が求めていることではないケースもあります。
妻との関係性がポイントとなるでしょう。求めていることを探ったうえで、どういうことなら受け入れ可能なのか知る必要があります。透析の治療は受け入れていると見えるので、身体の状態をより良くするかたちで介入すると、自然に精神科治療を進められることもあります。」

Q5.
「境界性人格障害の患者に介入しています。信頼関係は築けていて、訪問看護の拒否はないが、ODの問題があったために薬の処方を止められました。医師から入院は受け入れないと言われたため、ただただ訪問をしているだけの状態です。家族との関係がよくなく、生活保護の受給につなげて距離を取ることで、救急搬送はなくなりました。その後、どのような介入をしたら良いでしょうか?」
A5.
「第一のハードルは越えたと思います。
薬をたくさん飲んでも自己責任、しかし救急車や他人への迷惑は避けなければなりません。その意味では非常にうまくいっています。
何もないような訪問看護と思われるかもしれませんが、患者さんにとってどのようなプレッシャーになるか、どのようなメリットになっているのではないか、自信を持ってください。行動化の抑制にはつながっていると思います」

Q6.
「行政に不信感が強い母に対応しています。無理に学校に行かせようとしたり、母が悪いと言ったりしているようです。どのようにアプローチしたらいいですか?」
A6.
「本人や家族が受け入れ可能なものから進めなければ、不信感になってしまいます。患者さんの問題を解決する、何ができるか、本当に困っていることを解決する姿勢で進めなければいけません。医療者、介護者にとっての問題として捉えると、拒否されてしまいます」

今後の開催予定

今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。

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