『在宅における呼吸器疾患の考えかた~呼吸器症状への向き合いかた~』【#在宅医療研究会 オンライン|12月度開催レポート】
新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで始まった本研究会も、ついに今回で第30回を迎えました。今回は『在宅における呼吸器疾患の考えかた~呼吸器症状への向き合いかた~』 とのタイトルで、目黒ケイホームクリニック 理事長・院長である、安藤 克利先生からご講演を賜ります。
ご紹介いただきました、目黒ケイホームクリニックの安藤です。
まず本日のお話の構成です。特に私は呼吸器内科医ですので、呼吸器疾患に対するアプローチを中心にお話をしたいと思います。
はじめに
今日の話のなかで、2つの図を何度かお示しします。こちらを最初に説明しておきます。
まず「人の自然経過」。これは人の元気度が時間の経過とともにどのように低下していくのかを示すものですが、この図を用いて患者さんや家族に説明すると、とてもよく理解をしていただけます。そしてもうひとつは「在宅を構成する三要素」です。これは「医療」「介護」「感情」からなっています。
① 自己紹介
私は2006年に慈恵会医科大学を卒業後、東京厚生年金病院で2年間の初期研修を行い、亀田総合病院で呼吸器内科の専門研修を受けました。その後研究に興味を持ち、順天堂大学の呼吸器内科で研鑽を積みました。また薬の開発にも興味を持ちましたので、製薬会社でも働きました。その後、自分でやりたいこと、目指したいことを実現するために、2018年に目黒ケイホームクリニックを開業し、院長に就任しています。
現在は医療法人よるり会の理事長、また株式会社よるりメディカル代表取締役も務めさせていただいています。内科専門医であり、総合内科専門医、呼吸器専門医でもあります。
目黒ケイホームクリニックは2018年に開院していますが、当初から機能強化型在宅支援診療所として活動しています。また在宅緩和ケア充実診療所として、自宅での看取りにも積極的に取り組んでいます。開設当初は年間14件ほどであった自宅での看取りですが、2期目には39件、4期目には103件にまで増えました。これは最初から規模を大きくすることを目指していたわけではなく、一人ひとりの患者さんにできることに取り組んでいくうちに、徐々にできることが増えていった結果です。
私たちは在宅でもレントゲンを撮影できる機材を整備しており、また腹水濾過にも対応できるように備えています。これらも、すべて一人の患者さんにできることをする、その姿勢のなかで、できるようになってきたことです。
② 人の自然経過〜終末期の喀痰に対する当院での考え方とアプローチ
さて人の経過図です。これは人の元気度を縦軸、時間を横軸にとります。
人は年を経るごとに元気度が下がり、筋力が低下するようになります。筋力が低下するようになると、食欲が低下するようになります。そしてそこからさらに元気度が落ちると、最終的には脱水状態になり、看取りになります。ただこの経過は一気に悪くなるわけではなく、良い状態や悪い状態を繰り返しながら、徐々に平均値が悪化していきます。
最後の脱水のところですが、元気なうちの脱水は、体のなかの水分が足りなくなった状態ですので、点滴などで補充してあげれば、いつかは元通りになります。しかし、元気がなくなり、年をとってから生じる脱水は、血管のなかに水分を保持できなくなったために生じるものです。したがって、点滴で水分を補充したとしても、血管の外に水分が漏れてしまいますので、むくみの原因となったり、肺に水がたまって痰の原因となったりします。
ここで、喀痰を理由に当院へ転院してこられた例をご紹介します。
90歳の女性。アルツハイマー型認知症と診断されている方です。
85歳頃から徐々にADLが低下、食欲も落ちてきました。88歳時には経口摂取困難となり、胃瘻を造設しています。89歳の時に退院されていますが、喀痰が著明になり、吸引の指導が行われています。
90歳になった頃には3時間ごとの吸引を継続していましたが、喀痰はさらに増え、夜間の家族の負担が増強しています。そこで訪問の主治医に相談し、抗菌薬と去痰薬を増量しましたが改善せず、当院に相談がありました。
この事例について相談があった時に感じた私の疑問点です。
この人は「人の自然経過」のどこにいるのだろうか?・・終末期にあることが伺えます。
その「人の自然経過」の傾きはどうだろうか?・・傾きは比較的穏やかに思えます。
喀痰は病気なのだろうか?・・喀痰は病気による痰ではない可能性があります。
これらを踏まえ、患者さんを診察したときの所見です。
160cm 寝たきり 嚥下困難を認めました。
酸素飽和度は酸素投与なしで97%ありますが、喀痰が貯留すると88%に下がりました。したがって3時間おきに吸引が必要となっています。
呼吸音を聴診すると肺雑音を聴取しました。
胃瘻を造設した後、ラコール400mL+白湯50mL+PGウォーター250gを10時と17時、2回注入していました。つまり1日で1400mLの水分を注入していたことになります。また両下腿の浮腫を認めました。
「困っていることは何ですか」、とご家族にお聞きしたところ、「喀痰を3時間おきに吸引しないと、痰が著明に増えて酸素飽和度が下がってしまうことです。一度疲れて吸引をしなかったところ、誤嚥性肺炎を起こしてしまいました。とても責任を感じており、何とかしてあげたいけど、何ともならないことです」と答えがありました。
検査所見です。血液検査では炎症の所見は認めませんでしたが、超音波検査で心収縮能の低下を認めました。つまり肺炎の所見は認められませんでした。
その時私は、「水分量が1400mLと結構多く入っている、そして炎症の所見はないので肺炎はないだろう」、との印象を持ちました。
これらを踏まえ、次のように考えて介入の方針を定めました。
「ご家族は、食べられないから胃瘻造設、痰があるから吸痰、と目の前のことに一生懸命に取り組んでおられ、大きな視点で全体を見ることができていない可能性がある。」
そこで、まずご家族に病状を説明し、キーパーソンである方に、「人の自然経過」の話をしました。そしてこの患者さんが「人の自然経過」の終末期におられると考えていることを説明しました。ちなみに説明は必須ですが、ご家族が受容することは必須ではありません。
その上で、現在の状態は病気のために喀痰が増えているのではなく、注入する水分量が多いために、あふれてきた水分が喀痰や浮腫になっている可能性があることを説明しました。そして療養の目的は看取りであり、家族や本人がつらさを感じることなく療養を継続することが大切であることを説明しました。
そして解決策として、看取りを方針とすること、また介護は無理にがんばらなくても良いことを伝えました。さらに具体的に水分量を1日500mLに減量すること、そのことにより喀痰量の減少が期待できることも説明しています。
この方針をとってから、翌日には劇的に喀痰が減少し、吸引の頻度も減少しました。また自宅で看取ることを決心されましたので、無理な吸引は控えるようにすること、水分量の注入を最小限にすることにしました。その2か月後に看取りとなっています。
まとめますと①「人の自然経過」のどこにいるのか、また②傾きの程度を見て、今後を予測することで、治療目的を明確にすることができます。
また「痰がある=吸痰」が全てではないということです。目の前のことに集中するだけではなく、いったん全体像を捉え、そして目の前のことに戻ることも重要だと言えるでしょう。
③ 癌に対する考え方〜肺がんへの向かい方、呼吸困難に対するアプローチ
まず癌とは何かについてご説明します。
癌とは、遺伝子に傷がつくことで細胞が不死化し、増殖し続ける状態です。この癌化した細胞は、血管やリンパ管を通して転移します。この2つの特徴を持つものが癌です。
切除可能な癌であれば、切除することで増殖した細胞の塊は体のなかからなくなります。つまり治った状態です(早期癌)。
転移すると、見えない細胞が体全体に存在することになり、治らない癌となります。(例外は血液腫瘍)
<「人の自然経過」で見る治らない癌の経過>
治らない癌も「人の自然経過」を辿って悪化していきます。
ただし症状がある場合、痛みや苦しみが生じますので、その結果食べられなくなることもあり、元気な期間が短くなります。そこで自然なカーブへと生命予後を延長させ、生活の質を上げる治療、これが緩和治療になります。緩和治療は最後の手段ではなく、初期であっても症状があれば経過の傾きが急になってしまうので、有効です。
元気な期間の延長を目標とした延命治療、これは抗癌剤治療になります。抗癌剤治療は、「癌細胞は死ぬが、自分の細胞は死なない」という抗癌剤による細胞障害の差を利用した治療法でもあります。
元気ではない患者に抗癌剤を投与すると、「癌細胞は死ぬが、自分の細胞は死なない」という細胞障害の差が小さくなっていきます。差が小さくなってしまうと、自分の元気が無くなり、有害事象によって元気な期間が短くなります。この場合、抗癌剤治療をしない方が長生きできます。
治らない癌に対する治療は、緩和治療を基盤に、必要に応じて抗癌剤や放射線などを上乗せします。カーブを緩やかにすることで、癌とうまく付き合っていくことを目的としています。
治る癌であれば、リスクを考慮し、治しにいきます。
癌治療の現場でも、目の前の患者さんは「人の自然経過」のどこにいるのか、傾きはどうなのかについて、絶えず考える必要があります。また「抗癌剤で治療できなくなったら、あとは緩和治療、つまりあとは死ぬのを待つだけ」という誤った考え方を持っていないか、確認する必要もあります。
<在宅医療での癌に対するマネージメント>
1) 症状緩和:症状があると、安心して過ごすことができなくなります
2) 家族への病状説明:予めどのような経過になるかを説明します
3) 在宅療養でのやりがいを見つける:旅行など好きなことをすることで、前向きに療養を続けることができます。
<在宅での肺癌に対するマネージメント>
まず肺癌の特徴についてご説明します。
1) 肺癌は、転移に伴う症状+呼吸器症状(呼吸困難・喀痰)のマネージメントが中心になります。
2) 多くの場合は最期まで食べることができます(消化器癌との違い)
3) しかし、どこかで急激に悪くなります(経験を重ねると事前に把握が可能になる)
肺癌は、呼吸困難はあるものの食べられる状態が続きます。苦しくて食べられなくなったら、1~2日しか持たないことが多いです。亡くなる前までトイレにも行けます。つまり介護負担は比較的少ないことが多く、呼吸困難に対する症状緩和が大事になります。
消化器癌は、消化器症状によって早期から食べられなくなることが多いです。そのためADLが低下してからも比較的長く、療養継続となります。従って介護負担が問題になり、緩和ケア病棟を含めたレスパイト支援体制の構築が必要となります。
・大事なことは2)~3)、つまり急に苦しくなり、食べられなくなることを事前に家族に話しておくことです。ただしできるだけ、positiveな気持ちになるように、例えば「食べられることはいいこと、楽しいこと。でも急に苦しくなるかもしれないので、準備をしておこうね」と説明をします。
・また苦しくなったときの対応法を事前にご家族に説明し、必要な用意しておきます。これは家族の準備のためでもあります。例えば内服できなくなる前に、オピオイドを貼付剤や舌下薬に変更しておく、また持続でモルヒネを投与できるPCAのポンプを準備しておき、冷蔵庫にPCAのカセットがある状態にしておきます。さらにモルヒネ単独では十分に呼吸苦に対応できないこともあるので、ドルミカム(ミダゾラム)を混注するようにもしています。最近は呼吸苦に対してロセナンテープを予め貼付しておくなどもしています。
最近私たちが研究し、その結果を投稿した論文についてご紹介します。
当院で自宅看取りをした234例のうち、呼吸器疾患が原疾患であった113例を抽出しています。当院では、呼吸困難に対してガイドラインに従って治療しても効果がない人に、ロセナンテープを使用していますが、このテープを開始した前後で終末期せん妄の発症頻度や重症度を比較しています。その結果、ロセナンテープを使用する前の時期では、7割ほどの方がせん妄を経験しておられましたが、使用開始後では16.3%まで発生頻度は低下しています。
まとめ
①「人の自然経過」のどこにいるのか、また②傾きの程度を見て、今後を予測することで、治療目的を明確にすることができます。
・「抗癌剤で治療できなくなったら緩和」ではなく、「緩和治療に抗癌剤を上乗せするか」を判断し、「無理せず付き合っていく=傾きを緩やかにする治療」を個々にあてはめるのが、「治らない癌」に対する診療です。
④ 在宅医療を構成する三要素:「医療」「介護」「感情」〜感染症への向かい方:発熱に対する当院でのアプローチ
在宅医療を構成する三要素は、「医療」「介護」「感情」です。
勤務医時代の一例をご紹介します。誤嚥性肺炎を繰り返す、経口摂取困難な肺癌末期の患者さんが、誤嚥性肺炎で入院しました。
「医療」:食べられないので、入院でのこれ以上の加療は困難で、点滴のみできる状態。ただし退院も困難。
「介護」:本人の思いをサポートすることは可能
「感情」:胃瘻や点滴は嫌だ、死んでもいい、寿司を食べたい
この方は、家族には帰宅して寿司を食べると窒息する可能性もあることを説明の上、在宅医療を導入し退院されました。その後、寿司を食べて窒息して亡くなられます。ところが実際亡くなられたのに、退院を許可したことに感謝されました。
当時の私は、医療としては間違っていると思うのに、なぜ感謝されるのか、何が正しいことなのかわかりませんでした。
ただその後、「医療」の正しさ、正解は、環境によって異なることが理解できるようになりました。医療、つまり病院環境における価値観では、窒息のリスクのある人に経口摂取をすすめることは正しいことではありません。
しかし本人の感情における価値観、死んでも食べたい状況では、「やりたい」というpositiveな感情により、negativeな側面が覆い隠されてしまいます。
在宅医療では、これに介護の要素を加え、三要素から正解を作っていきます。
次に在宅医療における感染症診療の難しさについて説明します。
「医療」
感染症は、治療に対する複雑性は少ないです。
ただ標準的予防策は、口で言うのは簡単ですが、実行は困難です。病院のように100%完璧に実施することは困難です。
「介護」
介護者の感染予防の観点から、通常通りの介入が困難となります。
「感情」
迷惑をかけることはないか、他の人に映さないかなど心配なことが増え、患者、家族、関わる人全てのnegativeな感情が大きくなります。
新型コロナウイルス感染症が社会問題化して以降、negativeな側面が増えたことで、positiveな「感情」が消失、不安により在宅で過ごすことが困難となる人が増えました。正しいことは「医療」となり、自宅で治療を受けることが困難となって、入院になります。
しかし入院しようと思っても病院は満床、受け入れ困難です。こういったことがニュースで報道されると、さらに「感情」はnegativeになり、悪循環となってしまいます。
事例を紹介します。
93歳女性で要介護2の状態です。
慢性心不全、洞不全症候群のためにペースメーカーを留置されています。
85歳頃より慢性心不全の増悪と尿路感染症による入退院を繰り返し、90歳時に訪問診療が導入されています。
病状は、半年に一度程度、心不全と尿路感染症による発熱を繰り返しますが、在宅酸素と利尿剤で治療できるレベルです。日常生活自立度はB1、ふらつきながらもトイレ歩行は可能です。
自宅では98歳になる夫と息子で3人暮らしです。
本人の意向は、もう年だし、入院はしたくない、自宅でできる範囲の治療で診てもらい、自宅で死ぬことができれば本望。また家族の意向も本人の思いを尊重したい、と言うものでした。訪問看護が週2回、デイサービスが週2回、さらにヘルパーさんが入っています。
この方が38.5度の熱を出しました。3日前に訪問した娘家族にも同様の症状がありました。往診したところ、〇〇の抗原検査が陽性でした。
2019年冬では、〇〇はインフルエンザでした。
「医療」
診断をつけ、抗インフルエンザ薬を処方。医学的説明としては、感染症は改善することが多いものの、インフルエンザ感染をきっかけに尿路感染症や心不全が増悪して、看取りになるかもしれない、となります。
「感情」
本人は、そうか、インフルエンザ。毎年流行するもの。可能なら、このまま自宅にいたい、死んでも仕方がないと、考えました。
家族は、皆さんが許してくれるなら、本人の思いを尊重したい、と考えました。
「介護」
介護は、感染症の利用者ではあるが、訪問を最後にするなど調整した上で、サービスを継続。ただしデイサービスは、病状が安定するまで中止、として対応しました。
つまりインフルエンザであれば、元々入院をしたくない方であれば、自宅でみることも可能でした。
これが2022年の冬になると、〇〇は新型コロナウイルス感染症でした。
「医療」
診断をつけ、抗新型コロナウイルス薬を処方。医学的説明としては、感染症は改善することが多いものの、新型コロナウイルス感染をきっかけに尿路感染症や心不全が増悪して、看取りになるかもしれない、となります。
「感情」
本人は、コロナにかかってしまった、どうしたら良いのか。外には行かないのに、誰にうつされたんだ・・と考えます。
家族は、コロナにかかってしまった、どうしたら良いのか。うつしてしまった。申し訳ないし、何かあれば後悔が残るから、病院に入院させて欲しい、と考えます。
「介護」
サービスは停止せざるを得ない。またスタッフが新型コロナウイルスに感染し、マンパワー的にも調整が困難になりました。
このように、インフルエンザが流行していた時代には自宅で見ていたケースも、新型コロナウイルス感染症では自宅療養が困難となることが多くありました。本来何とか自宅で過ごすことができるレベルでも、入院が必要となることもありました。
このような状況で、一医療機関である私たちにできることを考えてみました。この状況では、私たちが変えることができるもの、そこに注力することです。医療、介護、感情のうち、私たちが関わることができるのは、患者や家族の感情です。
感染恐怖から不安を抱き、噂の拡散、偏見・差別などの社会現象にまで発展した事態に対し、以下のようにアプローチしました。
Negativeな感情になりがちなところを、「誰でもいつかは感染するもの(はやく感染したもの勝ち)」「私もなったから、しばらくしんどいけど、治るから大丈夫」「大丈夫だから、インフルエンザと変わらないから」と寄り添います。
その結果、適切な感染不安レベルに落ち着くようになります。結果的に適切な行動・感情につながりました。
また国民に占める感染者の割合が増えることで、新型コロナウイルス感染症が未知の感染症ではなくなる、不安レベルも適切なものになっていく、つまり時間を待つしかない、というものなのではないでしょうか。
まとめ
在宅医療は「医療」「介護」「感情」の三要素から構成されています。
感染症に罹患すると、関係者の感情がnegativeになることで、正しいことが医療に集約しがちです。
2022年現在、重視されているのはコロナかコロナではないか、になってしまっています。検査をすることも含め、感情に対応することが大事です。
感染=終わりではなく、positiveに考えることができるよう、変えることができる感情を変えることに注力します。
⑤ 質疑応答
今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?