連載「『公共』と法のつながり」第13回 校則――身近なルールから法の学習へ(上)
筆者
大正大学名誉教授 吉田俊弘(よしだ・としひろ)
【略歴】
東京都立高校教諭(公民科)、筑波大学附属駒場中高等学校教諭(社会科・公民科)、大正大学教授を経て、現在は早稲田大学、東京大学、東京都立大学、東京経済大学、法政大学において非常勤講師を務める。
近著は、横大道聡=吉田俊弘『憲法のリテラシー――問いから始める15のレッスン』(有斐閣、2022年)、文科省検定済教科書『公共』(教育図書、2023年)の監修・執筆にも携わる。
【1】はじめに
本連載は,「『公共』と法のつながり」をテーマに,契約,刑事手続,選挙,とつないできましたが,残すところあと2回となりました。最後のテーマは,学校のルールをつくるということに焦点を当て,学習の可能性と課題を明らかにしていこうと考えました。
分量の関係から,本テーマは2つに分割し,第13回は学校生活に関わる身近な教材例を紹介し(上),第14回はその発展版として校則を中心に検討します(下)。校則は中高生の生活に直結するルールであり,注目度は抜群に高いのですが,その身近さゆえにかえって取り扱いが難しく,授業で取り上げることは回避されてきたテーマといえるかもしれません。今回は,実際の取り組みも紹介しますので,21世紀の法教育の可能性を探究することにいたしましょう。
【2】法教育研究会の提起する「法教育」と学習指導要領
日本の法教育を語るとき,法教育研究会(註1)の果たした役割に触れないわけにはいかないでしょう。その研究成果をまとめた「報告書」(2004年)が,法教育を「法律専門家ではない一般の人々が,法や司法制度,これらの基礎になっている価値を理解し,法的なものの考え方を身に付けるための教育を特に意味するものである」(2頁)と定義したこともあり,近年の学習指導要領には,このような考え方が大いに反映していることがわかります。
たとえば,2008年版中学校学習指導要領社会科(公民的分野)には,「社会生活における物事の決定の仕方,きまりの意義について考えさせ,現代社会をとらえる見方や考え方の基礎として,対立と合意,効率と公正などについて理解させる」と明記され,法的なものの見方や考え方を育んでいくことが示されています。また,現行の2017年版学習指導要領社会科(公民的分野)においても「現代社会の見方・考え方の基礎となる枠組みとして,対立と合意,効率と公正などについて理解すること」「人間は本来社会的存在であることを基に,個人の尊厳と両性の本質的平等,契約の重要性やそれを守ることの意義及び個人の責任について理解すること」に加え,「社会生活における物事の決定の仕方,契約を通した個人と社会との関係,きまりの役割について多面的・多角的に考察し,表現すること」があげられています。
また,2018年版学習指導要領の高校公民科「公共」についてみれば,法や規範の意義と役割,契約及び消費者の権利と責任,司法参加の意義などに関わる現実社会の事柄や課題を基に,「憲法の下,適正な手続きに則り,法や規範に基づいて各人の意見や利害を公平・公正に調整し,個人や社会の紛争調停,解決することなどを通して,権利や自由が保障,実現され,社会の秩序が形成,維持されていくことについて理解すること」が明記されています。
こうしてみると,中学社会科,高校公民科のいずれにしても,社会における意見や利害の対立をどのように調整し解決するかを探究課題として取り上げていることが伺えます(もちろん中学校よりも高校の方が学習内容は高度に設定されています)。そのようなとき,どのように授業をつくっていけばよいのでしょうか。ここから検討を進めてみましょう。
【3】身近なルールを取り上げて学ぶ法教育
そこで,社会生活における物事の決定の仕方,きまりの意義や役割について理解したり,多面的・多角的に考察し,表現したりするような授業をどのように構想すればよいのか,考えてみることにしましょう。最初に紹介するのは,2008年版中学校学習指導要領社会科(公民的分野)を踏まえ,「物事の決定の仕方」「きまりの意義」を学ぶための教材を提案する橋本康弘さん(福井大学教授)のプラン(註2)です。法教育研究会「報告書」が公表されたのち,比較的はやい時期に考案されたプランであることに着目し,その意義と課題を検討してみます。
▼橋本さんの提起する〈教材づくりの視点〉
教材づくりに際して,橋本さんは,学習指導要領が規定する「社会生活における物事の決定の仕方」をテーマに取り上げています。その決定プロセスには,人間が社会的存在であるがゆえに様々な利害の「対立」があり,また利害対立を乗り越えて「合意」を行っていること,また,決定を行うための観点として,例えば,無駄のない決定になっているかといった「効率」や,手続の公正や結果の公正を含む「公正」といった観点が用いられていることに着目します。そうすると,これらの観点が,いわゆる「対立と合意,効率と公正」という法的な見方や考え方の基礎となる枠組みであることに気づき,「決定の結果」として作成されるきまりの持つ意義を学ぶことができるというわけです。
橋本さんはこうした考えのもと,子どもにとって身近な事例を取り上げることとし,次のような主題・学習活動を提案していきます。
このプランは,ルールの吟味と改善案を考察することを通して,ルールを検証するための必要な観点や「公正」の意味について学ぶことができるように構想されています。放課後などの限られた時間の中で,1つしかない体育館を複数の運動クラブが使用するならば,どんなルールを,どのように作るのがよいか,と考えていくわけですから,いろいろな意見を交わすことができ,考えを深めていくことができそうです。
さらに,このような学習を通して法的なものの見方や考え方が身についていくならば,以降の学習において学校生活で起こり得る別の問題を考える際にも応用が利くようになるでしょう。そのような点からみても,橋本さんの提案する教材は,きわめて有意義であるということができます。
▼本教材の意義
橋本プランは,1つしかない体育館の利用をめぐって,強いクラブに優先的に使用する機会を与えるべきか,それとも弱いクラブにも平等に使用する機会を提供すべきか,が問いとして設定されていました。しかし,何をもって「公正」というべきかについて検討をしていきますと,議論を重ねるうちにクラブの強弱という観点ではなく,部員の人数などの別の観点からルールを評価するというアイデアが出てくるかもしれません。このような場合,部員数の多いクラブが優先的に体育館を使用できることになるでしょう。
これらの見解の相違は,等しい者を形式的に一律に同じように扱うべきか(形式的平等),それとも,現実の違いに着目して異なる扱いすることを認めるべきか(実質的平等),といった論点へと発展する可能性が生まれます。「公正に扱うべきだ」という声には誰もが賛同するかもしれませんが,「公正」の内容を具体的に検討し始めると,多様な見方や考え方が出てくるわけです。そのような観点から学習ができるというのは法の学習の醍醐味の1つということができるでしょう。
また,この設問では,もともと体育館の使用ルールを決めたのは教師であるということが前提になっていました。しかし,「みんなのことはみんなで決める」というのが民主主義の考え方であるとするならば,教師ではなく,当事者である生徒の参加によってルールが決められるべきだという意見が出てきても不思議ではありません。これは,「手続の公正」をめぐる問題となりますが,ルールを評価するときには,その内容だけではなく,ルールを作るプロセスにも注目して,誰が,どのようにルールづくりに関与すべきかを検討してみることも大切です。
このような橋本プランは,様々な問題に組み替えることができ,思考訓練の機会を提供するという点でも優れていることから,現在では,このプランの応用ヴァージョンがいくつかの中学校社会科公民的分野の教科書や高校公民科「公共」の教科書に教材として取り上げられたりしています(註3)。
▼ある大学生の疑問:「身近」な教材の落とし穴
私は,大学の授業(社会科や公民科の教職資格の取得をめざす学生が受講しています)においてこの橋本プランを紹介し,学生の皆さんからその意義と課題について分析・検討してもらっています。既に述べたように,この教材は,1つしかない体育館の利用に関わるという点で,希少資源の配分問題が取り上げられているのですが,対立点の分析,「公正」なルールとは何か,ルールづくりのプロセス(例えば,誰がルールをつくるべきか,誰の意見を聞くか,どのような手続を踏むことが大切か)など,法教育の重要な要素をいくつも学ぶことができるからです。
ところが,あるとき,複数の受講生からこれまでとは異なる視点からの疑問が寄せられ,大いに考えさせられたことがありました。
その疑問とは,「法教育の教材としては面白い。しかし,こんな学習を行っても,現実の学校のルールには何ら影響を与えるとは思えない。学校のルールが変わらないままであるのなら,かえって生徒に無力感を抱かせてしまうのではないか」というものです。つまり,授業において,身近な学校のルールを批判的に考察し,法的なものの見方や考え方を学んだとしても,現実の学校生活のルールは教師が定めていることもあり,生徒の意見や提案は結果として何ら反映されないのが実情ではないか,というのです。これは,鋭い問題提起です。
この鋭い問いかけに対し,「授業は授業,学校生活は学校生活」と割り切ってしまうなら,教師のみならず生徒にも葛藤が起こることはないでしょう。彼らにとっては,授業で学ぶことと学校生活はまったく関係がない事柄になっているからです。しかし,学校のルールを批判的に吟味していくことができるくらいのレベルまで法的なものの見方や考え方が授業を通して培われていくのなら,否応なしに,現実の学校生活のルールの問題点も見えてくるはずなのです。そのようなときに,学校側が生徒の異議申立てすら認めないような対応を取ってしまうなら,生徒の間にかえって無力感が広がってしまうという学生の危惧は現実のものになってしまうかもしれません。これでは,学ぶ意義はなくなってしまう…,いやむしろマイナスの効果をもたらすかもしれないのです。「身近」な教材には,こんな落とし穴があるのですね。それでは,法の理念と現実の生活とを架橋していこうとするならば,どのような点に配慮することが大切なのでしょうか。そこで,今度は,現実の学校の校則に問題を切り替え,考えてみることにしましょう。
【4】校則を考える:法の学習と実践をどのようにつなぐのか
学校生活のルールを法教育の教材として扱うのであれば,その内容を批判的に検討したり,新たなルールづくりに取り組んだりするような学習とともに,その成果を学校生活の中に活かすことができるように学習や特別活動を組織していくことも考えてみてはいかがでしょうか。この場合,授業や特別活動を担当する教師1人にすべてをまかせるのではなく,学校を構成する教師集団がルールの制定や改廃に向けた学習活動の趣旨を理解し,現実的な改革への展望を共有したり,(時に応じて)生徒の活動を励ましたりしていくことが大切です。その際には,生徒自身が意見を表明する機会を設けたり,彼らの意見をルールの中に反映するような機会を保障したりすることが欠かせません。ルールの内容のみならず,実際にルールを改廃するための手続をきちんと整備していくことも念頭に置きつつ考えていきましょう。
ここで見落としてはならないのは,近年の校則見直しの動向です。2022年に文部科学省が「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂したことも参照しつつ,学校側の校則見直しのための環境整備と学習の可能性を探っていくことにしましょう。一般的にはあまり馴染みのない「生徒指導提要」について少し補足を試みますと,生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書であり,いわば“生徒指導のガイドブック”というような性格を持つ文書であるということができます。子どもを取り巻く環境が大きく変化してきたことを背景に,2022年に12年ぶりの改訂が行われましたが,ここには,本稿のテーマでもある校則についての文部科学省の新しい見解が示されていますので,次にポイントを絞り内容を確認しておくことにしましょう。
「生徒指導提要(改訂版)」(2022年)によれば,校則は「児童生徒が健全な学校生活を送り,より良く成長・発達していく」(101頁)ためのルールです。校則は,社会通念に照らし合理的と認められる範囲内で適切に定めることが認められており,学校ごとに所持品,服装,髪型,学校内外の生活に関する事項などが定められています(註4)。しかし,学校によっては髪型や服装など外見に関するルールを事細かに定め,逸脱を許さぬ厳しい指導が行われたりしてきたこともあるため,高圧的で行き過ぎた指導のあり方が繰り返し問題となってきたのです。近年では,厳しすぎる校則の運用がかえって生徒の学校生活への不適応を生み出すなど,学習機会からの“排除”というべき問題が指摘されるにいたっています(註5) 。12年ぶりに改訂された「生徒指導提要」は,こうした近年の校則に関わるいくつかの問題点を取り上げ,その見直しについても言及しましたので,注目を集めることになりました。
ポイントの1つめは,校則を守らせることばかりにこだわらず,何のために設けたきまりであるのか,校則を制定した背景や理由についても児童生徒がその意味を理解できるように指導することが明記されていることです。
ポイントの2つめは,そのためにも,校則の内容や制定の背景などについて学校のホームページなどに公開し,学校の内外の関係者が参照できるように示していることです。児童生徒だけでなく,保護者や地域住民などが校則について共通認識を持つことができるのは,校則の行き過ぎた指導を抑制するうえでも大きな意義があるといえるでしょう。
ポイントの3つめは,学校や地域の状況,社会の変化などを踏まえることで,その意義を適切に説明できないような校則については絶えず見直しが求められていることです。また,校則によってマイナスの影響を受けている児童生徒がいるような場合には,どのような点に配慮が必要であるのか,校則の検証・見直しを図るように求めている点も大切な改訂点となっています。
ポイントの4つめは,校則の検証・見直しを行う場合には,どのような手続を踏むことになるのか,その過程を示すように明記されていることです。児童会・生徒会や保護者会において校則について議論する機会を設けたり,校則の見直しのプロセスに児童生徒自身が参画し意見を表明したりすることを例示している点も重要です。
このように「生徒指導提要(改訂版)」を見てきますと,校則の遵守を求めるばかりでなく,社会の変化をふまえ,児童生徒が校則を見直し,自分たちで議論しながらルールをつくっていく経験を積むことに一定の意義を見出しているのです(註6)。そうであるなら,校則を主題とする教科学習や特別活動(註7)には大いに可能性が拓けてきたということができるでしょう。
【註】
法教育研究会は,「我が国の学校教育等における法及び司法に関する学習機会を充実させるため,これらに関する教育について,教育的観点をはじめ,社会的に幅広い観点から調査・研究・検討を行うことを目的に法務省において発足」(法教育研究会「報告書」1頁)し,2004年11月4日にその成果を「報告書」としてまとめています。その後の法教育の展開に理論的にも実践的にも大きな影響を与えました。
橋本康弘「『法教育』実践のための覚書」自由と正義717号(2008年)31頁以下。なお,橋本さんは,「法教育研究会」の提起した日本版「法教育」の特徴を,①法的価値・原則教育としての法教育,②「法的見方・考え方」教育としての法教育,③法システム参画教育としての法教育,というように3点にまとめて整理しています(同32頁)。
例えば,高校「公共」教科書の中には,生徒会予算の配分方法を教材に取り上げ,多角的・多面的な視点から分配方法について検討を試みているものもあります(『高等学校 公共』〔教育図書〕30~31頁)。
例えば,第二東京弁護士会「子どもの権利に関する委員会――校則調査の結果について」(2024年2月21日)は,東京都23区が設置する公立中学校375校の校則調査の状況を公表しており,校則の実態を知るうえで参考になるでしょう。https://niben.jp/news/news_pdf/oshiras20240215.pdf
遠藤美奈「校則――排除しないルールへ」法学教室518号(2023年)5頁。憲法研究者による校則に対する的確な分析がコンパクトにまとめられています。
2022年12月の「生徒指導提要」の改訂を前に,各学校の校則の見直しを進める取り組みが新聞各紙でも取り上げられていました。新聞の見出しだけを拾い上げると,「生徒主導で校則見直し」(徳島新聞2022年7月6日),「校則見直し 対話で探る」「地域住民も参加 意思決定力磨く」(愛媛新聞2022年6月14日),「不可解校則 改定進む」(神戸新聞2022年6月27日),「29校 生徒交え校則改定」(大分合同新聞2022年6月20日)などです。校則の見直しに取り組む学校は少しずつ増えてきているように見えます。他方,現在においても「広島 公立学校の校則 見直し手順“明記の予定なし”が7割」(NHK広島放送局2024年5月13日https://www.nhk.or.jp/hiroshima/lreport/article/007/94/)という報道もあり,校則の見直しをめぐっては内容と手続の両面をめぐってなお検討の途上にあるといえます。
なお,本稿においては,教科の学習だけではなく,特別活動にも言及していますが,現行法制上,高等学校の教育課程は「各教科に属する科目,総合的な学習の時間及び特別活動によって編成されるものとする」(学校教育法施行規則83条)とされています。また,高等学校学習指導要領(2018年版)によると,「特別活動」は,ホームルーム活動,生徒会活動,学校行事から成り立っています。
【連載テーマ一覧】
Ⅰ 「契約」の基礎 〔連載第1回~第3回〕
Ⅱ 「契約」の応用:消費者契約と労働契約を中心に〔連載第4回~第6回〕
Ⅲ 「刑事法と刑事手続」の基礎と問題提起 〔連載第7回~第10回〕
Ⅳ 「憲法」:「公共」の憲法学習の特徴と教材づくり 〔連載第11回・第12回〕
Ⅴ 「校則」:身近なルールから法の学習へ 〔連載第13回・第14回〕
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