大きな絵の話

大きな絵に意味があるとか無いとか、それは人によるだろうし、言ってしまえば絵を描くことや見ることには、ただ生きることには何ら影響がないのから、極論どうでもいい。

けれどわたしは大きな絵が描きたいと思う。

いや、言い方が少し違うな。大きな、ではなく、大きく絵を描きたい。


わたしにとって絵は、伝える手段とか、存在証明とかではなく、排泄物。わたしの中を吐き出すと、それは絵になるんだ。だから、絵の具に乗せてゲロ吐いてるって感覚。すごく気持ちいいんだよこれが。そしてゲロ袋は大きい方が良い。でっかい筆で、壁に向かって、バーっと吐き出すの。白い壁がわたしで満たされていくのは、なんだか壁と一体になったような気もして、受け入れてくれたような気がして、これは最高な気分だね。ストロークは長い方が良い。なるだけ壁と、絵の具と、つながっていたい。フチの絵の具は溜まるくらいたっぷりね。

それが本当に、気持ちよくて、1番生きてる感じがして、大好きなこと。

その絵に何の意味があるか?

それは、無いよ。意味なんか。

出来上がった絵に価値を持たせるのは大変だ。わたしにはまだ出来ない。今は、吐き出したい。大きなところに力任せで描いてやりたい。それが楽しくて気持ちが良いから。だから、絵に意味があるのではなくて、絵を描くというプロセスに1番の価値を見出している。

どうでもいいけど書き出したかったこと。ゲロ袋。
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