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32.ヨーロッパの源流。

①ヴェルダン条約-843-

 カール大帝の一人息子の死後、フランク人の慣習で息子たちに土地が分割された。

長男ロタールには中央を。

次男ルートヴィヒ2世には東一帯を。

三男シャルル2世には西一帯を。

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②メルセン条約-870-

しかし、問題があった。ロタールの王国ではアルプスが存在しており、とても険しく移動が大変だったため、ロタールが死ぬと左右のフランク王国が領地を攻めて獲得した。

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③外国の圧迫

 北からヴァイキングが村々を荒らし、東からアジア系のアヴァール人が圧迫、西からはアラブ人がアッラーの名の下にカトリックを脅かしてくる。

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ヴァイキングに対抗して名を挙げたのがパリ伯のユーグ=カペー。パリ伯だった彼は功績をあげて、他の伯たちから推薦されてフランス王になった。

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アヴァールの侵攻を阻止したザクセン公ハインリヒは皆から推挙されてドイツの王になった。

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③教皇、動きます。

 教皇ヨハネス12世は思っていた。

「カールがいなくなった今、ヨーロッパを異教徒から守る次の者が必要だ。ここはハインリヒの息子、オットー1世が強いから選ぼう。」

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オットー1世「・・・。またキリスト教の坊主がわしに何か言ってきたぞ。」

家臣「ここは戴冠を受けてください。そうすれば多くいるキリスト教の支持を得ることができます。」

オットー1世「・・・やむを得ぬな。」

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戴冠のあと、オットー1世はローマに滅多に近づかなった。

後々問題となるのが、司教たちの任命権の問題。教皇が任命するのか、皇帝が任命するのか。もめに揉めることになる。

ちなみにビザンツ帝国では、宗教のトップも、政治のトップもビザンツ皇帝なので問題ない。

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