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わたし、ポンコツなんです。50代ですが「生きやすい」を考えてみたい❶まずは観察だ!

わたしはポンコツという言葉が好きです。
響きもかわいいですよね。

「もちもちちゃんはちょっとポンコツなんですけど、よろしくお願いしまーす」

以前働いていたところでお世話になった上司の柴田さん(仮名)は、例えば自分のグループに新しいメンバーが入る時などわたしのことをそんなふうに紹介しました。

わたしはちょっとしたミスが多くて、教えたことを何度も聞くことがあり、職場ではあきらかに困った人でした。自分でもよくわかっていたし、悩んでいました。

そんなことを言われたら、本当だったらへこむところかもしれませんが、わたしはむしろ救われた思いでホッとしたのでした。
わたしがダメな人間だということを、
絶対またなにかやらかすということを、
ユーモアで表現してもらい、
心が軽くなるのを感じました。

柴田さんの言う「ポンコツ」は、けしてわたしを責めていませんでした。むしろ守ってくれているような優しさが感じられ、居場所を与えられたような安堵感がありました。

それは言い換えれば、
わたしのポンコツぶりはそれほど深刻だったのです。

自分でも自分が嫌になるくらい、世の中のミスをすべてこなす勢いであらゆるミスをしでかしました。
なぜそうなってしまうんだろう?
なぜわたしは他の人のようにできないんだろう?
わたしはだんだん心の中に常に真っ青な自分がいるような感覚を持つようになり、自分のことながら尋常ではないものすら感じるようになりました。

ここまでできないって、異常ではないだろうか?

気をつけても気をつけても繰り返すミス。
怒られても怒られても繰り返すミス。
周りも呆れて距離を置かれて、朝から挨拶を返してもらえなくなり、会社に行くのが怖くなりました。朝、手が震え出すのです。いたたまれなくなって逃げるように職場をやめ、新しい職場でまた慣れない仕事がスタートするとミスを繰り返し、どんどん自信を失っていきました。新たに教えられる仕事の習得に力を入れると慣れてきた以前の仕事のやり方を忘れ、間違える。いつまでたっても問題なく仕事をこなせません。
バカなの?と自分に嫌気がさします。
こういうことは若い時からだったので、年齢のせいで記憶力が衰えているとは思えませんでした。
子どもの頃からずっとずっと同じような事で周りをイライラさせ、怒られてきました。

なんとかしてこういう自分の悪いクセみたいなものをなおしたいと心底思っていました。
自分の事なのに自分でどうにもならない状況が恐ろしくてたまらず、いつか取り返しのつかないことをしでかしたらどうしようと怖いことばかり考えてしまうのでした。

わたしのポンコツぶりは以下のとおりです
・忘れものをする
・教えてもらったことを忘れる
・自分で聞いたことも忘れる
・突然頼まれた仕事にすぐに対応し、「仕事ができる!」と思ってもらいたいとがんばるが、いままでやっていたことを後回しにして忘れてしまうため結局怒られる
・すぐにあわてる。あせって大事なことが抜ける
・いつもいっぱいいっぱい
・言われたことを言われた通りにしかできない(これは一見問題ないようですが、応用が利かないという意味です。言われたことの意味を考える癖がないのです)
・「変な方向に考えすぎ」とよく言われる。例えばすごく気を使っているつもりが、そんなことよりこっちをしっかりやってくれと言われるようなズレ。つまりは無駄な考えをしているという事かと…
・説明する時にまわりくどくてわかりづらい。言い訳のように聞こえるせいなのか、理解してもらえず誤解までされて怒られることも多い
・新聞などを読んでいて日本語が理解できないと感じることがある
・パソコンの基本的操作でつまづく 苦手意識が強い
・学歴がないというコンプレックスが強い
・いつも計画がこなせない
・飽きっぽい
・なにごとも理論的に考えていないように思う
・あきらめがはやい
・読解力がない

ああ。こうやって書き出してみると、悲しいくらいわたしらしいわたしが見えてきました。

わたしは今54歳です。
50歳から派遣で働きだしました。
それは、考えてもみない事でした。

29歳で妊娠。3人の子育てという名目のもと、47歳まで専業主婦でした。けれど主婦としても失格でした。いや、ポンコツぶりの内容は一緒です。でも家庭でのミスや忘れ物は夫には怒られても他人には怒られるということはなかったため都度修正してまあいいや的になっていました。いっぱいいっぱいではありましたが、自分に甘かったと思います。一生懸命やっているという意識は強いため、自分の落ち度は棚に置き、手伝ってくれない夫をなじり毎日のように大喧嘩でした。こんな人とは思わなかった!と思っていましたが、夫も同じだったことでしょう。

とくにお金の話でのイザコザは日常茶飯事でした。
夫はお金の話になるとたちまちピリピリして普通に会話が出来なくなるのでした。自分だけが背負わされているという責任と理解の足りない妻にイライラしていたんだと思います。

下のこどもたちが中学生になって私もパートで働きだしました。でも家計簿をつけないわたしはかぎりなくどんぶり勘定のまま以前より収入が増えたことのメリットは何一つ感じないありさまでした。もちろん夫にとっても何の助けにもならなかったと思います。わたしは「いつになったら旅行とかにいけるのだろう」となげいていました。
本当にポンコツです。

さらにポンコツは続きます。
それまでは扶養内で働いていましたが、お金が焼け石に水のように消えると夫に訴え、「自分の洋服も好きに買えない」と泣いたのでした。そりゃあもうまた大喧嘩です。買えばいいだろうが!と夫はどなりました。いやいや、根本からわたしの考え方がおかしいですよね。
それを夫のせいみたいに泣くんですから。うざいったらありゃしない!(笑)

その時派遣という働き方を知ります。

時給がいい!それだけで飛びつきました。
でもわたしの能力では仕事はなかなかなく、100人募集とか大量募集の案件に応募してもぐりこんでお仕事にありついて・・・

そこにはわたしにとって厳しい世界が待っていました。
自身のポンコツぶりを嫌というほど目の前につきつけられました。

ああ自分はなんてダメ人間なんだろう、の連続でした。
お母さん、バカから抜け出したい。と今度はこどもたちに弱音をはきます。大人なのにうまくできないと涙まででてきてしまう始末…。娘は心底心配してくれて、働かなくていいよとなぐさめてくれて…情けない母です…

書類の名前から、パソコンの使い方から、
初めて聞くようなことばかり。電話で日本語の意味がわからず「あんたじゃダメだ。わかる人に変われ!」と相手を怒らせることも。

その後は先程も書かせていただいたとおりです。
職場では周りの人からも白い目でも見られ、いたたまれなくて退職、理解が出来なくて退職という情けない職歴を続けていきます。
恥ずかしくて心が折れました。

夫に大威張りだったことも反省。
どうにかしたい、やりなおしたいと強く思いました。
こんな年齢だし、本当は逃げれるものなら逃げたいと思うこともあります。
努力しても変わらないような気もして頑張ってもしかたないと思うことも。

でも、わたしは何か間違っているのかもしれないなあと考えるとこのままでいるのが不安になります。
頑張ってなにかを成し遂げたいのではなく、頑張って努力して自分が生きやすい環境を創っていけたらなあと思うのです。

毎日、今日こそは一日無事におわりますようにと祈るような気持ちですごしてきました。

でも、そんなふうに一日一日を潰していくように終えるなんて、なんて悲しい生き方なんだろう!と思うようになり、少しでも「なりたい人間」に変われるなら変わりたいと考えるようになりました。

それにはどうしたらいいのでしょうか。

まずは観察だ!と思いました。
人様のことも、自分のことも!

「この人すごいな」「この人いいな」
憧れると思える人を観察してみようと思いました。また、どういうところを観察したらよいだろうかと、思った点も書き出してみました。

まずは全くの他人様で見た目などからわたしが感じる「優秀さ」「あこがれる」は次のようなことではないかと感じました。
・姿勢がいい
・生き生きした目
・髪型が似合っている
・むやみに走らない(これは以前点滅している信号をみて走り出そうとしたわたしに娘がいいました。お母さん走るのみっともない!と。ちょっと考えてなるほどと思ったんですよね・・・そういえば丸の内とかであまり走っている人をおみかけしません・・・)
•すごくまわりをよく見ている(見ていないようでしっかり見ている!ちょっとした変化も動きも見過ごさず、対応しています)
•気が利く(上記の「よく見ている」につながることかもしれません。先をみた動きが出来る人です)

また、わたしが「この人良いなあ」と感じる友人や知人に聞いてみたい事を書き出してみたら、以下の点でした。答えについては、どれも一律ではありませんでした。例えば家計簿をつけていますかという質問ではつけている人、つけていない人はほぼ半々という結果で、キチンとしていると感じる人も、わたしのように、つけていない人もいるんだな!とホッとしました。

・子供の頃習い事をしていましたか。楽しかったですか?続きましたか?
・願いを叶えるためにこころがけたことはありますか
・子どもの頃家族は仲が良かったですか
・家計簿をつけていますか
 
家族仲もかなり悪かったという人もいて、子ども時代をあたたかい家庭ですごしたという人ばかりではありませんでした。
とても興味深い結果だと感じました。

今度は自分のことです。
わたしがわたしのことで一番強く感じているのは「努力が足りない」ということです。
努力をしてこなかったので、どんなふうに努力をするのかわかりませんでした。勉強もどうすれば成績があがるかわからず、好きなことだけしてすごしていました。興味のある分野だけ満点に近く、わからなくなった教科はそのまま状態で、もちろんどんどん成績は落ちていきました。

自分が親となって、子どもたちにまるで勉強の仕方を教えてあげられませんでしたが、好きなことをとことん一緒にやってきました。
こどもたちは奇跡的に理想的に育ってくれたのですが(本当に奇跡的と思えます。)子供との関わり方を思い返すと、どうしてこんなふうに理想的に育ってくれたのかなと不思議にすら思います。
彼らは頑張るときにしっかり頑張り、本人たちが満足のいく結果を出してくれました。

頑張るとはなんなのか。
子どもたちにも聞いてみたいです。

いまのままで幸せなこともたくさんありますが、変えられるものなら少しでもダメ人間から抜け出したいのです。けして「できるやつ!」にはならないとはわかっています。それはちょっと次元が違いすぎて。
ポンコツなりの幸せを模索してみたいのです。

もう少し生きやすくなるってどんな感じかなって思うのです。

どんなことを試していけばよいのか。わたしの足りないところ、補ったらどうなるか試してみたいことを書いていきたいと思います。
よろしければおつきあいください。

また、コメントやアドバイス、
ご教示などもいただけたらとても嬉しいです!


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