『幽霊物語』物語(続々)
『幽霊物語』物語
https://note.com/hm_publishing/n/n9cea108fac29
『幽霊物語』物語(続)
https://note.com/hm_publishing/n/n93f94c64d111
「ミステリマガジン」の連載や『新・幻想と怪奇』のあとだったか、仁賀克雄氏のお宅にお邪魔した際に、なんの話からだったかA・M・バレイジの話題になりました。妙に印象に残る作家ですよね、みたいな話をした記憶があります。
そのときに仁賀氏が、「あの作家はぼくも好きなんですよ」とおっしゃり、「じつは」と出していらしたのが、ぶ厚い大判の書物。
それはA・M・バレイジの短編を集大成したジャック・エイドリアン編集の傑作集でした(このへんの私の記憶は曖昧ですが)
仁賀氏は「いまこれを読んで、一作ごとに点数をつけているんです。いずれベストを選んで傑作集を作れればいいね」と嬉しそうに語られました。
おお、それは楽しみですね、みたいなことを言った覚えもあります。
それからずいぶん経ったころ(もちろん私はとっくに忘れていました)ご自宅をおたずねした際に、その時の打ち合わせが終わったあとで「ところで」と仁賀氏が大判の封筒を差し出されました。
「バレイジの作品集を読み終え、そのあと勝手に選んだ作品を翻訳してみたんですよ。ちょっと読んでみてもらえませんか」
けっこうビックリしました。
翻訳物の企画を立てる場合、まずは原書の段階で概要を掴んだうえで企画にまとめ、出版を決定してからおもむろに翻訳を依頼するのが、この業界の常道です。
というのも、翻訳作業は時間も手間もかかる難行ですので、翻訳してから、残念ながら出版できません、というわけにはいかないからです(そうなると一銭にもなりませんからね) 翻訳者にそんな無駄働きをさせることはできません。
と、そんなことは仁賀氏も先刻ご承知。またそのへんのことが脳裏によぎり表情に出たんであろう私の顔を見て、豪快に笑われました。
「これはあくまで私が趣味で訳したものです。お預けしますが、出版するかどうかは気にしません。まずはお読みいただいて、感想でもお聞かせください」
という次第で、選ばれた15作の原書のコピーと、仁賀氏の訳稿を収めたフロッピーディスクが私の手に渡ったのです。
けっきょく私が編集者として出版社在籍中には刊行に至らなかったその訳稿が、今回の『ありふれた幽霊』なのです(在籍中に実現できなかったのは私の力量不足)
仁賀氏のご生前には実現できなかった書籍化を、遅まきながら、またささやかな形になったとはいえ、世に出すことができたのは、私にとって大きな意味のあることでした。
すでにこの世にはいらっしゃらない仁賀克雄氏と、この訳稿の刊行をご快諾いただいた仁賀氏の奥様に、この場で御礼を申し上げたいと思います。
『ありふれた幽霊』
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