あなたは私なんだから / #シロクマ文芸部 #ボケ学会
(1422文字)
働いて働いて働いて、やっと生きていける。そんな生活が続いている。
私が高校に入ってすぐ、父はリストラされ、借金を残して行方不明になった。母はパートの時間を増やして働いたけど、身体を壊して療養施設に入り、そこから入退院を繰り返すようになった。
母が働けなくなったので、私は高校を中退し、母の治療費と日々の生活費を稼ぐためにいくつもの仕事を掛け持ちしている。夜勤や早朝の仕事が入ることがあるので、もう何年も睡眠時間は一日4時間ほどしか寝ていない。
服は着たきりスズメ、いやスズメでももう少し着飾っているだろう。おしゃれなんか、夢のまた夢。化粧品を買うお金などなく、いつもすっぴんで過ごしている。唇はガサガサ、顔にはいくつもシミが出てきたと思う。
たぶんそんな顔だと思うから、ずいぶん長い間、鏡を見てない。自分の顔なんて忘れた。洗面所でうつむいたまま、顔を洗っておしまい。それが私の短い仮眠明けのルーティンだ。
ある日、いつものようにうつむいて顔を洗っていると「ねぇねぇ」と声がした。顔を上げると、鏡の中の私が、私に向かって話しかけてきた。
「あなたは私なんだから、もっと笑って」と鏡の中の私はこぼれんばかりの笑顔で話しかけてきた。
とうとう私も頭がおかしくなってきたか。かなり無理してきたから、しょうがないか……。
そんなことを考えている間も、鏡の中の私は話し続けている。
「私はあなたから見ると向こう側の世界の人。でも私からすると、あなたは私なの。私たちの世界がコピーされてあなたたちの世界ができたの。あなたは、あなたの周りの人々は、あなたの住む世界は、すべて私たちの世界のクローンなの」
ああ、何言ってるんだろ。この子。これは夢だわ。私がこの子のコピーだなんて思えない。まったく似ていない。この子もすっぴんだけどキラキラ輝いているじゃない。こんな暗い私がこの子のクローンなわけないじゃない。
突然、鏡の中の私が叫んだ。
「いつも喜んでいなさい!」
「あっ! それって!」
「そう。これは幼稚園のときに通っていた教会でおぼえた聖書のことば。覚えてるよね」
「うん。覚えてる。ちゃんと言えたねって、牧師先生にほめられたのがとってもうれしかったわ」
思わず私は声を出して答えていた。日々の苦しみに埋もれて忘れていたなつかしい記憶……。
鏡の中の私が続ける。
「あのときの牧師先生のお話はこうだったわ。
喜怒哀楽のうち、唯一自分の意志でできるのが『喜ぶこと』だよ。
どんなに悲しいときでも、どんなに苦しいときでも、
喜んでいれば、神さまが勇気と力をくださるんだ。
だから私はいつも喜んでいるの」
牧師先生のお話は思い出せなかった。なぜ抜け落ちているんだろう。
私は向こう側の私に疑問をぶつけた。
「どんなときでも、って、それはあなたがずっと幸せだからなんじゃないの?」
「いいえ。私の境遇もあなたと同じ。父は行方不明だし、母は施設で療養中。生きるために寝る間も惜しんで働いているわ」
「信じられない……」
そう思いながらも、もし鏡の中の私のように喜ぶことができたら、何かが変わるかもしれない。そんな気がする。
「さあ、笑って。どんなときでも喜んでいて。できるはずよ。あなたは私のクローン人間なんだから! 苦労人間になっちゃダメ!」
私は、鏡の中の私が差し出す手を握り、心を立ち上がらせて前を向く。
いつも、どんなときでも、自分の意志で喜ぶんだ。
そう決意した私の顔は、鏡の中の私のようにキラキラと輝いていた。
はれるや( ´ ▽ ` )ノ。です。
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