ロンドンの演劇界では、どんなハラスメント対策をしているのか聞いて来ました。
☆本文内に、ハラスメントに関する詳細な描写はありません。
本題に入る前に、僕は、演出をする時、積極的に役者の声を聞くように心掛けています。それから、男女を問わず、不必要に役者の体を触った事は一度もありませんし、暴力を振るった事もありません。ただ、僕が主宰してる団体では、僕がキャスティングをして、台本を書いて、演出をしているので、僕一人に、権力が集中している自覚があります。演出を担当する立場として、また、小さいながらも劇団の主宰として、あんな言い方をするべきじゃなかった、あんな態度を取るべきじゃなかった、と反省する事は、少なくありません。だから、僕はグレーゾーンの人間で、どちらかと言えば加害者側であると認識しています。でも、僕みたいな人間が、その事を引け目に感じず声をあげていかないと、結局『一部の人が言ってるだけ』になってしまい、何も変わらないと思いました。だから、僕に出来る事は微々たる物ですが、少しでも役に立ちたい一心で、この投稿をしています。
<加筆 2022.12.29>
『僕はグレーゾーンの人間で、どちらかと言えば加害者側である』という点についての加筆です。まず、僕は、誰かの人格を貶める意思を持って演出をした事は、一度もありません。暴力を振るったことも、怒鳴ったこともありませんし、役者を追い込む演出には、心底反対です。しかし、それは、『僕には、その自覚が無い』というだけであって、その是非を判断する権利が、僕には無いという事を理解しています。それから、「演出をした経験がある」というだけで、演出という行為が孕む加害性を考えると、自分は常にグレーゾーンにいるのだと言うことを、同時に理解しています。そして、それらは、僕が、大した影響力を持たない無名の演劇人であっても、大きな事実です。だから、僕たち演出家は、自らの加害性と向き合い、関係者全員にそれを見られ、裁かれる立場です。しかし、自覚せずにやってしまったかもしれないハラスメントに引け目を感じ、発言を止めるのは良くないと思い、この記事を書きました。<以上>
1.ロンドン演劇界のハラスメント事情
教授何人かと、演劇学部に通う同級生何人かに話を聞いた所、ロンドンの演劇界は、昔に比べて良くなってきていると言う意見が多かったです。しかし、それでもハラスメントや差別が起きているのが現実だそうです。この4、5年は、現状を変えようという意識が特に高まっていて、問題が起きたら公演を中止にしたり、ハラスメントの被害を受けたら降板できる事が契約書に明記されていて、いずれの場合も出演料は支払われるそうです。契約書に明記するという対策は、日本の小劇場でも簡単にできると思います。
また、ハラスメントや差別を題材にした公演では、心理セラピストを定期的に派遣する劇団があるそうです。ただ、いくら芸術先進国のイギリスとはいえ、演劇の知識がある心理セラピストの数は少なく、そこが新しい問題になっているそうです。それが問題になる事すら、羨ましいですが。
日本とロンドンの大きな違いは、演劇関係者専門の24時間相談窓口がある事です。この窓口には、演劇の現場で起きた問題を、何でも相談できます。具体例として挙がっているのは、「いじめ、ハラスメント」「精神的/身体的な健康問題」「バリアフリーの問題」「雇用問題」「退職後の生活について」「金銭問題」等です。
劇場によっては、ハラスメント対策についてのガイドラインを明確に発信し、それに反する問題が起きた場合には、劇場が決定権を持って、公演中止を決めるケースもあるそうです。いくつか読みましたが、EGSA JAPANが出している「芸術分野におけるハラスメント防止ガイドライン」の内容と重なる部分が多くあるので、是非ダウンロードしてみてください。
<ダウンロードURL>
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScs_z0-VQW9y7Sp22Bc8XVCk_DSbtlkUmFoGWyqKAaJ-zhI1Q/viewform
以上が、演劇界全体の環境作りについてです。次に、僕がいま通っているロンドン大学の演劇学部で教えられた、ハラスメントが起きない稽古場作りについてです。
2.授業で教えられたハラスメントが起きない稽古場の作り方
まず、1年目から今までの授業内容は、全てこちらに纏まっています。
この記事では、稽古場作りについて一番多く触れられていた、2年目1学期の選択授業「演出(Direction)」の授業内容について纏めます。この授業では、毎回3、4人組に振り分けられて、3ヶ月の学期中、それぞれが役者と演出のどちらも経験しながら、いくつかシーンを作りました。その中で、常に、繰り返し言われていた事は、演出家と役者は対等であるという事です。
授業の流れは、まず、座学で演出家のメソッドを学びます。その後、事前に渡されていた台本を、座学で学んだメソッドに基づいて演出します。ただし、その際、どのメソッドの場合でも「やってはいけない演出」として徹底されていたのが、演出担当が実際に演じて見せる事と、やりたいイメージの結論だけを伝える事です。前者は、演出家が実際に演じてみせて、俳優にその真似をさせる演出。後者は、例えば、「ここで怒って」「ここで泣いて」と指定する演出です。なぜなら、どちらも、演出家に役者が従うという点で対等な関係ではなく、また、役者の心情を軽視しているからダメです。
また、役者のトラウマに触れる可能性があるシーンの演出についての授業もありました。例えば、ハラスメントや殺人などの精神的/身体的な暴力を描くシーンです。こういったシーンの演出をする際に重要な事は、ディスカッションを重ねる事です。必要であれば、第三者を交えて、演出家と役者が対等な関係で、シーンのイメージを擦り合わせます。この点について、「演出なんだからやれ」というのが間違っているのと同様に、「演じたく無いからできない」というのも間違っているという事です。
とにかく、意見交換です。大学では、ほぼ全ての授業がディスカッション形式です。ただ、日本でディスカッションの方法について知る機会を見つけるのは難しいと思います。そこで、あくまでも私見ではありますが、今まで教授に指摘された点や、自分で考えてきたメモの中から、演劇の現場や、あるいは日常生活でも使えそうな部分を、別の記事に纏めました。ご興味があれば、ご覧ください。
3.まとめ
日本では、ハラスメントに関しての意見を交換する場が少ないから、自分の感覚がズレているか分からないまま歯止めが効かず、事態が大きくなるケースが多いように思います。これを機に、深刻になる前に、オープンに話し合える土壌を、全ての現場で作っていくべきだと思います。
最後に、ハラスメントの面だけを取ってみれば、日本の演劇は既に終わっているんだと思います。ただそれは、今が、変わるチャンスって事なんだと思います。僕にできる事は微々たる物ですが、せめて僕が関わる現場だけでも安全に健全に、面白い演劇を作る事だけに専念できる場所にしていきます。