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斎藤幸平著「人新世の資本論」書籍レビュー

 本書は、東京大学で教鞭を取る哲学者で経済思想家の斎藤幸平氏が、現代資本主義がもたらした環境危機の実像、そして、その危機への解決策を、マルクスの思想を手掛かりに、提案した書籍である。本書は、2021年新書大賞を受賞し、現在までに、累計45万部を突破しているベストセラーである。早速、本書の概要を紹介する。

 本書のタイトルにもなっている「人新世」とは、人類の経済活動が地球に与えた影響があまりに大きいため、ノーベル化学賞受賞者のパウエル・クルッシェンが、地質学的に見て、地球は新たな年代に突入したとして、名付けた、想定上の地質時代である。

 人類が、地球環境の破壊に与えた影響の中で、筆者が特に指摘しているのは、二酸化炭素を含めた温室効果ガスの増大である。産業革命以前には280ppmであった二酸化炭素濃度が、ついに2016年には、400ppmを超えてしまった。平均気温は、約1℃の上昇である。2016年に発効したパリ協定が目指しているのは、2100年までの温度上昇を2℃未満(可能であれば、1.5℃未満)に抑え込むことである。しかし、現時点ですでに1℃の上昇が生じている中で、1.5℃未満に抑え込むためには、2030年までに二酸化炭素排出量をほぼ半減させ、2050年までには、ゼロにしなくてはならないとの試算が出ている。このままでは、2030年には1.5℃、2100年には4℃以上の気温上昇が起きることが危惧されている。仮に2℃の温度上昇であっても、日本でも、漁業、漁業への被害、台風の巨大化、豪雨被害の悪化が想定されている。気温上昇が4℃まで進めば、被害は壊滅的なものになり、沿岸部を中心に日本全土の1000万人に影響が出ると予測がある。
 世界規模で見れば、億単位の人々が現在の居住地から移住を余儀なくされ、人類が必要とする食料供給は不可能になり、経済損失は27兆ドルになる試算もある。

 それでは、国連を筆頭に、先進国を中心とする各国、企業、一般の人々が取り組んでいるSDGs、グリーンニューディール、環境技術革新を初めとする環境破壊の抑止、特に二酸化炭素排出量削減の取り組みの結果は、今現在どのような状況か。先進国、OECD加盟国を中心に、対GDP比でのエネルギー消費率は、大幅に下がっている。ところが、先進国の傾向とは逆に、中国、ブラジル、中東でのエネルギー消費比率は、急速に悪化している。当然、対実質GDP比での二酸化炭素排出割合も改善していない。このため、世界規模で見た場合、2004年から2015年のあいだに、二酸化炭素の排出割合は年率0.2%しか改善していない。結局、世界の二酸化炭素の排出量は、毎年およそ2.6%づつ増えており、2℃目標を達成する見込みは、現実には見当たらない。二酸化炭素の排出量の増大に対する、現在の環境破壊の抑止の取り組みでは、ほとんど効果がなく、増え続けているのが実情なのである。

 では、問題は、新興国側にあるのだろうか。ここで、著者は、先進国に暮らす私たちの豊かな生活は、新興国での様々な資源、農作物、工業製品での生産に支えられ築かれていることを指摘する。新興国での環境破壊は、”帝国的生活様式とも呼ぶ、先進国と新興国との間にある支配従属関係に支えられた、収奪や代償の転嫁によるもの”と分析する。グローバル化した現在の経済システムそのものが、引き起こしていると述べている。

 また、著者は、所得と二酸化炭素排出量の関係性にも言及している。世界の人口を所得階層に10%刻みで分類すると、所得TOP10%が、二酸化炭素の半分を排出しており、下位から50%の人々は、全体のわずか10%しか二酸化炭素を排出していない。先進国で暮らす私達は、そのほとんどが20%に入っている。つまり、私たち自身が、当事者として、帝国的生活様式を変えていかなければ、気候変動に立ち向かうことなど不可能なのである。

 現状の二酸化炭素排出量削減の取り組みは、2~3%の経済成長率を維持しつつ、1.5℃目標を達成するものである。しかし、この目標を達成するためには、今すぐにで年10%前後のペースで、二酸化炭素排出量を削減する必要がある。市場に任せたまま(現在資本主義のシステムの上)で、この可能性がないことは明らかなのである。

 著者は、解決策を、晩年のマルクスの思想から、そのヒントを探る。世間一般でのマルクス主義といえば、ソ連や中国共産党による一党独裁とあらゆる生産手段の国有化のイメージが強い。しかし最近の研究では、晩年のマルクスは、自然科学研究と共同体研究へ、活動の中心を移していた。その思想は、”コモンと呼ぶ、社会的に人々に共有され、管理された富を、市民が、民主的・水平的に共同管理に参加する社会”を目指すことを理想としていた。持続可能で、平等な社会を目指す、経済成長しない循環型の定常型経済を目指していたのであった。

 筆者は、この晩年のマルクスの思想をヒントに、”現状の環境破壊問題の解決策は、脱成長コミュニズムである”との結論を述べる。

 そして、脱成長コミュニズムに向けた行動指針の5つを挙げている。
①使用価値経済への転換:「使用価値」に重きを置いた経済に転換して、大量生産・大量消費から脱却する。「使用価値」に重きを置いたものとは、人間が生きていくのに本当に必要なものである。
②労働時間の短縮:労働時間を削減して、生活の質を向上させる。「使用価値」に重きを置いたものに生産を集中すれば、必要な労働時間は減り、人々は生活の質の向上に時間をさける。
③画一的な分業の廃止:画一的な労働がもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる。
④生産過程の民主化:生産のプロセスの民主化を進めて、経済を原則させる。なにを、どれだけ、どうやって生産するかについて、民主的に意思決定する。
⑤エッセンシェルワークの重視:使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークを重視する。介護、看護、保育、教育等を指す。

  そして、筆者は、その社会の姿を、以下のように、記している。

 民主主義の刷新はかつてないほど重要になっている。気候変動の対処には、国家の力を使うことが欠かせないからである。
 本書では、<コモン>、つまり、私的所有や国有とは異なる生産手段の水平的な共同管理こそが、コミュニズムの基盤になると唱えてきた。だが、それは、国家の力を拒絶することを意味しない。むしろ、インフラ整備や産業転換の必要性を考えれば、国家という解決手段を拒否することは愚かでさえある。(中略)その際、専門家や政治家たちのトップダウン型の統治形態に陥らないようにするためには、市民参画の主体性を育み、市民の意見が国家に反映されるプロセスを制度化していくことが欠かせない。
 そのためには、国家の力を前提にしながらも、<コモン>の領域を広げていくことによって、民主主義を議会の外に広げ、生産の次元に拡張していく必要がある。協同組合、社会共有や「<市民>営化」がその一例だ。

斎藤幸平著「人新世の資本論」より

 そして筆者は政治学者エリカ・チェノウェスの研究を引用する。

「3.5%」の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わる。

斎藤幸平著「人新世の資本論」より

 以上が本書の概要である。

 最後に、私が本書を読んだ所感を記す。

①環境破壊の深刻さと現状の認識
ほとんど改善されていないのがわかった。

②環境破壊のカラクリ
帝国的生活様式とも呼ぶ、先進国と新興国との間にある支配従属関係に支えられた、収奪や代償の転嫁によるもの。

③脱成長コミュニズムの実現性について
私は現実的には実現不可能と思う。
本書籍レビューを記載するのにあたり、著者と話題の経済学者成田祐輔氏との対談を視聴した。その中で、成田氏は、著者の主張に対して、

 現在の成長を作り出している経済システムが問題を抱えていることは、全員が同意すると思う。しかし、
・今、少しづつでも改良を作り出しているシステムを、遅すぎるからといって、全部、取り替えることによって、よりうまくいくと言った論理がわからない。さらにそれが実現可能だという論理もわからない。
・脱成長主義を行い、富の再分配を行った場合、全世界の人口の50%以上の人々は大きく生活レベルを下げることになる。政治的には、どうやっても、実現不可能。
・脱成長主義者たちは、脱成長という論理を、自分自身の人生に適応していないのではないか?脱成長による世界的に平均的な生活のレベルを受け入れる準備があるのか?どうみてもないように見える。

文芸春秋電子版「希望はマルクスか、アルゴリズムか?」成田悠輔×斎藤幸平 初交錯の二人が〈22世紀の資本主義〉を語るより

の問いを筆者に投げかける。残念ながら、筆者からの明確な反論はなかった。

④この本がここまで売れている理由は何か?
 私がこの書籍を読んだ最大の理由である。”環境破壊問題を経済思想から、その解決策を語る一見難解な本”が、なぜ45万部を超えて売れ続けているのか。
 
ネット記事で、このことに筆者が答えている内容を見つけることが出来た。また、現在の若者が抱える社会に対する意識を調べた結果も書かれており、興味深かったの、その内容を書き加える。
 近い将来、人々が、若者を中心に立ち上がり、社会変革の波が巻き起こる可能性はあるのだろうか。固定観念にとらわれず、世の中を見ていきたいと思う。

「資本主義に自由はない、脱成長が魅力的だ、と素直に受け入れる層が出てきた。それが一番の事件という気がします」(中略)
 斎藤さんは「コロナ禍で空気が変わった」とみる。経済が打撃を受けると、女性を中心とした多くの非正規労働者が真っ先に仕事を失った。一方、富裕層は株高の中で富を膨らませ、格差はさらに広がった。「今まであった社会的、経済的不平等が可視化され、過剰な生産と消費に基づいた資本主義社会がどれほど破壊的なものかを明らかにした」。斎藤さんのもとには「日頃感じていた疑問をえぐり出してくれた」といった感想が寄せられた。(中略)
 「すぐにマジョリティーになるとは考えていない」という。ただ、重要な転機になる可能性がかつてないほど出てきているとも感じている。

朝日新聞グローバルプラス「人新世の『資本論』」なぜここまで売れるのか 著者が「一番の事件」と感じた現象より

 止まらない格差拡大、不安定な雇用、迫りくる気候危機……。そんな現実を前に、社会の仕組みを根本から見直さないといけないのではないかと考える若者たちが増えている。(中略)
 2年前、日本財団が世界9カ国で行った18歳の意識調査が世間を驚かせた。自分の国の将来が「良くなる」と答えたのは日本は9%とダントツの最下位。上位の中国(96%)やインド(76%)だけでなく、米国(30%)、英国(25%)などと比べても、悲観的な見方が際だった。

朝日新聞グローバルプラス「人新世の『資本論』」なぜここまで売れるのか 著者が「一番の事件」と感じた現象より

 

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