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ありがとうの気持ちの整理

今日約1年前に友人と引っ越してきた家を出ます。

これは自分にとっては節目でもあり、ここ1年3ヶ月の中での様々な出来事が思い出され、スッキリ!というより心からの感謝でいっぱいなのでこの気持ちを書いておこうと思います。

とても暗い話になってしまう、そして長文です。
あくまで自分の感情の整理、記録で書いています。
気分悪くしてしまったりしたら申し訳ないです😢

まず、私は2021年の5月〜自分の居場所がわからなくなっていました。
もちろん帰る場所(実家)もあった、心を無視しては私は元気だった。
でも、周りに人がいるのに、ずっとずっと孤独でいる気がしていた。誰かに打ち明けることすらも怖くて、怖いというより打ち明けたくなくて1人で考えることが多かったのかもしれない。

でも答えなんて出なくて、というよりも当時はひたすら"答え探し"をしていた。
答えも正解も人生においてあるはずないのに。

勇気を出して、いや限界だったのかな、家族に打ち明けた。
でも全てを打ち明けることはもちろん出来ずだったが話せることは伝えた。
理解してもらえると思っていた。
心が軽くなると思っていた。
でも違かった。
親が悪いわけではないけど、上手くお互いが納得いく話し合い、答えにはならずだった。

私は初めてここで感情のパニックを起こしてしまった。息ができなくなってしまった。
当時のことは正直あんまり覚えていない。
でも、休職もしたばかりで精神的におかしかったこともあり、自分の存在意義も、この先の未来もなにもかもがどうでもよくなっていた。
その感情がうまく抑えられなくて爆発してしまったんだと思う。
言葉を選ばずにいうと、何度もいなくなりたい。って思っていた。

周りに人がいるのに一人ぼっちな気がしていて、
それなら体が無くなるだけで、何も変わらないんじゃないかって思っていた。

今考えたら、そこまで自分を追い詰めてしまった自分に謝りたいくらい。

そんなズタボロな私に、1番近くで寄り添ってくれていた友達がいた。
どんなに弱音を吐いても、言葉足らずで上手く伝えられなくても希望がなくなっている私に全力で向き合ってくれた友達。
人の負の感情を受け止めるって、とてもしんどいはずなのに沢山の温かい言葉で寄り添ってくれた。

どんなに苦しくても苦しいって伝えていいんだって思えていた分、沢山困らせてしまったと思う。

私が実家の部屋から出れなくなっている時に、
私の母親と連絡を取り、必死に説得してくれ、実家から私を出してくれ、友達の家で当分住むことになった。

それから徐々に心を整えていき、会社を退職し転職活動もすることができた。

こうやって淡々と書くと、実家を出れたことも友達の家に住んでいたことも、当たり障りなく誰でもある話に聞こえるかもしれない。
でも私は実家を出ることに制約がたくさんあり、なかなか出ることができなかった。
出る勇気もなかった。

だからこそ私からしたらすごい大きな変化であった。

そんな居場所がない時に居場所を作ってくれた場所を今日出る。

ここまで本当にいろんなことがあったけど、
居場所があったから、物理的にも心理的にも帰る場所があったから今こうやってこの文を書けてる。

本当に辛いこともあったけど、楽しい日々を過ごすことができた素敵な思い出の1年だった。

部屋を綺麗にしたら思い出が溢れてきて、涙がとまらなくなった。

人間強くいなきゃ!
私の悩みなんか…とか
そう考えるのはもうやめた。

人の辛さなんて計り知れない。
その人にしか辛さはわからないし、
比較することなんて絶対にできない。

強い弱いもない。
自分が生きたい自分で、自分を大切に生きていれればそれだけで十分なのだ。

本当にありがとう。

おわり

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