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長野県・諏訪への車中泊一人旅が最高だったので行程をすべて書く(前半)

2019年9月上旬に、湘南(神奈川県の南の方)の自宅から長野県・諏訪まで車中泊一人旅(3泊4日)をした。
それがとにかく楽しかったので旅行記を書いてみる。
写真もたくさん撮ってきたので、読んでみてね。

【長くなったので前半(1~2日目)と後半(3~4日目)に分けます!】

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3日目、霧ケ峰高原で取った朝食。
こんな贅沢な「食パンと牛乳」があるのか。

プロローグ

晩夏に諏訪(長野県)に行くことを決めた。
というより「車中泊で一人旅をしよう!」と決めてその行先を諏訪にした。
車中泊ありきで行くとしたら、夏でも涼しいし温泉もある諏訪あたりが丁度いいかなーという具合だ。

車中泊の旅を思いついた理由は色々とあるけど、一番の理由はロマンだ(言ってて恥ずかしい)。
パック旅行や鉄道の旅とはまた違った、無軌道な旅に好奇心と冒険心が溢れてくる。
安上がりだし、同行者もいないから気ままに動けるし、これは一度やってみようと思ったのだ。

さて、そうと決まれば行動あるのみ。
残っていた夏期休暇をまとめて申請して、9月4日の夜に出発することにした。
水曜の夜だから道も空いているはず。

27年間生きてきたけれど、車中泊は初めての体験になる。友達と遠出した帰りにサービスエリアでひと寝入りしたことは何度かあるものの、車内に泊まる前提で旅をするのは未知の領域だった。

そこで、「車中泊まとめwiki」というウェブサイトや道の駅ガイドなどを熟読して、できる限り準備をすることに。そもそも、どこに泊まれば(駐まれば)いいのかも分かっていないのだ。
幸いなことに、車中泊フリークたちが膨大な情報をネットの海に放流していたので、大いに役立てさせてもらった。

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車中泊まとめwikiに掲載されている「車中泊マップ」より。
道の駅や温泉が網羅されていて、車中泊ビギナーには大変助かる。

さあ、初めての車中泊旅行に備えて必要なものをリストにして買い漁り、寝る場所の目星を付け、大まかな予定表も作成。実家の車で行くので、家族に車を借りる許可ももらっておく。

思いつく限りの準備をして迎えた出発前夜、「明日は車の中で寝るんだなあ」としみじみ思いながら就寝。

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右下から左上へ。
湘南から諏訪までは、まっすぐ行けば3時間足らずで着く距離だ。

1日目
湘南某所(神奈川)~談合坂サービスエリア(山梨)

9月4日 21:51 【コメダ珈琲】

予定では高速道路に乗っている時間だが、なぜか私は一歳下の弟と地元のコメダ珈琲にいた
車を借りに実家に帰ったら弟がいて、なんとなく夕飯を食べる流れになったのだ。最初からプランが狂ってしまったが、一人旅だから誰に遠慮することもなく予定を変更できる。
この自由さがすでに楽しい。

弟と二人で食事をするのは、お互いに成人してからは初めてのことで、世間話をしながら味噌カツパンを食べた。
コメダ歴の浅い私は食事のボリュームを知らなかったので、目の前にどどん!と置かれた巨大な味噌カツパンを見て絶句。事前に教えておいてくれなかった弟に文句を垂れたものの、「イケるっしょ」と言われたら不思議とイケる気もしてくる。

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どどんと置かれた味噌カツパン。
ナイスボリューム。

結局、一時間あまりかけて完食。
お腹はカエルのように膨らんでしまい、どうにも苦しい。
それに対して、弟は味噌カツパンを少し残して煙草をふかしていた。
そう言えば彼は昔から要領が良かったな。

「また今度飲もう」と約束して、私は日付が変わる前には湘南を出発した。
今夜は長野県内の道の駅で車中泊する予定だ。出発が遅れてしまったけれど、夜中の高速は空いているから午前2時くらいには着くだろうと想定。山梨県はひとまず素通りする予定である。

まばらな街明かりをサイドウィンドウの向こうに眺めつつ、車をランプウェイへと滑らせていく。

さあ、旅の始まりだ。


2日目
談合坂SA(山梨)~高ボッチ高原(長野)

9月5日 0:41 【談合坂SA】

私は中央自動車道の談合坂SAで身動きが取れなくなっていた。

猛烈に眠いのだ。
運転席のシートが底なし沼に思えるくらいに身体が重く、まぶたはそれよりももっと重い。
のび太と早寝競争をして惜敗しそうなくらいの睡魔だった(私は睡眠の天才・のび太を高く評価しているので簡単に勝てるとは思わない)。
この眠気の原因は、出発前に食べた味噌カツパンであることは明白だった。

ぼーっとしている頭の中で弟の「イケるっしょ」がリフレイン。
やっぱダメだったっしょ。

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赤いピンが談合坂SA。道のりは遠い。

ともかく、眠いまま運転するのは危険なので、私は今夜中の長野県内への到達を諦めて、談合坂SAに泊まることにした。
眠気が酷いので運転席でも寝られそうだったが、せっかく車中泊の準備をしてきたので、“ちゃんと”寝てみることにする。

実家から借りた車はHONDAのシャトルという車種だった。この車は後部座席を倒して収納し、フルフラットにすることが可能なのだ。
今回は旅の荷物を載せるときに既にフラットにしておいたので、重い体を動かして座席を収納する必要はなかった。昼間の自分に感謝……!

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HONDA・シャトル。
街乗りからレジャーまで乗り回しやすい車だ。

車両の後ろに移動し、私はまず寝床づくりに取り掛かった。平らになったとはいえ、横になるとシートの骨組みが背骨に当たってとても寝られたものではない。

ここで車中泊マットの出番となる。これは袋から取り出すと空気を取り入れて膨らみ、人ひとりが寝られるほどのふかふかスペースを作り出すというすぐれモノ。こういった類のマットはピンキリだけど、うまく寝られないまま旅行をするのは嫌だったので、ちょっと上質なものを用意していた。
色も私が好きなブラウンだ。

さて、マットが苦しそうに息を吸う音を聞きながら、私はもう一つの大事な作業を開始した。
目張りである。

車中泊まとめwikiによると、目張りは環境面と防犯面を考えると必須のようだった。
ネットでは車種に合わせた純正のシェードも売られていたが、かなり高額だったため、私は事前にホームセンターで一巻き千円くらいの銀マットを購入し、後部座席の窓の形にくり抜くことで自作のシェードを作成していた。
これをそれぞれの窓に養生テープで張り付けていく。運転席と助手席の間には大きめのバスタオルを吊るし、前からも見えないようにした。

マットがふっくらとする頃には目張りも済んで、どうやら寝支度が整ったように見えた。
iPhoneを大容量の携帯充電器に接続して、しっかり充電。
枕がないのでリュックサックを頭のところに置いてみた。
もちろんドアロックもしっかりと掛ける。

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日中に撮った写真だけど、こんなレイアウト。
寝心地はかなり良い。

9月5日 1:20 【初めての車中泊】

寝てみる。
目張りの隙間から駐車場照明の光が差し込んできて、車内はほのかに明るい。外からは大型トラックの排気音、誰かの話し声、ピピピという自販機の電子音が聞こえてくる。
枕代わりのリュックサックはあまり感触が良くなかったので、お腹に掛けるはずだったブランケットで覆ってみるとだいぶクッション性が良くなった。車内温度も高めなので、ブランケットなしでも問題なさそうだ。

慣れない寝床に最初はそわそわとしていたけど、じっとしているうちに満腹感から来る眠気がまた襲ってきた。
「いまここに10トントラックが突っ込んできたら即死だな」と不穏な想像をして顔をしかめているうちに、どうやら眠ったようだった。

9月5日 6:40 【汗だくで目覚める】

あまりの暑さに目が覚める。
べっとりと汗をかいた額に前髪がへばりついてて気持ち悪いし、目張りの隙間から木漏れ日のように差し込む朝日がやたらと眩しい。
こりゃたまらん、と私はぬるくなったペットボトルのお茶を一気に飲み干しながら運転席に移動し、ドアロックを解除し車外に脱出。

外は車の中よりずっと涼しく、やっと人心地。
直射日光を浴びた車の中が高温になるのは知っていたけど、朝ということもあり少し油断していた。
あと一時間寝てたら死んでたかも。

さて、せっかく外に出たので、財布を持ってそのままサービスエリアの建物に行ってみることにした。
なんと(自分でも驚くことに)お腹が空いていたのだ。
味噌カツパンはどこに行ったんだ。

せっかくだしご当地っぽいものを食べたいなー、と思いながらフードコートを歩いていると「談合坂SA限定!談合坂牛丼」という看板を見つけた。
店名はどうやら「すき家」だそうで、自宅から3分も歩けばよく行く店舗があるんだけど、私はとにかく限定に弱い。注文。

カウンターで受け取った談合坂牛丼は、プレートの端にサラダが載せられている以外はただの牛丼に見える。
590円という値段は、観光地価格と思えばまあいいかな。

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 談合坂牛丼(590円)。見たまんまの味。

手近な席に座り、あっという間に平らげてしまった。
味もただの牛丼だったけど、心の中で「談合坂召し取ったり!」と叫んでみれば心なしか良い気分だ。
このままフードコートでのんびりしても良かったけれど、空調が肌寒いので早々に退散することにする。
それに、盛大に寝汗をかいたのでさっさと風呂に入りたい。

出発の前にトイレを済ませ、「ミル挽き珈琲アドマイヤ」でアイスコーヒーを購入。「アドマイヤ」は私のお気に入りの自動販売機だ。
高速道路を利用する人にはおなじみだと思うが、この「アドマイヤ」はコーヒーを作る工程をライブカメラで見せてくれるのだ。
録画じゃないことを証明するためか、機械の中に「談合坂SA」と書かれたテプラが張ってあったりして、そのこだわりが面白い。
そしてもちろん味も美味しい。

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これが「ミル挽き珈琲アドマイヤ」。
帰りの八ヶ岳PAで買ったときの写真だが、画面の中央に小さくPA名が書いてあるのが見える。

運転席に戻り、冷たいブラックコーヒーをドリンクホルダーにイン。
到着時には櫛欠けだった駐車場はかなり埋まってきており、大学生のグループや壮年のカップルが笑顔を交わしながら歩いているのが見えた。
その様子を眺めながらエンジンを掛けたところで、後部座席の目張りがそのままだったことに気付いて慌てて外しに行った。そそっかしい。

ゆっくりとアクセルを踏み込み、次の目的地へ向かう。

9月5日 8:43 【ほったらかし温泉】

私は甲府盆地を見下ろす絶景露天風呂にどっぷりと浸かっていた。

私は心の中でうなり声を上げる。

あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

「あぁぁぁぁ……」

少し口から漏れてしまったけど、それを聞いている人もいない。
お湯を独り占めだ。

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ほったらかし温泉の一角より。
左の建物が私の入った「あっちの湯」だ。

「ほったらかし温泉」というゆるい名前のこの露天風呂施設は、山梨市の小高い丘の上にぽつんと建っていて、関東近郊の人なら一度は名前を聞いたことがあるであろう有名な場所である。
いわゆるインフィニティ系の温泉で、湯を浴びながら雄大な山々(もちろん富士山も)を見ることができるのだ。

お風呂は「あっちの湯」「こっちの湯」に分かれていて、朝は「あっち」のみの営業だということだった。
「あっち」か「こっち」か選べないのは残念だったものの、お湯に浸かる頃にはあまりの解放感に「どっちでもいいやあ」となっていた。
そもそも朝一から営業している露天風呂自体が貴重だ。

平日の朝ということもあり入浴者の姿はまばら。
私は全身猫舌なので基本的に温泉はさっさと出てしまうんだけど、ここの露天風呂はかなり広かったので、ぬるめのところを見つけてじっくりと湯に浸かることができた。極楽。

しばらくお湯と景色を堪能して良い気分でいたが、ふと「普段なら仕事をしている時間なのにな」と考えてしまって、どこからともなくぬるぬる這い寄る罪悪感。
後ろめたさを感じながら旅を続けるのも嫌なので、甲府盆地を眺めながら大きく深呼吸をして雑念を追い払った。
これから始まる旅を心から楽しむことにしよう。

ああ、ほったらかし温泉。いい名前だ。

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番台のおばちゃんが「おはようございま~す!」「いってらっしゃ~い!」と元気に声を掛けてくれて嬉しい。
サービスはほったらかされていない。

風呂上がりに自販機でウィルキンソンのジンジャーエールを購入する。
よくある甘口のものではなく、ショウガがバッチリ効いたドライなやつ。
車の中には「アドマイヤ」のコーヒーがまだ残っているけれど、上気した身体には炭酸飲料と相場が決まっているので仕方がないのだ。

パシュッと小気味いい音を上げてペットボトルの蓋が開き、すぐにぐいっと飲む。口の中で炭酸が暴れまわり、勢いそのままに喉を滑り降りていく。
熱くなった身体がキューッと冷えていき、たまらない刺激に悦びの声が漏れそうになるも、すぐにショウガのえげつない辛みが爆発して激しくむせた。
最悪。

私は涙をこぼしながらなんとか車に戻り、次の目的地である西沢渓谷に向かうことにした。
西沢渓谷は山梨県、長野県、埼玉県の県境付近にある風光明媚な渓谷だ。
諏訪へのルートとは逆方向だし、元々のプランにもなかったけれど、時間調整も兼ねて行ってみることに。

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諏訪湖が左上にぽつんと見える。

車を動かす前にアドマイヤコーヒーを飲んで、喉に残るショウガの辛みを中和する。
ジンジャーエールは想像以上の刺激だったけど、眠気覚ましにはコーヒー以上に効果があるだろうと思い、違うドリンクホルダーに入れておく(実際に何度か役に立った)。

9月5日 10:04 【広瀬ダム】

西沢渓谷に向かう途中、いい感じのダムがあったので寄ってみる。

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広瀬ダムの湖側。
取水塔(?)が良い感じのレトロ感。

なぜ「いい感じのダム」と思ったかと言えば、この広瀬ダムは土砂や岩石を使って建造される「ロックフィルダム」というタイプだったからだ。
しかも私と同じ名前。
雑木林のすき間から岩石が敷き詰められた広大な斜面が見えたので、思わず車を停めてしまった。

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広瀬ダムの湖側じゃない方。
奥の道路からこの斜面が見えたので、つい寄ってしまった。

以前、六本木の21_21 DESIGN SIGHTというアートスペースで開催されていた「土木展」なる展示会を観たことで私はすっかり「土木技術ってすげー!」と感化されて色々と調べていたので、ダムについては少しだけ詳しい。

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こういうのも見ちゃう。

さて、ダムに来たならばやることがある。

私は左手に岩石の斜面、右手に広瀬湖の静かな水を見ながらダムの堤体をまっすぐ進んで行き、ダムの管理事務所を目指した。

そして、ためらいなく管理事務所のインターフォンを押す
断じてピンポンダッシュではない。
ちゃんと用事があるのだ。

10秒ほど待つとインターフォンが繋がったので、私は職員さんに「ダムカードをもらえますか?」と訊いた。
職員さんに「お一人ですか?」と聞き返されたので「そうです!!」と元気よく伝えた。
一人旅、恥じるものじゃなし。

そして無事に…… 

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ダムカードをゲット!!

「ダムカード」はダムの紹介を目的としたカード型パンフレットで、全国各地のダムで作製・配布されている。
配布方法は、基本的には「来訪した人に一枚ずつ」だから、実際にダムのある場所に行かなければ貰えない。
そんなダムカード、私はダムに立ち寄るたびになんとなーく集めているのだ。

ちなみにカード右下の「R」はロックフィルダムの略。
でもどうしたって「レア」にしか見えない……。

ダムカードをしっかりと財布に入れて、広瀬ダムへの寄り道は終了。
車をもっと山の奥深くへと進めていく。

9月5日 11:22 【西沢渓谷】

さらに20分くらい走ると西沢渓谷に到着。

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「秩父多摩甲斐」ってハンバーグカレードリアみたいな全部載せ感がある。

さあ、渓谷美を全身で味わうぞ!と意気込んでいたところ、渓谷の入り口に案内図を発見。
この西沢渓谷は、急峻な地形が生み出した「七ツ釜五段の滝」「三重の滝」などが見どころらしく、私もそれを目当てに来たんだけど……

ハイキングコースは一周4時間かかるらしい。

これは完全に下調べ不足だった。
登山装備を固めた人々が行き交う中で、私の足元はただのスニーカー。
滝を見るだけでも最低2時間程度は掛かるみたいなので、残念だけど、少しだけ森を歩いて帰ることにした。
今日中に行きたいところもあるしね。

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渓谷入り口の森林帯。
悔し涙を流しながら肺活量の限界まで深呼吸をしてきた。

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ネトリトイレというちょっと嫌な名前のトイレ。

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オコジョのオコジョ感のなさ。

西沢渓谷を早々に引き上げ、再び甲府盆地へ。
装備を整えた上でいつかリベンジしたい。
載せるのはやめたけど、ものすごく大きなヒキガエルがいて写真を撮りまくった。

さて、ちょっと歩いてお腹が空いてきたので、気を取り直して昼ご飯を食べに行くことにする。

9月5日 13:27 【ランチ@奥藤第二分店】

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甲府鳥もつ煮定食
初日のランチはこれにしよう!と出発前から決めていたのだ。
奥藤という店が有名なのだが、やたらと分店が多かったので一番近かった「第二分店」へ。
どうせなら「本店」じゃないの?と思うかもしれないが、本店の方も「奥藤本店甲府駅前店」「奥藤本店国母店」があってこんがらがってしまった。
のれん分けの仕組みがあまり分かってないので、詳しい方がいたら教えてほしい。

さて、鳥もつ煮は甲府のB級ご当地グルメの一つで、ニワトリのモツを砂糖と醤油で照り煮にしたものだ。モツはレバーがメインで、他にも砂肝やハツなども入っていて触感の違いが楽しい。
写真では見切れてるけど、ご飯にお吸い物、漬物などもあってかなりのボリュームだった。
濃い味付けがご飯にめちゃくちゃ合い、思い出すとまた食べたくなってくる。

お腹もいっぱいになったので、いよいよ諏訪に向かう。
眠気もなく、万事快調!

9月5日 15:53 【中央自動車道下り】

快晴の中央自動車道を飛ばしていく。
左側には南アルプス、右側には八ヶ岳の雄大な山脈が広がっていて、森の鮮やかな緑と青い空のコントラストが目に楽しい。
窓から吹き込む風も気持ち良く、これが車の旅の醍醐味だなと思う。

カーオーディオにウォークマンを繋いで、音楽を聴きながらハンドルをさばく。Bluetoothは本当に便利だなあ。
普段は助手席や後ろに座る友達にちょっと気を遣いながら選曲するんだけど、一人旅だと好きな曲を聴ける。
私はこの旅に備えてTSUTAYAでいくつかCDを借り、ウォークマンに入れてきていた。

その一つがこれだ。

「頭文字D」のサウンドトラック。
頭文字(イニシャル)Dは峠道を攻める走り屋たちの活躍を描いた漫画で、20年近くシリーズが続いた人気作だ。
でも私は読んだことがないので「豆腐屋の主人公がめちゃくちゃ速い」「側溝にタイヤを入れてドリフトする」くらいの知識しかない。

頭文字Dへの向き合い方が薄っぺら過ぎてファンの方には恐縮だが、このCDはアニメに使われているユーロビートをぎっしりと詰め込んであり、ダンスミュージックの疾走感が高速走行に合うのだ。

そんな感じで気分よく運転していたが、後ろから時速150kmくらいで外車が接近してきた時はめちゃくちゃ怖かった。
あの手の車は走行車線も追越車線も関係なくかっ飛ばしてくるので、ドライブレコーダーは絶対に付けた方がいい。
法定速度で走っても緊張するのに、よくあの速度で運転できるなと思う。

9月5日 18:12 【立石公園】

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無事に諏訪湖に到着!!

「諏訪に着いた感」が欲しかったので、諏訪湖の東側の高台にある立石公園に行ってみた。
ここからは写真のように諏訪湖の全てを一望できるし、湖を渡ってくる風がひんやりして気持ちいい。

諏訪湖にはなんとか今日中に着きたかったので、ほっとした。
なぜかと言えば、全国新作花火競技大会が明後日の土曜日に開催されるからだ。

諏訪湖周辺は普段は落ち着いた観光地だが、毎年夏に開催される「諏訪湖祭湖上花火大会」と「全国新作花火競技大会」の時はものすごい人出になる。諏訪市の人口が5万人なのに、花火大会の観客数は50万人だ。
交通機関は完全に麻痺し、市内全域で大渋滞するらしい。オーバーツーリズムなんてレベルじゃない。

花火当日はもちろんのこと、前日から席取りが始まるらしく、この立石公園も金曜の昼からシート張りが解禁されるとのことだった。

私は花火にあまり興味がなかったので、なんとしても諏訪湖周辺が花火モードになる前に脱出したかった。
一人旅だから渋滞に巻き込まれても一人だ。
それに、私が住んでいる湘南では相模湾で打ち上げる海上花火が盛んで、夏になると毎週のようにどこかで花火大会が行われている。
だからあんまり花火大会を特別に感じないのかもしれない。

加えて言えば、前年に土浦(茨城県)の花火大会に行ったときに花火が地上で炸裂し、群衆がパニックになるところに居合わせたのがちょっとトラウマになっていた。

花火って、要はきれいな爆弾だもんな。

立石公園でのんびりと過ごす。運転の疲れも少しあった。

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写真左側、霞んでいるのは雨で、この後めちゃくちゃ降られる。
最初に載せた写真は雨が人払いをしてくれたから撮れた。

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雨の後は彩雲も見られた。たいへん縁起がいい。

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ついつい、日が暮れるまで居てしまった。
羽虫がぶんぶんし始めたので帰ることに。

到着してから2時間は居ただろうか。
私は音楽を聴きながらぼーっとしたり、写真を撮るなどして諏訪湖のある風景をたっぷり満喫した。
ただ、三脚を立てようとしたところ、カメラへの取り付け部品を自宅に忘れてきたことに気付いた。
そうなると三脚は「めちゃくちゃ便利な撮影グッズ」から「何の役にも立たないイタリア製アルミ棒(1.5㎏)」に降格。残念だ。

さて、時刻は19時になろうというところ。
今夜の宿泊予定地はなかなか手強い場所にあるので、そろそろ向かわなければ。

だがその前に、日帰り温泉に行かねばなるまい。
車中泊の旅では日帰り温泉に行くことは毎日の義務に近い。
まぁ厳密に言えば数日は風呂に入らなくても大丈夫かもしれないけれど、夏場は汗をかくし、可能な限り清潔な状態で旅を楽しみたいじゃないか。

私は車に乗り込み、立石公園を離れて下諏訪という地域に向かった。
事前に目星を付けていた「毒沢鉱泉」という温泉に車を走らせていく。
長野県、山梨県には戦国武将が湯治のために使っていた「隠し湯」が多くあるようで、毒沢鉱泉は武田信玄の隠し湯の一つということだった。

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毒沢鉱泉 神の湯公式HPより。神々しい……。

ちなみに「鉱泉」とは簡単に言えば「冷たい温泉」のことで、毒沢鉱泉に湧出する源泉は約12度らしい。鉄とミョウバン、硫酸塩が豊富に含まれており、ちょっと濁ったオレンジジュースのような色をしている。
飲用した人が「不味い」「シュワシュワしてすっぱ苦い」とネット上でコメントしていたので、私もちょっと飲んでみたいなと思っていた。

30分ほど掛けて毒沢鉱泉に到着。
しかし、施設の入り口にカラーコーンが置いてあり、なんともひっそりとしている。
調べたところ定休日じゃないようだが、営業している気配が感じられない。
直接確かめに行こうかとも思ったが、車を停める適当な所が無かったので、仕方なく別の温泉施設を探すことにした。

不味い(らしい)お湯は、またいつか飲みにこよう。

9月5日 20:06 【片倉館】

毒沢鉱泉にフラれたものの、私は無事に別の温泉施設にたどり着いていた。
片倉館は諏訪湖畔に建つ洋風の建物で、二つある棟の一つが日帰り温泉になっている。
片倉財閥という昔の富豪が造ったもので、その建築美と歴史的価値から国の重要文化財にも指定されているとのこと。
映画「テルマエ・ロマエⅡ」のロケ地にもなったらしい。

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左の浴場棟にお邪魔する。
駐車場はちょっと分かりにくかった(私が方向音痴ということもあり)。

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浴場入口。古いが清潔な建物。

営業時間ぎりぎりの訪問になってしまったが、係の人たちに快く案内してもらった。

昭和初期に造られたということもあり、浴場内はレトロを通り越してアンティークの部類だった。床は石造りのモザイク調で、窓にはステンドグラス、そしてところどころに彫刻が置かれていてなんとも優雅だ。
大理石の湯舟には上諏訪温泉のお湯が湛えられており、これを千人風呂と言うらしい。

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片倉館の千人風呂。諏訪市観光ガイドHPより。

千人と言うだけあってかなり広いのだが、深さも1.1メートルあった。
少し膝を曲げれば、立ったまま肩まで温泉に浸かることができる。
しかも底には玉砂利が敷いてあって、足裏を気持ちよく刺激するのだ。
営業終了間近で人がいなかったということもあり、私は「なんだこれ!なんだこれ!」と唱えながら千人風呂をぐるぐると何周も歩いてしまった。

ふらっとこんな温泉に入れちゃうのがすごい、諏訪。

9月5日 21:06 【高ボッチ高原へ】

夕食はまだだったが、店に入るには遅い時間ということもあり、セブンイレブンに立ち寄る。
明太子おにぎりはいつどこで食べてもウマい。

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かなり気になるビールがあったんだけど、この旅ではお酒を飲まないと決めていたので諦めることに。急に車を動かすことになったら困るしね。

腹ごしらえを済ませ、いよいよ今夜の宿泊地「高ボッチ高原」へ向かう。

高ボッチ高原は諏訪湖の北にある高ボッチ山(1,665m)から南北に連なる山稜で、夏にはニッコウキスゲ、秋にはススキの群生が見られる場所だ。
「高ボッチ」という名前は、ダイダラボッチが休憩したところだとか、山頂が帽子(ボウシ→ボッチ)のようだとか、色々と由来があるらしいんだけど、一人旅(ボッチ旅)の目的地としてこれ以上にふさわしい場所があるだろうか。
しかもただのボッチではなく、一つ上のボッチ(高ボッチ)である。

さあ行こう、いざ行こう、とめどなく行こう。

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片倉館からは車で40分くらい。
標高1,665mの高地……だけど、実は諏訪湖も759mの標高がある。

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ぐにゃぐにゃした道をずっと登っていく。
怖かったのでiPhoneをスマートフォンホルダーに固定して、動画を撮りながら一人でずっと喋っていた。

高原への山道を登っていく途中、対向車のヘッドライトが見えた。
道幅が狭かったので路肩に寄せて停まる。

パッシングをして、対向車は横を通り過ぎていく……と思いきや、スルスルと私の車に寄ってきて、運転席に横付けされてしまった。

塞がれた運転席。
泣こうが叫ぼうが誰も聞いちゃいない山道。
相手はゴツい真っ黒なSUV。
パワーウィンドウがゆっくりと開いていく。
私はこの旅のあっけない幕切れを覚悟した――


が、運転席から顔をのぞかせたのは、人の好さそうな青年だった。

「上行ってきたんですけど、霧がヤバいっすよ!!」
「行くなら気を付けてくださいね!!」

私はたぶん「あ、ありがとうごじゃいましゅ」とか言ったんだろうけれど、テンパっていたのであまり覚えていない。
(iPhoneの動画を見返したらちゃんとお礼を言っていた。よかった)

彼が道を下るのを見送りながら、私は自分の不徳を恥じた。
「ゴツい真っ黒なSUV」から「ゴツい真っ黒なSUVに乗ってそうな人」が降りてきて、「ゴツい真っ黒なSUVに乗ってそうな人がやりそうなこと」をされるとつい思ってしまったのだ。優しい青年よ、ごめん。

でも、私は青年の忠告を受けてなお、この道を登っていく。
なぜなら、高ボッチ高原で夜を明かすって決めてたから……!

目的地に近付くたびに濃くなる霧に不安を覚えながらも、カーナビの「みちなりです」という明るい声を支えにしてアクセスを踏み続ける。
鹿が目の前を横切ったり、朽ちた木が人影に見えたりしてビビり倒すものの、高ボッチ高原に向かって着実に山道を登っていった。

9月5日 22:23 【濃霧の車中泊】

「ミスト」という映画を知っているだろうか。
住み慣れた街が突如として濃霧に覆われ、六本木ヒルズの巨大な蜘蛛のオブジェのような怪物に住民が次々と襲われていく映画である。

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六本木ヒルズ公式HPより。
このオブジェ「ママン」は、お腹に卵を抱えているらしい。知らなかった。そう思うとなおさら気持ち悪いな。

高ボッチ高原には、なんとかたどり着いた。
そう、たどり着いたのだが、霧が濃すぎてここがどんな場所(立地)なのかが全く分からない。
綿の中に顔を突っ込んでいるかのような一面の白。

案内板も見当たらない……というか、この濃霧の中で何かを探そうとするなら手探りでやるしかないだろう。
自分で来たのだから仕方ないが、私は思いがけず「ミスト」の主人公たちを苦しめた霧の恐怖を味わうハメになってしまった。

心の支えだったカーナビは「目的地です」と言ったきり黙ってしまった。
ライトをハイビームにしたところで、濃い霧が白い光を返すだけだ。

とは言え、むやみに進んだり来た道を戻るのも危険な気がした。
なんせ、山の上なのだ。
岩や柵にぶつかったり、崖から転落したらシャレにならない。
小さく円を描くように車を動かしてみて、どうやら多少は開けた場所だということが分かったので停車してみた。

静寂。
規則的なエンジン音がやけに大きく聞こえてきたが、それは私の心臓の音かもしれない。

私は意を決して、車のエンジンを切って外に出てみることにした。
ドアを開けた途端、霧が車内に流れ込んできてひんやりとする。

だが、外に出てもやはり何も見えなかった。
光源もない。
真っ暗闇の中、霧が流れていくサーという音だけが聞こえた。

iPhoneのライトで足元を照らして、少し車の周りを歩いてみる。
だが、砂利道なのは分かるが、ここがどんな場所かが分かるような手掛かりは見つからない。
霧の中をやみくもに5秒も走れば、もう二度と車には帰れないだろう。
命綱なしに宇宙空間に放り出された宇宙飛行士はこんな気分なのだろうか。

不安に襲われた私は運転席に戻り、Twitterに「霧が濃くて何も見えない」「明日の昼までにツイートがなかったら捜索してください」などと情けなく弱音を吐いた。
こんな人里離れた山奥では、泣いて叫んでも助けの手は届かない。
視界情報がないこと、そして一人でいることがこんなに怖いとは。
なんとなく車を停めてしまったが、ここが道なら他の車に追突される恐れもある。

想像以上に厳しい環境だが、思い切ってここで寝るしかないか――
と、諦めかけた時にふと気付いた。

あれ、普通に携帯使えるじゃん!!

険しい山道を登ってきたので、てっきり圏外になっていると思っていた。
気付くのが遅かったが、携帯が使えるならTwitterに不安を垂れ流すよりもやることがある。

Googleストリートビューで現在地を検索!!

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だだっぴろい駐車場!!勝った!!!
(でも左に突っ込んだら死んでた)

文明の利器には積極的に頼っていこう。
車中泊という野性的イベントの中では、自然の素晴らしさを感じるのはもちろん、科学技術の便利さを再認識することもできる。
過酷に思われた高ボッチ高原での夜、iPhoneというテクノロジーによって私の心の中の霧はすっきり晴れ上がった。
サンキュー、ジョブズ。

ただ、ここが安全な場所だと分かったものの、やることもないのでそのまま寝ることにする。早起きをして朝日を拝もう。
どうせ霧で何も見えないから目張りする意味もないような気がしたが、いちおう窓は塞いだ。

談合坂SAのときと同じように寝る準備を済ませ、車中泊マットの上に寝そべってみたが、かなり寒い。
標高が100m高くなると気温は0.6℃下がるので、標高1,665mの高ボッチ高原は平地よりも10℃近く冷え込むのだ。
ブランケットだけでは凍えてしまうので、次の日の着替えや上着を体に掛けてなんとか暖を取った。

なかなか寝付けなかったが、車上荒らし犯に襲われた時の予行演習を脳内で繰り広げているうちに、どうやら眠りに落ちたようだった。
(もみ合いになるもなんとか運転席に移動し、車を急発進させて犯人の体をシートに押し付けて動きを封じる。すぐさま急停車して、フロントガラスに頭をぶつけて苦悶しているところに正拳突き三連打。意識朦朧となった犯人をなんとか車の外に蹴り出し、魔境高ボッチから鮮やかに脱出……)

もしこのくだらない妄想が寝言に出てしまっていたとしても、聞いている人はいない。
車中泊一人旅。やはり気楽でいい。

(後半に続きます)


おまけ:高ボッチ高原までの道で撮影した動画


自己投資します……!なんて書くと嘘っぽいので、正直に言うと好きなだけアポロチョコを買います!!食べさせてください!!