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どれだけ自由を求めても自由にはなれなかった

ずっと、自由になりたかった。
ずっと、自由を求めて旅をしていた。
でも、どこにも本当の自由なんてなかった。


『自由』ってどういうことだと思いますか?

  • 常識や価値観にとらわれない

  • 経済的に不自由しない

  • ルールにとらわれない

  • 人からの指図はうけない

  • 自分の価値観で生きる

  • 家庭や会社にしばられない

  • 世界中を旅をする


僕はずっと、こういったものが本当の自由だと思っていました。そして自分の中の自由の定義に沿ってこれまで生きてきたつもりです。

きっと世界で1番、世界中の誰よりも俺が、自由を求めていたんじゃないかな。

そう思えるほど、僕は自由に対しての憧れ、思い入れが人一倍強かったと思います。

なんでこんなにも自由に執着してたのか自分でもわかりません。幼少期の頃の両親との関係性も関係してくるのかもしれません。



とにかく僕は、ずっと世間の常識とはかけ離れた生活をしてきたし、(今も世間の常識とはかけはなれてるかもしれないが)自由に世界を旅していたりしました。

でも、そんな僕でもずっと『不自由』を感じながら生きてきました。

なんでだと思いますか?


それは…

自分の中の思い込みの中で生きてきたからなんです。

どういうことかと言うと、上で述べたように、僕の中にはずっと、自分にとっての『自由の定義』があって、そういった生き方じゃないと『自由ではない』という思い込みの中で生きてきたからです。

つまり、自由を求めている時点で、本当に自由になんてなれるわけがなかったんですよ。


「こうなったら自由だ」
「こうなれたら自由だ」


こんなものなんてないんです。
本当は、今この瞬間から誰だって自由になれるんです。

自分の中での定義付け、思い込みをどんどん外していくと、なにかになる必要性もないと気づくし、ありのままの自分ですでに完璧で、なにも必要なものなんてないんだと気づきます。


そうなったらもう『自由』なんて概念すらもないんです。

だって、ありのままの自分で生きられたら、それこそが『自由』であり、『自由じゃない』なんて概念すらもないんだから。


どんなに自由を求めて世界を旅したりしていてもずっと不自由を感じていて、あんなに不自由だと決めつけて避けていた生活をしていても今は自由を感じることができる。

ただ自分自身で『在る』

それだけで、本当の自由を感じることができるんだ。


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