ノートひとみ48884

【祝!】国民皆労働時代の終焉。今後は一部の「超エリート層」だけが生産人口になる時代が来ると思う。


私は今後、インフラ整備の普及と向上、生産技術の向上、AIの恩恵を受けて、老後の生活コストは下がる、と予想しています。


その中で、労働に関しては「?」という曖昧な予想をしていましたが、現段階の時点で予想できる可能性の高い、今後の日本の労働形態を今回は書いてみます。


これまで:国民皆労働が基本の経済システム


生産年齢人口に値する全国民が仕事を持ち、税金を納めるスタイル。

(株式や土地の運用益の場合でも、最終的に税金を納めるので、生産年齢人口に入ると思います。)


今後:「限られた超エリート層」のみ生産人口となる


他の生産人口の国民も税金を納めるかもしれませんが、基本的に税収源は一部のとてつもなく稼ぐ人のみ、という出版社スタイルが中心になると予想しています。

社会システムや情報を管理する一部の超エリート層が社会の基盤を支え、その他の国民はあぐらをかいていても、そこそこ生活できるようになるのではないかと思います。


社会システムを回すために、ベーシックインカムが導入される可能性もあります。


つまり、長い間人々の夢であった、労働しなくても良い社会、望まない仕事をしなくても良い社会が実現する可能性が高いと思います。


インターネットインフラの普及、向上

場所や時間という物理的な障害がなくなることで、従来の作業の迂回が可能。コスト削減にもつながる。

機械化により、労働力の多くが人から機械へ入れ替わる

AIなど機械化により、生産力、流通システム、インフラ設備が拡大します。

優れた機械をひとつを導入すれば、人件費5人分は減らすことができます。

その他にも、IT技術、ビッグデータ、AIを組み合わればその職種自体がなくなってしまう業界もあります。

「毎日が夏休み」だから娯楽が欲しい


生産、流通、と機械が代行してくれるようになると人々は当然ヒマになります。

職が急激に減少するので失業者が増えます。


しかし今のように、失業=生活していけない、という状況ではなく、むしろそこそこの額だけ稼いで、充実したインフラ設備と生活費のコスト低下を味方に、自分の好きな活動をしながら、気ままに暮らす・・

という人達が増える可能性もあります。

ノートひとみ48884


「探究心」と「情熱」は時代を超えて不滅


古代ギリシャの貴族たちは、奴隷に生活全般の労働をまかせ、自分達は自由な時間を十分に確保し、哲学(観照)や温泉、劇場通いを楽しんでいました。

(労働することは、家畜になることと同等とみなし、労働を蔑視していました)。

今後、機械化で労働力がヒトからモノに移れば、古代ギリシャの貴族のような生活を庶民でもできる可能性が高いです。


そうなると、芸術分野やエンターティメントは需要があるし、生身の人間を求めると思うので、その分野のスターが稼ぎまくり、国に貢献するでしょう。

ただし、容姿端麗で魅惑的なAIスターが登場する可能性もあり。


多様化、技術力で進化する社会

第二次産業革命までは、人を増やし、設備を増やし、兵力を増やし・・という機械(資本)と労働者の数を増やし、拡大することで発展させる、という戦略で発展を目指してきました。

今後は数よりも、技術力で発展していく時代だと思います。


従来通りのやり方で、機械と労働力を比例させる戦略を続けることは困難ですし、その方法では一人あたりのGDP(豊かさの指針)も増えません。

また、もし戦争が起こっても、もう昔のように兵隊が敵地に直接足を踏み入れて、肉弾戦をするようなことはないと思います。


(陸上戦でも、AIに複合的な判断力を持たせるアルゴリズムが開発されれば無人化は可能だと思います)


無人戦闘機で、ゲームのように機械的に殺戮を行うだけです。

人をモノを設備を増やして、増やして、発展させる・・という前提はもう成り立ちませんし、時代遅れの考え方です。


今後はむしろ縮小させながら、より多様化させ、質を上げていく、という技術力と拡散力が主軸の経済社会が、豊かさの指針になると感じます。


私達が生きている間に実現する可能性が高い


通貨がどうなるのかはわかりませんが、少なくとも国という単位は今後50年は変わらず、失われないと思います。


ただ機械化のスピードが想像以上に早い(エンジニアさん達が優秀すぎます)ので、労働力の多くが機械化される時代は10年、20年スパンで来ると感じます


21世紀の労働形態


今後は労働力の機械化により、国民皆労働から解放される時代がくる。


医療分野は一時的に需要はあるが、ほとんど税金なので税収にはつながらない。


クリエイティブ、IT、科学、エンターティメント、総合マネジメント分野の発展に期待。


代替エネルギーの開発、進化が進めば失業はさほど深刻にはならない。

労働にやりがいを感じられないのは当たり前


働かざるもの食うべからずという思想は、プロテスタントの世俗内禁欲を起源とし、カルヴァン派のピュウタリズムが作り出した思想です。


「労働し、社会に尽くすことが世俗での尊い宗教的行為」と定義づけられ「勤労の美徳」という概念が確立されました。

日本でも勤労の美徳という思想は根強いですが、宗教的な意味合いよりも、やりがいや義務感を想起させるために使われてきた側面があると感じます。

もちろん、欧米では資本主義が先鋭化されたため、勤労の美徳という概念は消失しています。(拝金主義に流れた)


日本では、政府が国益のために思想コントロールのスローガンとして利用してきたこともあり、

今だに勤労(努力)の美徳という概念が模範的な姿勢として認識されることが多いと思います。(就活時の洗脳で魂を抜かれます)

労働と仕事の違い

本来意味合いが異なる、労働と仕事が同一視され、

やりがいを感じられない歯車のような作業(労働)でも、美徳とやりがいと感じるべき(仕事)として認識するよう教育されています。


現代人の多くが「仕事が楽しくない、嫌だ」と感じながらも「やりがいを感じられる仕事をしなければダメだ!」という葛藤に苦しむのも当然のことだと思います。


労働:歯車のような役割を担い、消耗品を生み出す。食べていくための手段。


仕事:個人的意味を見出せる活動であり、作品を生み出す。食べていくための手段ではない。


仕事に不満を抱くのは、生きていくために仕方なくしていた、やりがいを感じられない(個人的意味を感じられない)手段としての「労働」を自己目的化してしまっているからです。


古代ギリシャ人が労働を蔑視し、内省的な思索を尊いこととしていたように、労働そのものに美徳という概念がつけられたのは比較的近代になってからです。

基本的に、労働者⇒中小企業経営者⇒大企業経営者、資本家、⇒最上部管理層という経路で、流しそうめんのようにお金が流れていきます。


AIによる機械化により、長年続いてきたこの搾取構造から抜け出せるチャンスです。 

まとめ

労働力の機械化により、本当にやりたい仕事をしながら、生活時間の何割かを生きていくための労働に充てる・・

という理想的なバランスの選択的労働者になれる可能性があります。

キナ臭い勤労の美徳という呪縛から人々が解き放たれ、本当にやりたい活動をしながら、そこそこ労働もする・・


というライフスタイルが確立できれば、より多くの人が今よりも幸福に、充実した人生を送れるような気がしています(´・ω・)





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