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『Music In You / Hitomi Nishiyama Trio』 録音紹介

2011年12月にブログに記述した、『Music In You』発売にあたっての文章(2020年10月加筆訂正済み)

今回の録音は、前年の12月頃決めました。たまたま11年2月にトリオのライブが3週続いたことがあって、ならばそのまま録ったらいいんじゃないかと予定を合わせました。録音前に事前リハをするよりは、ライブが続いたそのままの流れで、リハ無しで録っちゃった方がいいなあと思ったのです。

今回は事前にスタジオと相談して、テレフンケンというドイツのアナログレコーダーで録音しました。ですので、ホワイトノイズが薄く入っていますが、これはこれで空気とテープの音だなあという感じです。私はデジタルでしか録音したことがなかったので、一昔前のテープで録音の世界を知らなくて、今回初めて「あとテープ残り7分です」みたいな録り方をしました。デジタルだとハードディスクを追加すればいくらでも録音できますが、テープだとそういうわけにもいきません。それに加え、修正ができません。一カ所、5秒くらい無音ができたところがあって、そこは物理的にテープを切ってくっつけました。

今回は、一人一部屋で別れたブースで録音しましたが、ブースに別れて録音するのは、今考えるとピアノトリオの録音では初めてでした。『I'm Missing You』は広い部屋で3人、スウェーデン録音の『Cubium』、『Many Seasons』の2作はスウェーデン国営放送の公開録音に使用する200席ほどのホール、『Parallax』は栗東さきらホールと、ホールもしくは同じ場所で録音する状態しか経験していませんでした。両方メリット・デメリットがあるのですが、今回スタジオのキューボックスもとても良い感じだったので、ストレスが全然なかったです。

ピアノの調整は、信頼するファツィオリの越智晃さんにお願いしました。スタジオのピアノが小型のスタインウェイだったので、その楽器の持つ上限まで引き上げてほしかったので、越智さんにお願いすれば間違いないと思いました。事前に試奏はしていましたが、越智さんが調整を終えて弾いてみると、全然別物になってましたね。

選曲は、とりあえず録音したかった曲を並べて、アルバムとしてのバランスを見て絞りました。実はまだあと倍はこのトリオで録音したかった曲があります。3年間CDをリリースしていないですから、曲はかなり溜まっています。
このレコーディングで初日、一番最初に録音した1テイク目の「Standing There」が手触りが良かったことに加え、今までレコード会社だったらできなかった〈アルバムのバラード始まり〉がしたかったので、これをアルバム1曲目に持ってきました。

1日目で10曲録音して、2日目は残り1曲と、トリオで録音し直したいものと、カルテットを録音しました。「Pictures」は最初から2テイク入れるつもりでした。これは自分にとって大事な曲ですし、ホーンで聴いて欲しいけどトリオでも聴いてほしかったので。「T.C.T.」は、デュオで録音するつもりではなく、池長さんが判断して入ってこられなかっただけでしたが、結果的にアルバムの臍になったと思います。

録音は2日間で終わったのですが、アナログテープに録音したため、普段のレコーディングのように録った音をすぐデータとしてCD-Rに入れて持って帰ることができませんでした。

ミックスの工程を残していたのですが、録音1週間後の3月11日に東日本大震災があり、そのミックスの日取りを決めないといけないのにそんな気分になれず、先延ばしになってしまいました。その間、世の中があまりにも変わってしまって気分的に録音したものを全然聴いてなかったのですが、最終ミックスの日にスタジオで聴いて、録音した日と今では世界ががらっと変わってしまった気がして、何とも言えない気持ちになったのは忘れられません。

最終ミックスが終わってすぐ、まずジャズの専門店ミムラの三村さんに送りました。前から録音するという話はしていましたし、どこから出そうかという相談もずっとしていました。聴いて頂いてからすぐ、この内容や私のスタンスだったらDIWがいいよとおっしゃって下さいました。その半年ほど前に、ずっとお世話になっているジャズ評論家の杉田宏樹さんとお話しする機会に、同じことをおっしゃっていたこともあり、信頼するお二方が同じことをおっしゃるなら間違いないと思って、三村さんからディスクユニオンに繋いでもらったという経緯です。
その時、リリースを待っている音源が3枚分ありました。11年3月に録音した今回の録音、それから10年に録音した『Astrolabe』、そして04年の『I'm Missing You』です。そういう案件があることをお話しし、順番を相談した結果、04年のものを先にリイシュー8月に出しました。(※ミムラさんはその直前に急逝され、ディスクユニオンでのCDを見て頂くことはできませんでした。残念でなりません。)

タイトルを『Music In You』にしたのは、収録曲「Music In You」からですが、この言葉がこの3年間音楽する中で実感したテーマでもあるので、これをCDタイトルにするのが一番自然でした。CDタイトルって、レコード会社だと結構自動的に決まる部分もあって、自分でちゃんと意志を持って決めたのも久々でした。今回はセルフプロデュースなので、自分で全てを選曲して作りたい全体像をイメージして並べたのは、『I'm Missing You』以来でした。なので、『I'm Missing You』再発を先に8月にしましたが、その順番で聴いてもらって良かったと思います。両作品とも完全に自分の意志で作っていますから。

元々『I'm Missing You』を作った時は、自分と同じようなタイプのリスナーがいて、そういう人たちはジャズ市場全体で見れば少ないかもしれないけど、確実にいる。だから、自分の価値観をそのまま提示することで、同志に聴いてもらい理解を得ることができたらいいな、という動機だったので、皆に好かれたいと思って作ったものではなかったです。今回も、全方位的な作品を作ろうとは全く思わず、普段やっている事をそのまま作品にしたいと思いました。
だからかもしれませんが、今回出来上がったものを聴くと、とてもパーソナルな感じがします。おそらく、作曲して少し時期を置いている曲が多いせいもあります。この曲を作った時、どんなことがあり、どんなことを考えていたか、フォトアルバムを見ているように色んな時間のことを思い出します。そして、それを弾いていたのは3月3日と4日、震災後現在に至る空気も想像だにせず、その後、自分も結婚したり色々環境が変わるのですが、その前なんですよね。そういう意味で、この作品は3年ぶりのリリースですが、現在の自分ではなくて、少し過去の自分を聴いているような気もします。

今回のメンバーは、横浜の上町63のマスターがブッキングしてくれて始まったトリオです。特にレギュラーとか決めていたわけじゃないんですけど、他の国でトリオ演奏する機会を与えられたなら、今は間違いなくこのメンバーで行きたいなと思えるのと、このメンバーなら、やりたくないと思ったらライブに誘っても来ないだろう、というのが、一番大きな信頼になっていたりします。レコーディングの時とか普段のライブでも、他のミュージシャンだったら言わないだろうなということが結構あったりして面白いし、私自身がハチさんと池長さんという大先輩の音楽人とその奥行きや厚みに、尊敬と同時に物凄く興味津々という感じでなんです。こういうメンバーに出会わせて下さった上町63のマスターにも感謝しております。


ジャケットは、絶対顔を出したくありませんでした。内容的にも違うと思うし、表一で女子がニッコリは、もう要らないです。デザイナーさんに任せて写真素材を探したり、全く関連のない静物写真も、今回は違うと思いました。そして、今キャッチーで売れるものではなく、10年20年、もしかして私が死んだ後も古くならない、作品と呼べるパッケージにしたいと思っていました。
なら何が良いのか?と思って、真っ先に思い浮かんだのが、今年4月に東京都現代美術館で見た、現代美術作家 池内晶子さんの作品です。
絹糸を使った非常に大きなインスタレーションで、その空間に入ると思わず息を飲み、背筋の伸びる、圧倒的な空気を持つ作品でした。
人が入ると少しの風で揺らぐ。その揺らぎが時間となり、作品を構成する大事な要素だと感じました。そして膨大な数の糸があり、膨大な数の結び目があり、中央に大きな一つの円を作る。膨大な時間と意思を感じました。
そして何よりも、完全に女性の作った作品でした。どこからどう見ても、繊細で優しく厳しいけど、どこかおおらかな女性の仕事。そこに物凄く共感しました。私もこんな仕事がしたい、と思いました。一歩踏み出せば純度100%の彼女の空気に没入できる。
今回のアルバムタイトル自体が、現代美術作家の宮島達男さんの影響なので、デザイナーが選んだ関連のない静物の写真ではなく、血の通ったジャケットでありたいとも思っていました。ですので、ダメモトで池内さんにお会いして聞いてみましたらご快諾頂き、ドローイングも含め沢山作品を見せて頂いた中からピックアップして、このジャケットになりました。これは05年に韓国で展示された時の作品です。
こういうジャケットでGoを出したディスクユニオンの担当者さんにも感謝です。理解がないとできないことです。私、もうかこに5枚も顔ばーんと出てるし、もういいですわ。
パッケージの他の部分には、私の写真も入っていますが、それはファツィオリのご紹介で、仙川のアヴェニューホールで撮影しました。



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