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パリで過ごした1年間

この文章はmaruo 1st fanbook "ÉCRIN" に掲載したものです。


 日本からの12時間のフライトを経てパリに到着した初日、私が一番最初に向かったのが教会だった。ジャンヌダルク像がそびえ立つその後ろに、古代ローマ神殿風のマドレーヌ寺院がある。久しぶりに来るヨーロッパ。入り口へと続く階段を一段ずつ登りながら、「やっぱり好きだなあ」としみじみと感じる。教会の床に、きらきらとこぼれ落ちるステンドグラスの暖かな光。そんな鮮やかな光が当たる椅子を選び腰を下ろした。自身の物語の第二章を書き始めるような気持ちで、手によく馴染んだお気に入りのモレスキンのノートを広げた。スラスラとペンが走り始める。

 今の気持ち、これからやりたいこと、パリでの豊富。ひとしきり書いたのち、手を止めて静かに目を閉じる。上手くいかないことも、恐らくこれからたくさんあるだろう。むしろ、そういうことの方が多いかも知れない。きつい、と感じることもたくさんあるだろう。でもこの一年、できる限りいろんな感情を味わおう。たった今ノートに書き連ねた言葉を、改めて身体に染み込ませる。あらゆる種類の痛みを知ることは、人に優しくなれる条件だ。

   パリ到着後、私は9ヶ月間みっちりと語学学校に通い、空いた時間には、無数にチェックしていた場所をひたすらに訪れた。大好きな街に住んでいるという事実は、根っからのインドアな私を極端なまでにアクティブにさせてくれた。
 パリという芸術の溢れた街に身を沈められる喜び。長い歴史を経て今も残る美しいものたちを、毎日浴びるように見られる贅沢さ。自分の価値観や美意識がどんどんアップデートされていくのが手に取るようにわかる。それらは、とても素晴らしい感覚だった。

しかしそんな興奮もつかの間、すぐに私は、パリで見る芸術を楽しめなくなっていってしまう。変化を好む私でも、できればそれは訪れて欲しくない類の、なかなかに厄介な変化だった。

 「ものづくりのレベルを上げたい」「今あるブランドを壊して、ゼロから作り直したい」──。そのためにパリへやってきたはずだった。日本を離れ環境を変え、自分のペースで仕事ができればいい方向に変わる、そう思っていた。しかし、パリの圧倒的に完成され尽くした美を目の当たりにするたびに、自分の作るものの薄っぺらさと素人感に、いちいち落ち込んだ。比べること自体がそもそもおこがましいのかもしれない。でも、どうしようもなく比べてしまった。あまりにも完璧なのだ。もともとほぼ無かった自信は、恐ろしいほどあっけなくサラサラと消えていった。パリに来て状況が悪化してしまうなんて、本末転倒にもほどがある。

 そんな中、部屋の掃除をしている最中に過去に自分で書いた手紙を見つけた。

──「80歳のわたしから、現在のわたしへ」

 そこには、私がアーティストとして生きていくために必要な心構えと、これからやりたいことを実現していくための、いくつかの提案とヒントが書かれていた。そしてその中にあった言葉に、ひどく奮い立たされた。自分で書いた言葉にも関わらず。

「あなたは作ることで力を得る。頭で考えすぎるのをやめなさい」

 私の中で、何かが吹っ切れた。思い立って、しばらく開けていなかった保管箱をあけてみた。コツコツと集めてきたヴィンテージパーツたちが、パリの暖かな陽の光に晒される。私のたどたどしいフランス語に、一生懸命耳を傾けながらパーツを提供してくださったディーラーさんお一人お一人の顔が思い浮かんだ。
 その時に思ったのだ。もう言い訳するの、やめよう。納得いくいかない抜きにして、とにかく作ろう。作らなきゃ。

 意を決して、恐る恐る数ヶ月ぶりに、自分の作ったものをインスタグラムに投稿してみた。その投稿に対するフォロワーのみなさんからのご反応は、予想していなかったほどに暖かいものだった。
 自分の作ったものを「欲しい」「可愛い」と言ってくださる方がいること。自分が作ったものをきっかけに、たくさんの方とコミュニケーションができるということ。こんなにも嬉しいことなのか、と心が震えた。ずいぶん長い間忘れていた感覚だった。いただいたメッセージを読みながら、パリのメトロの中で思わず涙が出そうになるのを必死に堪える。こんなにも恵まれていることを、どうして私は見失っちゃってたんだろう。求めてくださる方々に私がどれほど支えられているのかが、痛いほどにわかった経験だった。

 自分よがりをやめて、こうして求めてくださる方々に等身大の私を見せていけばいいんだ。すると途端に、身体が軽くなったように感じた。
 圧倒的なセンスなんて持っていない私は、過去にファッションデザイナーにはなれない挫折をした。かといって、完璧なものづくりだってできない。そして、生まれ持った突出した才能もなければ、天才でもない。
 それでも、私は、今の自分にしかできないことを、今の自分だからこそできる最大限の形で作り届けることができるじゃないか。今の私の作るものを、求めてくださる方がいる。日本で待ってくださっている方がいる。そんな大切な大切なお一人おひとりのために、まっすぐ前を向いて真摯に作っていこう。

 私は清々しい気持ちで、パリのアパルトマンを後にする。ありがとう。ここで過ごした1年は、私の宝だ。愛すべき私のパリでの大切な思い出と、美しいヨーロピアンヴィンテージたちをスーツケースいっぱいに詰め込んで。
  新たな気持ちを胸に、ゼロになった私とmaruoは、日本でまた、再出発する。


 2019年9月吉日
 maruo
 圓尾 瞳

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