1月6日。加藤芳郎「ちょっとだけ一生懸命という余裕があると、物の本質や形がわりと見えてくるものだ」

加藤 芳郎(かとう よしろう、1925年6月25日 - 2006年1月6日)は、日本の漫画家、放送タレント。

漫画「のらくろ」や「冒険ダン吉」に熱中し、小学校5年生の時に、「僕は漫画家になってやる」と心に誓う。敗戦後の生活も、「僕には漫画がある」と苦にはならなかった。

1948年独立。1954年から毎日新聞夕刊で連載された『まっぴら君』は、2001年6月23日掲載を最後に病気で中断するまで連載47年間、13615回に達し、全国紙では空前の連載記録を樹立した。

一生懸命のコンクリート詰めになると、かえってものが見えなくなってしまう。それが他人からは少しおかしく見える。人生意気込まないで肩の力を抜いて、ぽつぽつと楽しくやろう。その精神で描いたのが加藤の漫画だ。

『テレビ三面記事 ウィークエンダー』(日本テレビ)の司会、『テレフォン人生相談』(ニッポン放送)パーソナリティー、『連想ゲーム』(NHK総合テレビ)の白組・男性軍のキャプテンなどで親しまれた。特に「連想ゲーム」では、洒脱な話術とヒントの出し方で人気を博した。この1969年から22年間続いた看板番組「連想ゲーム」での活躍は記憶にある。 「本職のほかにもう一芸、プロ級の腕を身につけたいもの。そこに気持ちの余裕が生まれます。それがバランス感覚というものじゃないでしょうか。」という加藤のもう一芸は、テレビタレントだったのかも知れない。

一つのことを長く続ければチャンスに巡り会える。加藤芳郎が漫画家になったのも、タレントとして親しまれたのも、長く続けたからだ。運もツキも長もちの結果として手に入る。人生は何もしないと長すぎるし、しかし何かをしようとすると短すぎるのだが、加藤芳郎は漫画という本職と、それが引き寄せたテレビタレントの二足を履き、心の余裕を持ち続けることができた。「ちょっとだけ一生懸命」の精神で、バランスのとれた80年の人生を送たのだろう。


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ひさつね けいいち。

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