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「名言との対話」10月8日。村上輝久「いい音ってなんだろう」

村上輝久(1929年10月8日〜 )は、ピアノ調律師。

1948年ヤマハ株式会社(当時日本楽器製造株式会社)入社以来、ピアノ調律一筋の生涯だ。1965年に来日した、ミケランジェリの奏でる音に魅せられ、1966年から1970年まで、ヨーロッパへ研究に出かけ、ミケランジェリをはじめ、リヒテル、シフラ等の専属調律師として、世界二六カ国をまわる。1967年ドイツの新聞紙上で「すべてのピアノを『ストラディバリウス』に変える東洋の魔術師ムラカミ」と報じられた。1980年ヤマハピアノテクニカルアカデミーを設立、初代所長に就任する。

ピアノがイタリアのフィレンツェで誕生してから300年、日本で作り始めてから100年経った。ピアノは幅広い音域と豊かな表現力があり、「楽器の王様」といわれる。ピアノ調律師の仕事は、調律、整調。整音の3つだ。音程・音階を合わせる「調律」、タッチを整える「整調」、音色・音量全体のバランスを整える「整音」の三つの作業がある。

約8000 ある部品に木材や羊毛、皮革など天然素材をふんだんに使った自然楽器であり、温度、湿度の変化、ゆるみなどが相俟ってなどで、音程やタッチが変化する。その微妙な狂いを正常な状態に戻し、演奏者にとって最高の状態になるように手直しをするのがピアノ調律師の仕事である。

「演奏家とピアノと調律師は三位一体の間柄にある」ともいわれるほど、調律師の役割は大きい。日本には1 万人ほどのピアノ調律師がいる。少子化の影響などで、新しくピアノを購入する家が減っており、調律師の数も減少しているという。

「大事なのは、ピアニストと言葉を交わし、その端々から相手の心の中を想像し、彼らが求める音を冷静に具現化する能力です」。「人間を読む力」。「肝心なのは忍耐と好奇心」。「自分で何かを生み出す力は、泥まみれになってようやく獲得するものである」ということなのだ」

村上輝久『いい音ってなんだろう』(ショパン)を楽しく読んだ。

「いい音」を求め続け、巨匠の下で修行を重ね、本場ヨーロッパで一流調律師として認められた。その後、夢であったヤマハピアノテクニカルアカデミーを設立する。ここでは「全人教育」を理想としている。技術教育だけでなく、音楽芸術論や音楽美学、一般教養など音楽に関わる周辺知識の授業に力を入れている。

世界28カ国、国内は全県を踏破する出歩きの人生だった。マジシャンと呼ばれたり、「すべてのピアノをストラディバリウスに変える東洋の魔術師」と新聞で絶賛を受けたり、調律師冥利につきる人生だ。日記をつけていたので、記述は詳細にわたっている。

「好奇心と幸運と健康」が村上輝久のピアノ調律師の生涯を支えた。確かにこの本の中には「運」「幸運」という言葉が頻繁に出てくる。前向きの性格が幸運を呼び込んだのだろう。

この本は「いい音ってなんだろう」というテーマを生涯をかけて追い続けた人の軌跡だ。単純だが、本質的な問いへの答えを探し続けた職人人生である。励まされる。

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