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「名言との対話」 2月16日。石水幸安「白い恋人たちが降ってきたよ」

石水 幸安(いしみず ゆきやす、1917年8月12日 - 1985年2月16日)は、北海道の実業家。

石屋製菓創業者である。北海道深川市一已町生まれ。東亜商業学校を卒業し、戦前は南満州鉄道株式会社に勤務した。戦後、妻の郷里の広島を経て、北海道に引き揚げる。1947年澱粉加工業を始め、後に駄菓子・生菓子の製造に従事。

1967年より高級菓子製造に路線を転換し、1971年最初のヒット作「シェルター」を世に出す。1976年に「白い恋人」を発売する。翌年、全日空が始めた「でっかいどう。北海道」で知られる北海道旅行の促進キャンペーンに使われ、「白い恋人」は一気に全国区へと駆け上がっていった。私は1975年の年末から数年JALの札幌空港支店(千歳)に勤務していたから、全日空の広告と白い恋人の登場のインパクトはよく覚えている。

品質保持等の観点から、販路を道内に限定する方針を取っていたことも、郷土土産の定番としても定着することに繋がった。土産品の単品売り上げでは、三重県の赤福餅に次いで全国2位とされ、業界紙が選んだ「20世紀を代表する土産品」では白い恋人が1位になっている。

2017年に創業70周年を迎えた石水製菓は、2019年4月期の売上高はグループで188億85百万円、従業員は1000名という企業に成長している。企業理念は「しあわせをつくるお菓子」だ。チョコレートエンターテイメント施設「白い恋人パーク」という札幌市内にある企業ミュージアムでは製造ラインが見学できる。チョコレートの歴史を学べる資料、オリジナルスイーツが味わえるカフェ、自分だけの「白い恋人」作りが楽しめるようにもなっていて人気がある。

「白い恋人」というネーミングは、石水幸安が雪の降り始めた外から帰ってきてふと口にした「白い恋人たちが降ってきたよ」という一言が決め手となったというエピソードがある。1968年にフランスのグルノーブルの第10回冬季オリンピックの記録映画『白い恋人たち』は日本でも公開された。フランスの英雄、ジャン=クロード・キリーが、アルペンスキー男子滑降、男子回転、男子大回転で金メダルを獲った大会だ。フランシス・レイが作曲した美しいメインテーマ曲は、私も20代の頃に赴任していた北海道のスキー場でよく流れていた。そのイメージに重なる商品名は味の良さに加えて、告知に大きな影響があったのだろう。ユーチューブで久しぶりに「白い恋人たち」を聴いた。青春の思い出が甦ってきた。

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