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アーバン(Urban)

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というこのことば、昨年初夏以降、音楽用語としては、かなり使いにくくなってしまったといいますか、もはや禁止されているというに近い(っていうか実態はアメリカ音楽業界内の自主規制ですけど)とまで言ってもいいくらいですよね。

理由は端的に言って、むかしの「レイス・レコード」と同様の黒人差別的な意味合いを帯びてしまうようになったからで、直接的には2020年のブラック・ライヴズ・マター(BLM)・ムーヴメントと関係があります。

日本ではあまりなじみのないアーバン、アーバン・コンテンポラリーといった音楽用語が、アメリカでいつごろどうやって使われるようになり、その後どのように拡散増殖したか、などについては、調べればくわしい解説記事も出ますので省略するとして。

2020年6月8日、ユニヴァーサル・ミュージック傘下のリパブリック・レコーズが、音楽用語としての「アーバン(Urban)」を今後いっさい使用しません、との声明をSNSで出しました。


リパブリックといえば、アリアナ・グランデ、ドレイク、ニッキー・ミナージュ、ザ・ウィークエンド、ポスト・マローンなどがいて、テイラー・スウィフトもいまはいるっていう、まさに現代アメリカの音楽シーンを代表する会社なだけに、この声明は業界に大きな衝撃を与えました。ビルボードもBBCも即反応してこれを報道しましたね。

さらにこれを受け、グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーが、「アーバンやめます」との発表を6月10日に行いました。グラミーにはそれまで「最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞」や「最優秀ラテン・ロック、アーバン、オルタナティヴ・アルバム賞」があったわけですが、いずれもアーバンを使わずに言い換えていくことになります。

アメリカ音楽史上、当初、アーバンというこのことばには否定的な意味はなかったものの、時間の経過とともに意味合いが変化し、どのような音楽性であれ黒人音楽家の音楽全般を指すようになっていったというのが事実で、肌の色さえ黒ければ、黒人でありさえすれば、「アーバン」にされてしまうという業界の慣習に異を唱える黒人歌手も増えていましたよね。

2020年1月、タイラー・ザ・クリエイターが、グラミー賞のベスト・ラップ・アルバム賞を受けたとき、自身の音楽が「ラップ」や「アーバン」に分類され「ポップ」のカテゴリーに入れられないことを痛烈に批判、「アーバン」というのはたんにNワードをポリコレ的に言い換えただけのことばだとまで発言しました。

ビリー・アイリッシュも、人種や見た目、服装などによって音楽がジャンル分けされてしまう業界の現状に苦言を呈し、白人女性なら「ポップ」、黒人女性なら「アーバン」にくくられてしまうと批判し、グラミー賞でのタイラーの発言への共感を示すというようなこともありました。

考えてみれば、たんに「ヒップ・ホップ」「ラップ」「R&B」と、それそのものが指向している音楽性を指せばいいだけなのに、「アーバン」はこれらぜんぶをムリにたばねようとしていて、それゆえに問題視されたわけですよね。

平たく言うと、黒人がつくった今日的なポップ音楽のほとんどすべてを包括することばが「アーバン」なわけで、そこには(白人ではなく)黒人歌手だからアーバンと呼ぶという、つまりは人種差別的な考えかたが無意識にせよ業界内にあったと指摘されても反論できないはず。

白人/黒人、というだけで音楽用語を分けて呼ぶ、そこに実質的な音楽内容の差異が聴きとれなくても、ジャンルをまたいでいても、肌の色だけで区別してきたのが「アーバン」だったわけですからね。1990年代〜21世紀になって音楽性が人種の垣根を完全に超えているにもかかわらず、です。

カンタンにいえば、人種で、肌の色で、ひとまとめにするんじゃないよ!というのが「アーバン」という呼称廃止の動きの原動力となっている精神性なんですね。とみにここ最近、当事者である黒人歌手たちから評判の悪かった呼称が「アーバン」でしたから。

やっている人の肌の色で区別する必要など、あるわけがない、人種隔離政策じゃあるまいし、とぼくも思います。その一方で「ブラック・ミュージック」という表現はぼくもよく使います。黒人音楽、と言っても同じです。これもたんにその音楽をやっている人種だけで区別したことばで、2020年初夏のBLMとアーバン廃止以後、ブラック・ミュージックと言うときには胸がチクっとするといいますか、これでいいのだろうか?という疑問が刺さっているのは事実です。


※「アーバン」という音楽用語の発祥・展開については、この記事がよくまとまっていると思います。

(2021.1.14)

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