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Spotify に殺意を抱くとき

(5 min read)

それは長年レコードや CD で聴いてきたおなじみのアルバムを Spotify で聴き、特にライヴ・アルバムなんですけど、一部トリミングされているのに気づいたときです。ちょうど最近マイルズ・デイヴィスを集中的に聴いていましたから、それで遅ればせながら気づいちゃったんですよね。たとえば1964年録音のライヴ・アルバム『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』(65)。1曲目のアルバム・タイトル曲本演奏のイントロをハービー・ハンコックが弾きはじめる前が違うんです。

この本演奏のイントロがはじまる前のピアノ・プレリュードは実はもっと長いんです。この Spotify ヴァージョンはもとの半分くらいになっています。レコードや CD にはちゃんと入っているんですけど、Spotify はどうしてこんな編集というか短縮をするんでしょう?曲の(ネット上での)権利にも関係なさそうですし、まったく意味がわからないっていうか、Spotify ってこういうところ、いいかげんですよね。レコードなどで聴ける本来の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はこちら。

本演奏に関係ないパートじゃないか、だからいいじゃないかという声が聞こえてきそうですが、そうじゃありません。ぼくらはむかしっからレコードに刻まれた音の、それこそ些細な、ごくごく細部に至るまで、ばあいによっては細かなノイズまでの「すべて」を鮮明に記憶しているんですからね。そうなるようにレコードや CD でくりかえしくりかえし集中して聴き続けてきました。ほんの一瞬の音、ノイズですら鮮明に刻印されているんであって、それもこれもふくめての「アルバム」であり「音楽」なんですよ。

ところが、たまに Spotify でこうやって気が向いて聴いてみたら、本来の姿が無残に短縮されて、つまり改悪されてしまっているわけですよ。こりゃあもう強い怒りをおぼえます。Spotify にあるマイルズの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』は欠陥品と呼ぶしかありません。ぼくなんかからしたら Spotify には『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』というマイルズのアルバムは存在しないとまで言いたいほど。

推測するに『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』の現行 CD は Spotify にあるのと同様の短縮欠陥品なんじゃないかという気がします。と言いますのはぼくのてもとにある CD アルバムでも2004年の七枚組ボックス『セヴン・ステップス:ザ・コンプリート・コロンビア・レコーディングズ・オヴ・マイルズ・デイヴィス 1963-1964』では同じ短縮ヴァージョンになっていますからね。だからこの後の単独盤でも変更されたかもしれず、Spotify はその音源をそのまま提出されたかもしれません。そのソニーのデータが間違っているわけですけど。

もっとおかしい、狂っていると思うのは1996年に CD がリリースされたマイルズのこれもライヴ盤『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』(1988〜91年録音)です。CD で聴くと1曲目「イン・ア・サイレント・ウェイ」と2曲目「イントゥルーダー」は切れ目なくつながっています。当然ですよ、この日のニュー・ヨーク・ライヴの開幕演目としてメドレーで連続していたんですから。

ところが Spotify でこのアルバムを聴くと、1曲目「イン・ア・サイレント・ウェイ」終盤でなんとフェイド・アウトしちゃうんです!フェイド・アウトして、曲間の無音があってからフェイド・インで2曲目「イントゥルーダー」がはじまるんですよ。ああ、なんということをするのか!これってメドレーなんですよ。しかもこれのばあいは、すべての CD はつながった状態のものしかないと思いますから、いったいぜんたい Spotify はなにを参照したのでしょう?

この『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』のばあいは、まったく途切れないひとつながりの演奏をフェイド・アウト、無音、フェイド・イン処理にしちゃっているわけですから、これはもはや本演奏そのもの、音楽の姿じたいが改竄されてしまっているわけなんですね。許されざる暴挙じゃないですか。YouTube などでさがしても見つかりませんので、CD どおりのオリジナルはどういうかたちなのか確かめていただけないのが残念です。

ネット上で権利関係をちゃんとして音楽など著作物を閲覧可能状態におくというのがなかなか厄介なことらしいということはなんとなく想像がついています。だからなんらかの制限がかかったり、ばあいによっては変更修正されたりもするんでしょう。ふだんはぼくも目をつぶって妥協して Spotify で聴いていますが、やっぱりときどき殺意がこみ上げてくることもあるんですね。それくらいまでレコードや CD でイヤというほどくりかえし聴いてきていて脳裏に刷り込まれているんですから、いっそうていねいな仕事をお願いしたいところですね。

(written 2020.4.18)

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