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名曲「シスター・シェリル」

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ジャズの名曲「シスター・シェリル」。作曲者は1981年のトニー・ウィリアムズで、その初演は翌82年発売のアルバム『ウィントン・マルサリスの肖像』に収録されています。しかしこれ、なぜだかいままで名曲・名演扱いしている文章にあまり出会いません。理由はたぶんウィントンのむずかしいというか微妙な評価と立ち位置にあるのでしょう。たしかにぼくも好きなジャズ・マンじゃありませんが、そんなことおいといて、それはそれこれはこれ、いいものはいいと素直に認め評価する姿勢が大切なんじゃないですか。

『ウィントン・マルサリスの肖像』に入っている「シスター・シェリル」その他数曲は、実はウィントンのリーダー録音ではありません。実質的リーダーはハービー・ハンコック。+ロン・カーター&トニー・ウィリアムズというかの黄金のリズム・セクションが主体となった東京でのレコーディング・セッションで、サックスにウィントンの兄ブランフォードをくわえてやっているんですね。1981年当時、ウィントンはハービー率いるこのカルテットのメンバーで、ライヴで各地をまわっていました。

さて B 面1曲目だった「シスター・シェリル」(これがだれのことだかはわかりませんでした)。トニーがまず叩く、これはスネアじゃなくてタムかな、トトンっていう三音に導かれロンのぶんぶんベースも入りますね。タムのトトンは一曲通しずっとトニーはやっています。リズムがちょっぴりネオ・ラテン調ともいうべき変則で、それもいいですね。ハービーがちょっぴり東洋的な雰囲気の装飾を弾くのもあざやか。東洋というか中国ふうの香りをハービーはこの曲の演奏全体でまぶしています。

そしてさわやかな主旋律。こんなにもキリリとひきしまったきれいな冬の晴れわたった澄んだ空気を思わせるメロディを持つジャズ楽曲って、ほかにないのではないでしょうか。もうそれを聴いているだけで気分がいいですが、この初演ヴァージョンではウィントンのトランペット&ブランフォードのソプラノ・サックスの二管ユニゾンで演奏されているのがふくらみをもたらしていて、特にソプラノのあの塩辛い音色がアンサンブルにからむことで、とてもいい味を出していますよね。ハービーの指示だったと思います。

そんな主旋律が本当に聴いていて快感&魅惑的で、これしかし和声構成がどうなっているのか(そこからソロも展開しているわけだから)知りたいんですけど、調べてみるのがちょっとめんどくさいので今日はやめときます。トニーが書いた生涯最高曲なのは疑いません。ウィントン+ブランフォードの二管アンサンブルによるテーマ吹奏にハービーが美しくからんでいくあたりのあざやかさも特筆すべきですね。この「シスター・シェリル」でのハービーは本当にみごとで、ふだんからすごいピアニストですけど、これホントちょっとどうしちゃったんだ?と思うほどすばらしい演奏じゃないですか。

一番手でソロを吹くウィントンのきれいによく歌うトランペットも文句なしですね。私見ではこのソロこそウィントンのデビューにして生涯最高名演ではないかと(まだ活躍中だけど)。音色だってよく抜けていて輝かしく、蓮の花がパッと開くようなそんなこの曲の持つムードにぴったり合致したあざやかなトランペット・ソロです。ウィントンのことをぼくもふだんは辛口にみていますが、このソロにはケチがつけられません。掛け値なしの名演でしょう。

ソロ全体にわたり構成もとても考え抜かれていて、こりゃあらかじめ譜面があって練習したんじゃないかといぶかりたくなるほどすばらしいウィントンのトランペット・ソロですが、二番手ハービーのピアノ・ソロは余裕ですね。トニーとロンのつくりだすラテンふうなリズムに乗せ中国的なラインを弾くという、なんだかちょっとミステリアスな内容で魅力的。1981年ですからもはやベテランが軽々とシンプルにやっているという普段着姿ですけど、さすがというしかないみごとなピアノ・ソロです。タッチの強靭さはいまさらいうまでもなく。

ハービーのピアノ・ソロ終盤のアド・リブ・フレーズからそのまま拝借して三番手ブランフォードのソプラノ・ソロになりますが、このソロまわしの順序だって絶妙。この「シスター・シェリル」という曲の持つ雰囲気を最大限にまで高める効果をもたらしていて、さすがはハービーのアレンジと構成だとうなります。シャープでエッジの効いたブランフォードのソロはそこそこ標準的な内容でしょう。リラックスしたムードがいいですね。弟ウィントンのソロが緊張度マックスですからね。この兄弟はそういったキャラの対比もあります。

それで最後ふたたびテーマ演奏に戻りますが、なんど聴いてもそのあざやかさに KO されちゃうこのメロとリズムですから、終わったらさらにまたもう一回とリピートしたくなる名曲名演ですよね。実際何回聴いても飽きないんですね、このヴァージョンは。1982年に出会って以後2020年でも聴けばため息が出ます。それほど颯爽とした美しいヴァージョンだと信じています。

今日はいちばん上のリンクで、この曲「シスター・シェリル」のさまざまなヴァージョンをプレイリストにしておきました。参考にちょっと聴いてみてください。1981年録音のウィントン・ヴァージョンがいかに飛び抜けているのか、実感できると思いますよ。

(written 2020.2.5)

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