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アメリカン・クラシックを歌うウィリー・ネルスンが好き

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Willie Nelson / American Classic

カントリー・ミュージック界の大御所でありながら、ぼくのなかではスタンダード・ソングを歌うアメリカン・クラシック・シンガーとの印象も強いウィリー・ネルスン。なんたってウィリーのばあいは最近はじめたことじゃありません。多くの歌手が歳とって衰えてから安直に臨むそんな世界に、ウィリーはまだ若くて元気だった1978年にはやくも取りくんで、その『スターダスト』を成功させているんですからね。個人的にはウィリーに出会ったのがこのアルバムでだったんで、いっそうイメージが強くなっちゃいました。

その後もウィリーは一貫して同様の作品を世に送り出し続けているんであって、クロスオーヴァー・スタンダード・ポップとでもいいますか、そんなジャンルがもしあるとするならば、それはウィリーが道を拓いたものだ、ウィリーこそが第一人者だと言えましょう。もちろんカントリー・シンガーとして偉大な存在ですけど、声に独自の甘みと渋みが同居する彼は、スタンダード・ポップスを扱うのに資質的に向いているんですよね。カントリー界の人間らしく「愛国保守」っていうことでもあるんでしょうね、アメリカン・クラシックを歌うのは。

そんなウィリーの2009年リリース作『アメリカン・クラシック』。これのことを思い出したのは、きのう書いた B.B.キング&エリック・クラプトンの共演作『ライディング・ウィズ・ザ・キング』がきっかけでした。アルバム末尾に「カム・レイン・オア・カム・シャイン」があったわけですけど、ちょっとこの曲のいろんなヴァージョンを聴きなおしたくなって Spotify で曲検索をかけたら、ウィリーの『アメリカン・クラシック』が出てきたわけです。

そう、アメリカン・クラシック、まさにそんなスタンダード・ソングブックをこのアルバムでもまたウィリーは歌っているんですけど、この作品はなんとブルー・ノートからリリースされているんですね。プロデューサーがかのトミー・リプーマ。ウィリーとトミーと、それからピアニストのジョー・サンプルと、この三名で2008年にテキサスはオースティンにあるウィリー邸で話し合いが持たれ、選曲もされたそうです。

そう、ジョー・サンプルもこのアルバムではとても重要な役割を果たしているんですね。プリ・プロダクションの初期段階からかかわって、選曲にも関与し、さらにレコーディング・セッションでピアノを弾いてサウンドのキーになっているばかりか、アレンジャーまでも務めています。アルバムを聴けば、あぁジョーだ、とわかるあの特徴的なサウンドが鳴っていて、ウィリーとジョーの共作としていいかも?と思うほど。

アルバムには二曲だけジョーがピアノじゃないものがあって、4曲目「イフ・アイ・ハッド・ユー」、8「ベイビー、イッツ・コールド・アウトサイド」。これらは、前者にダイアナ・クラール、後者にノラ・ジョーンズがゲストとして迎えられていて、ウィリーとデュオで歌い、ピアノも弾いているんですね。これら二曲以外はジョーのピアノです。

それにしても「イフ・アイ・ハッド・ユー」とは古い曲を持ってきたもんです。第二次大戦前のスウィング・ジャズの時代にはよく歌われたスタンダードですが、モダン時代になって以後はかなり機会が減ったんじゃないですか。歌うひとはいますけど、ステイシー・ケントみたいな意図的にレトロなムードを演出したい歌手が中心じゃないでしょうか。

そう考えてみれば、このアルバムにはほかにも(すたれてしまったような)古い曲がちょっとあります。ファッツ・ウォラーの5曲目「エイント・ミスビヘイヴン」なんか、故意のレトロ・チャンス以外ではほぼだれも歌わなくなったものでしょう。1930年代まではみんなやっていましたが。「イフ・アイ・ハッド・ユー」「エイント・ミスビヘイヴン」のほかにもこのウィリーのアルバムにはそんな曲があるかもしれません。

いつもながらのカクテル・ジャズふうなソフィスティケイッティド・ムードといいますか、たぶん批判もされているんでしょうね、ウィリーのこういった路線の音楽は。しかしぼくはここにも(カントリー・フィールドでいい作品をつくるときと同様の)誠実で真摯で厳しい姿勢がヴォーカル・トーンのなかに聴きとれて、かなり好きですね。クリスチャン・マクブライドやルイス・ナッシュなど腕利き連中が伴奏についた熟練のジャズ・サウンドもみごとです。

それになんたってリラクシング。上質なバック・グラウンド・ミュージックといいますか、部屋のなかで、あるいは都会の夜景でも眺めながらで、とてもくつろげるクォリティの高さがあるんじゃないかなと思います。上で触れましたように、もともとウィリーの声の資質にはこういったクラシック・スタンダード・ポップスをこなすのに向いている部分があるんですからね。自分の世界を知っている歌手でしょう。

(written 2020.7.12)

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