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家族が送る、家族の看取り


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(タイトル画像は看取り往診道中の筆者です。)


こんにちは森田です。

今日は、ちょうど昨日経験したお看取りの話を、「家族が送る、家族の看取り」というタイトルでお送りしようと思います。

(個人情報保護のため、設定・詳細は若干変更しています)


患者さんは、鹿児島の山間部で独居されていた80代のお婆ちゃん。
5年前のがんの手術後も元気にゲートボールなどしていたのですが、最近やけに足元がふらついてよく転ぶようになったということで検査すると、がんの脳転移が見つかりました。それがつい2ヶ月ほど前。

幸い、近所に親戚・お子さんたちが住まれていたので、「コロナで面会も出来ない病院ではなく、頑張れるうちは自宅で見ていこう」という方針になりました。

よく転ぶようになったとは言え、普通に近所を一人で散歩出来る程度には元気でした。しかしそれも先月まで。あれよあれよという間に体力が落ちていき、今月に入ってから寝たきりになりました。

最大の幸運は、近所に素晴らしい小規模多機能介護(いろ葉)があったこと。

散歩ができるくらい元気だった頃は通所(デイサービス)で日中の見守り、介護が必要になってからは「訪問介護+訪問診療」がご家族をサポートする体制になりました。

この小規模多機能介護施設は、普段から独居の方の看取りも行っているくらい「看取り」の経験も技術も豊富に持っている施設です。なので、介護スタッフが主体になって看取り体制を取るのかな?と思っていたのですが、驚いたことに、意外とそこは引き気味で、上手にご家族の主体性を奪わないような導き方をしていました。

水分の飲み方、食事のとり方、熱が出た・呼吸が弱くなったときの対処など、いつもは自分たちが施設でやっていることを、たったの1週間ほどでご家族が自らの手で看取りが出来るような環境に、自然に導いていました。

「何かあったら、いろ葉や先生に…」とどちらかというと依存気味だったご家族の意識や気持ちが「これくらいなら私達で出来る。婆ちゃんはその方がいいに決まってる」という雰囲気に変わっていくさまは、それはとても見事なものでした。

そして、昨日の午後。僕の携帯電話にご家族からの着信がありました。

「かなり呼吸が弱くなってきました、もうすぐだと思います」

と。

往診すると、ご家族・親類が20人ほどベッドを囲むように集まられていました。

もちろん、医療側である僕がその場の主導権を握ってもよかったのです。血圧・体温・酸素濃度の測定とか、酸素吸入や、強心剤の注射をしましょうとか、あれこれと処置することは簡単です。でも、それではせっかくおばあちゃんの人生の終わりに主体的に関わろうとされているご家族の気持ちを押さえつけて、「医療が主役・ご家族は後ろで待機」のような病院医療的な構図を作ってしまいます。

「もうすぐですね、最期までご本人の耳は聞こえていると言われていますので、ご家族でお別れを」

僕はそう言って患家を一旦あとにしました。

一旦席を外すことで、おばあちゃんの最期の時間を「ご家族」に委ねようと思ったのです。そうすることで、ご家族の主体性を消さないように…、これは、今回のいろ葉の介護のやり方から学んだところですね。

帰途につく僕の背後では、ご家族みんなで、まだ温かい患者さんの肌に触れ、声をあげて泣きながらそれぞれの言葉を語りかけられていました。

数時間後、「息を引き取りました、お願いします」と言う電話がかかってきました。駆けつけたとき、患者さんはすでに冷たくなっていました。僕は静かに死亡診断をしました。

驚いたのはその時です。通常なら医師が「〇〇時〇〇分、お亡くなりになりました」と言うべきタイミング、その時ご家族のお一人が「息を引き取ったのは〇〇時〇〇分でした」と言われたのです。

その時、ご家族の皆さんはみな、涙を流しながらも晴れやかに笑われていました。大事なおばあちゃんの人生の最期の介護から、最期の死亡時刻決定までを自分たちでやり遂げたという、「悲しさの中の充実感」を感じられているような笑い声で、家の中がいっぱいに包まれました。

「婆ちゃん、『私が死んでもみんな笑っていなさいよ』って言ってた。だから笑っていいんだ。笑うんだ。婆ちゃんは最高の最期だった。泣かなくていいんだ。」

その言葉の裏には、おばあちゃんを亡くした悲しみと、「必ずくる人間の死を満足に送れた」という充実感がないまぜになった、複雑だけど心温まる、言いようのない感覚があったのだと思います。


いろ葉の中迎さんはそのあとこう言われていました。

「お亡くなりになるご本人の心の声を中心に、医療と介護が出来ること、ご家族が出来ること、足し算引き算しながらですね」

と。



まさに、「家族が送る、家族の看取り」ですね。

こんな終末期が日本中に広まると、日本の医療・介護はガラッと変わるんでしょう。そんな未来をみんなで作っていきたいと思っています。


僕のクリニックといろ葉の介護のコラボ、見学なども随時受け付けていますので、こちらまでどうぞ。↓↓
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原稿を書いているので、
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ありがとうございますm(_ _)m



ぼくの本

(こちらは神奈川県の小規模多機能・あおいけあの素晴らしい介護の世界です)

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爺ちゃん婆ちゃんが輝いてる!
職員がほとんど辞めない!
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最期は家族のようにお看取りまで…

…辛い・暗いの介護のイメージをくつがえす
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加藤忠相を講師に迎えた講義形式で展開される講義の受講生はおなじみのYさんとN君。その他、マンガ・コラム・スタッフへのインタビューなど盛りだくさんの内容でお送りする、まさにこれが目からウロコの次世代介護スタイル。超高齢化社会も、これがあれば怖くない!

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夕張に育ててもらった医師・医療経済ジャーナリスト。元夕張市立診療所院長として財政破綻・病院閉鎖の前後の夕張を研究。医局所属経験無し。医療は貧富の差なく誰にでも公平に提供されるべき「社会的共通資本」である!が信念なので基本的に情報は無償提供します。(サポートは大歓迎!^^)