見出し画像

脱サラして小説家

 2022年3月、「下弦の月に消えた女」でデビューした脱サラの小説家です。サラリーマン時代はエプソンでPOSレジの企画開発をしていました。私が開発した初代レシートプリンターの印刷速度は毎秒50㎜でしたが、今の第7世代のプリンターでは毎秒500㎜、隔世の感がありますね。
 法改正により厚生年金の受給開始年齢が60歳から65歳に引き上げられたことから、企業は65歳まで再雇用の義務があります。私が勤める会社は55歳以降雇用更新となり、年収が激減する給与体系でした。55歳未満に早期退職する人もいれば、再雇用で60歳以降も働く人もいて、私もその選択を迫られました。
 幸運にも私の場合、子ども達は就職し、妻とも離婚ができたので、会社にしがみついて、あくせく金を稼ぐ必要が無くなりました。それで、退社後は好きな小説を書いて自由に暮らす目標を掲げて、毎年公募新人賞に応募することにしました。
 会社は副業禁止でしたから、本名での応募はできません。それでペンネームを考えました。「瞬」という漢字が好きだったことと、当時長野県伊那地方に住んでいたので「那」という字を組み合わせました。苗字の画数が多いので、名前はシンプルに「浩人」にしました。

 私の勝手な計画では、60歳の定年前に、何らかの新人賞を受賞して華々しくデビューする予定だったんですが、残念ながら世の中そんなに甘くはなかったです。一次、二次と予選は通るんですが、受賞までには高い絶壁が立ちはだかっていました。出版社に原稿を持ち込んでの売り込みもしましたが、ことごとく玉砕でした。それでも雑誌やネットで、ポツポツと「瞬那浩人」という名前が出るようになって、出版関係者との知り合いも出来ました。そんな中、Aさんとの出会いが人生の転機になりました。
 Aさん曰く、無名の新人が本を出すにはSNSでフォロワーを沢山集める必要があるとのこと。それまでの私はLINEやTwitterですらやったことがなく、SNSは大嫌いで、SNSなんか、やる人の気が知れないと思っていました。しかし、そこは名前を売るためと、心を入れ替えて一大決心です。どんなSNSが良いか、子どもにも相談し、Facebookを始めたのが2021年の9月。それからFacebook友達を増やすために頑張って投稿を続けました。私にとっては涙ぐましい努力です。

 そして、ついにFacebook友達が1000人を超えて、昨年の1月にAさんの紹介で東京の出版社社長と打ち合わせをしました。そこはビジネス書がメインで、文芸は殆ど扱っていない出版社。もちろん自費出版ではなく商業出版なんですが、文芸に関しては編集や販促などの手厚いフォローは期待できません。それで、お互いに希望や条件を出し合い、回答は後日するということにして、当日の打合せは終わりました。夕方、兵庫の自宅に帰る前に東京に住んでいる長男とも相談し、最終的に、その出版社と契約することに決めました。とにかく自分の本を世に出さなければ先はない、と考えたんです。
 既に原稿は出来ていたので、その後、郵便やメールでやり取りを繰り返して、約1か月の2月末に初刷りが出来て、3月7日から全国販売になりました。まだまだ少ないですが、読んで頂いた読者の方には高評価をいただき、著者本人が驚いているくらいです。
 とはいっても、売れない小説家の印税なんて高が知れています。収入という点では、サラリーマンの方がずっと良いですが、お金では測れない自由と楽しさがあります。小説家としては未熟な私ですが、これからも精進していきますので、よろしくお願い致します。


紀伊國屋書店新宿本店(2022年4月)

「YOKOの開運夢チャンネル」インタビュー動画(26‘14“)の抜粋版(7’48”)をアップしました。もし、よかったら観てください。

  最後まで読んで頂き、ありがとうございました。もし興味を持って頂ければ、是非 Amazonで「下弦の月に消えた女」をチェックして頂ければ幸いです。

 

2023年12月、第二作となる「家出少女は危険すぎる」を出版しました。


この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?