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【小説】キヨメの慈雨 第二十三話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。





 落下していく意澄は、水に変化させた全身を強引に操って立体駐車場の三階に滑り込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ······」

 柱に寄りかかりながら、チコと状況を確認する。

「美温の傘が猟銃に変わった······あれはコトナリの力だよね。武装型ってやつ」

『ああ。それにお前を撃ったのはゴム弾だ。お前と戦う気はあっても殺す気は無いのだろう。だがそうなると、ますます操られているのか自分の意志なのかがわからんな······』

「いや、それはもうわかってる」

 意澄はきっぱりと言った。

「美温は、自分の意志でやってるんだと思う」

『······根拠は?』

「勘······って言ったら怒るよね」

『当たり前だ』

「やっぱり?まあほとんど勘みたいなものなんだけどさ、美温、すごく嬉しそうな顔してたの」

『それが根拠か?戦闘に快楽を感じるように洗脳されているのかもしれないぞ?』

「それはないよ。何となくだけど、わたしにはわかる」

「さっすが意澄ちゃん、あたしは嬉しいよ」

「『············美温!!」』

 五階から一階まで折り重なっている自動車用のスロープをファッションモデルのように歩きながら美温が明るい声を響かせ、こちらに近づいてきた。15メートルほど離れた所で足を止める。その距離は、美温にとっては既に射程圏内なのだろう。

「もう合一ができるようになったんだ。すごいよ意澄ちゃん、想像以上のスピードで強くなってる」

「······美温、そんなことを言うってことは、コトナリについて知ってるんだよね。美温もコトナリヌシなんだよね?それも、上級の」

 意澄が恐る恐る尋ねると、美温は一点の曇りも無い笑顔で、

「そうだよ、あたしは上級のコトナリヌシ。ああ、やっと意澄ちゃんに言えて良かった!」

「······じゃあ、加稲だって、自分で倒せたんじゃ」

「うーんとね······こういう言い方は良くないけど、あれくらいの敵と戦ったところで経験値にならないの。意澄ちゃん、ゲームやるよね?レベル99のキャラがレベル15ぐらいの敵を倒したところで、もらえる経験値は微々たるもの。それだったら、現時点では敵と同じぐらいのレベルの意澄ちゃんが倒した方がずっといい。そっちの方が、意澄ちゃんがもらえる経験値はずっと大きいからね」

「何を言ってるの······?わたしがコトナリヌシだってことも、加稲や米原のことも、わかってたの?」

 困惑する意澄に美温はかわいらしく両手を合わせて、

「ごめん、まだ言ってなかったね」

 美温は友人をサプライズパーティーに招待する子どものように純粋な表情で、




「あたしをさらうよう『協会』に依頼したのは、あたし自身なの。匿名でも引き受けてもらえるよう、報酬も結構高く積んだんだよ」




 意味が、わからなかった。

「どうしてそんなことを······?』

 意澄かチコかの区別も無く、ただ疑問が口から溢れていた。

 それに対して美温はにこやかに、

「繰り返しになっちゃって悪いんだけど、意澄ちゃんの経験値のためだよ」

「わたしの、経験値······?」

「そう。意澄ちゃんが戦って、強くなるための経験値。意澄ちゃんならあたしのために戦ってくれるなっていう確信があったから、あえて意澄ちゃんといい勝負になるけど結局負けそうなコトナリヌシを派遣してもらったの」

「何の、ために······?どうしてわたしが強くなる必要が」

「三年前の豪雨」

 美温が短く告げると、意澄の心はそれだけで引きつけられた。天領市に住む全ての人にとって、それだけの力が、その言葉にはある。

「意澄ちゃんには、あれの原因になったコトナリを倒してもらいたいの。もちろん、そのときが来たらあたしも戦うよ」

 三年前の豪雨は、コトナリの力により起きた。それは意澄の中でまだ大きな可能性に過ぎなかったが、美温は今はっきりとコトナリが原因だと言った。そして、そのコトナリを倒すとも。

 意澄は、一瞬息を呑んだ。

 そして、

「わたしもあの豪雨を引き起こしたコトナリに辿り着きたい」

「そっか、良かった。じゃあ」

「でも」

 意澄は真正面から美温を見つめて言う。

「倒すとか倒さないとかは別問題。だから、美温の考えに完全に協力することはできない」

「······そっか」

 美温はポツリと呟いた。

「じゃあ」

 少しも、寂しそうではなかった。

「とりあえず意澄ちゃんと戦うね」

 その言葉が意澄の耳に届いたときには、美温は既に意澄の懐に潜り込んでいた。強烈なアッパーカットが意澄の意識を激しく揺さぶり、伸びきった体に美温の長い脚が叩き込まれる。防御も回避もできなかった。されるがままに意澄は宙を突き進み、停まっている車の側部にぶつかった反動でその屋根の上を転がり落ちる。

『意澄、来るぞ!』

 チコが叫んだ瞬間、車を跳び越えて美温が襲いかかってきた。その手に握られているのは、

(剣!?)

 体の急降下とともに、半月刀が鋭く振り下ろされた。意澄は後ろへ転がって必死にかわすが、すぐに次斬が襲いくる。

 キンッ!

 得物が激突する音が鳴り響いた。美温の半月刀と、意澄の刀がぶつかったのだ。もちろん意澄に鋼剣を生み出す能力など無い。超高圧の水を生成し、形を整えただけだ。

 美温がさらに斬撃を繰り出し、意澄は必死にこれを受ける。意澄に剣術の心得など無いが、今はチコが体を動かしているのだろう。だが、美温の流れるような攻撃に徐々に対応できなくなっていく。

 わずかに跳躍した美温が、体重の乗った一撃を放つ。これを受ける意澄の全身に重たい衝撃が駆け抜けた。

「······意澄ちゃんはボーナスキャラだからさ」

 鍔迫り合いの中、美温が楽しそうに話しかける。

「例え今は弱くても、意澄ちゃんに勝つってのは特別なんだよ」

「······わたしの何が特別なの?」

「意澄ちゃんってさ、ちょっとおかしいでしょ?自分で気づいてるかわからないけど。さっきだって、友だちのはずのあたしに全力で攻撃してきたし」

「わたし、おかしい······?」

「ほら、無自覚。没個性気取ってるけどさ、でもそういうところがいいんだよね~。それに」

 美温が角度を変えて斬り込み、意澄はそれに何とか喰らいつく。

「意澄ちゃんはダブルボーナス。コトナリと合わせてね」

「············?』

「あはは、二人とも今はまだわかんなくていいよ。あまりにも早く成長しちゃったら意澄ちゃんの良さがなくなっちゃうから。いや、それにしてもこの成長速度にはびっくりなんだけどさ。花村はなむらのぞみとの戦いが大きかったのかな」

「花村望······!?どうして美温がその名前を」

「そりゃあ、あの人有名人だからね。それにあたしと同じ最上級のヌシだし」

「美温が、最上級······!?」

「あれ、言っちゃった。できるだけ秘密にしときたかったんだけど、まあ意澄ちゃんになら知られてもいいか」

 言いながら照れくさそうにはにかむ美温は、やはり見慣れた美少女だった。だからこそ、意澄は信じられない。

「そもそも、どうしてわたしと花村が戦ったことを知ってるの?」

「あれ、気づかない?だってさ」

 美温はかわいらしく笑って、

「あの日意澄ちゃんのファイルに進路希望調査のプリントを二枚入れたの、あたしだから」

「············へ?」

「怪しまないのかなーって思ってたけど、その盲目さもまた意澄ちゃんのいいところだよね。あたしが送った住所に縄のコトナリヌシがいたんじゃなくて、あたしが縄のコトナリヌシの住所を意澄ちゃんに送ったってこと。意澄ちゃんとあのコトナリヌシが戦えるようにね。まさか女の子を一人殺してたとは思わなかったけど、その結果意澄ちゃんが花村望と戦えたから、良くはないけど得るものもあったよ」

「······もしかして、あのときも」

「ああ、小春ちゃんがあたしのパンツとブラ盗っちゃったときね。あのときはホントにメンタルダメージがあったよ?だけどチャンスだとも思った。意澄ちゃんが小春ちゃんとぶつかれば経験値になるから。結局二人は直接的には戦わなかったけど、そこで戦わない選択ができるのも意澄ちゃんの良さだよね」

「······だから、早苗とか、他のみんなじゃなく、わたしに相談したの?」

「そう。意澄ちゃんは特別だから」

 美温はそう言い、もう一度角度を変えて半月刀を振る。意澄はこれを水の刀で受け止め、その刃を高速で振動させた。ギギギギギッ!と悲鳴を上げて半月刀が蝕まれていく。

 それを見て美温は微笑み、

「いい個性センスだよ、意澄ちゃん。コトナリとの相性もいいみたいだし、流石は御槌教授の娘さんだね」

 御槌教授。本名御槌みづち和矢かずや。国立真金まかね大学文学部歴史学科の教授。日本の古代史、それも神話と正史をつなぐ紀元前後の期間を専門分野とする若き歴史家。そして、三年前の豪雨でこの世を去った、意澄の父。ここでなぜ父の名前が出てくるのか理解ができないまま意澄は美温の半月刀を一気に切断し、美温の腹を蹴って距離を取った。

「御槌教授って、御槌和矢でしょ?どうしてわたしのお父さんを知ってるの!?お父さんとコトナリに何か関係があるの!?」

「あはは、意澄ちゃん、焦っちゃ駄目だよ。一気に成長しちゃったら、楽しくないから」

 笑いながら美温は、武士が刀に付いた血滴を払うように両断された半月刀を振った。瞬間、半月刀は警棒に姿を変える。

「意澄ちゃん、あたしは意澄ちゃんに豪雨の原因になったコトナリを倒してほしい。意澄ちゃんは今よりも絶対強くなれるし、強いコトナリヌシじゃないと倒せない。でも······」

 美温はゆるりと警棒を構えて、

「今の意澄ちゃんじゃまだ駄目」

 直後、意澄の視界から美温が消えた。意澄は即座に後ろを向き、水の刀で警棒を受け止めた。ほとんど直感での判断だった。

「お、いいねえ意澄ちゃん、あたしのことをわかってくれてる。やっぱ最高だね」

 美温が至近距離でささやく。明るい声が、甘美な匂いが、意澄に伝わってくる。

 そして、一言。




「でも、まだ不合格」




 美温が、警棒に取り付けられたスイッチを、押した。水の刀とぶつかっている警棒の、スイッチを。意澄が握っている水の刀と接している警棒の、スイッチを。

 警棒が、瞬いた。

 バチィッ!!

 意澄の全身を凄まじい激痛が走り抜けた。心臓が、止まりかけた。視界が明滅し、脚に力が入らない。

(な、にが······?)

 意澄は膝から崩れ落ちた。立ち上がろうとしても、体が動かない。それを見て美温は優しく微笑みながら、

「だって意澄ちゃん、あたしの能力も完全に理解してないでしょ」

「ぶ······きを、創り出す、能力······?今のはただの警棒じゃなくて、警棒スタンガン······水を操るわたしへのメタってこと?」

「意澄ちゃん、やっぱ鋭いね。本当のあたしを見せられて嬉しいよ。力の全部は見せられないけど」

「本当の美温······?力の全部······?」

「そう。でも、残念だな」

 美温が手を回すと、警棒は再び半月刀に変わった。その刃の光沢が、妙にはっきりとわかった。

 美温が半月刀を構える。その眼差しは、大切なものを見つめる、愛おしそうなものだった。

 美温が、告げる。



「意澄ちゃん、不合格だから」




 半月刀を振る美温の動きが、美しい。

 そう思ったのを最後に、意澄の意識は途切れた。




〈つづく〉

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