絶望カノン

絶望カノン

見てしまった….......。

僕はあの日。

この街であの絶望カノンを.......。

あれは夏休み前のうだる暑さの中にもたらした雨の日だった。

下校中。
僕は1人いつも通りの帰路を歩いていた。

静観する住宅街を抜け300m程行くと空き地がある。

その空き地にふと視線をやるとそこには
ずぶ濡れになり今にも壊れそうな少女が
空を見上げていた。

カノンとの出会い。

肩の辺りまで伸びた少し淡い栗色の髪。
見る者を釘付けにする薄いこぼれ落ちそうな瞳。
触れると溶けそうな白い肌にほんのりと桃色の薄い唇。

栗色の髪はこの何時間も降り続いた雨を物語り髪の先からは雫が一滴また一滴と滴り落ちている。

僕は「大丈夫?風邪ひくよ?」
と声をかけた。

彼女の癖なのだろう首を少し右に傾け微笑した。

彼女は「帰る所無いんだ。」
と微かに雨音に溶ける様な声で言った。

「とりあえず傘だけでも雨宿りでも家においで」

僕は彼女に言った。

僕達は家に向かいながらお互いの自己紹介をした。

「僕は野中直己。高校1年生。」

「私は京崎カノン。中学行ってれば3年。」

「帰る所がないってどういう事?」

「..............」

彼女は口を重く閉ざした。

家に着き玄関で僕は母を呼んだ。

「お母さーん。」

母は不思議そうにこちらへと向かって来た。

カノンを見ると口を開いた。

「あら彼女?ずぶ濡れじゃない!タオルね!ちょっと待ってなさい!」

母はふわふわのこちらまで石鹸の香りが
漂うバスタオルを2枚持って来て1枚をカノンに渡し1枚を広げカノンの頭を拭きだした。

カノンは顔や腕などを拭いている。

母は僕に
「お風呂沸かしなさい。母さんは着替えを用意するから」

と言い財布と車のキーを持ち玄関から出ていった。

僕はお風呂のスイッチを入れるとカノンに「とりあえず入って。何か温かい飲み物でも。」

といいカノンをリビングへと招いた。

カノンはキョロキョロと見回しながら透き通る様な足で歩き僕の後を着いてくる。

お湯が沸き僕はミルクティーを入れカノンに
そっと出した。

カノンはまた微かに首を傾け微笑むと
「ありがとう。いただきます。」
と言った。

カノンは口からフーフーと息を吐きミルクティーを冷ましながら飲み始めた。

僕はふとお菓子があったのを思い出しキッチンから適当に見繕いお菓子をカノンに出した。

カノンはそれを見ながら
「食べていいの?」
と小さな声で聞いた。

僕は小さく頭を上下した。

カノンは
「ありがとう。3日何も食べてなくて。」
といい
「いただきます。」
といいクッキーに手をやった。

僕は胸を締め付けられた。

中学三年生の女の子が帰る所が無く空き地でずぶ濡れそしてご飯も3日食べてない。

何がどうなるとそうなるのか。

母が帰って来たみたいだ。

「ごめんね。うちは直己しかいないから
女の子の物無くて買って来たからね。さあお風呂行ってきなさい。」

僕は母のこういう所が大好きだ。
名前も知らない会ったばかりの女の子を
自宅のお風呂に入れ服まで買ってくる。
人から見ればお節介な人かも知れないが。

「直己彼女なんであんなに濡れてたの?」

母が不思議そうに聞く。

「彼女じゃない。なんか空き地に居て帰る所無いって言うしお菓子さっき出したら3日何も食べてないって。訳ありなのかな。」

「3日!?お母さんすぐご飯作るわね。」

母はキッチンへと向かった。

僕はテレビを観ていると今度はあの触ると溶けそうな白い肌がほんのりと桃色になったカノンがリビングへと来た。

そしてキッチンへ行き

「あの!!本当にありがとうございます!!私は京崎カノンと言います!!」
と僕に対する態度とは違う大きな声で母にお礼を言った。

「カノンちゃん偉いわね!おばさん嬉しいわ!!今ご飯作ってるから食べなさいね。リビングに直己居るからリビングに行ってて!!」

母の上機嫌な声が聞こえる。
母はカノンが気に入ったみたいだ。

カノンがリビングに来た。

「ありがとう。こんなにしてもらってごめんね。」

そう言うとまた首を傾け微笑んだ。

「カノンそれは癖なの?」

僕は首を傾ける仕草をしながら言った。

カノンは頬を赤らめながら
「うん。小さい頃からの癖.......。」
と言った。

「それなんか可愛いな。」
僕は茶化して言いニヤッと笑った。

カノンは更に頬を赤らめて下を向いた。

「はい!!お待たせー!!カノンちゃん一杯食べてね!!」

母お得意のオムライスとポテトサラダとポトフ。

ケチャップでトロトロの卵の上にカノン♪って書いてる。

歳を考えろよ.......。

言いはしなかったけど。

カノンは目をキラキラと輝かせ
「食べていいんですか?嬉しい!!オムライス!!いただきます!!」
とスプーンを手に取りオムライスを割った。

「トロトロだ!!凄く美味しい!!こんなに美味しいオムライス初めて食べました!!」

カノンは今までの見た中で満面の笑みを浮かべた。

母は更に上機嫌になった。

僕はなんかとても不思議な気持ちになった。

ご飯を食べ終わりカノンは
「本当に本当にありがとうございます。
こんなに美味しい物食べさせて貰えて幸せです!!ごちそうさまでした!!」
とまた首を傾けニコッと笑った。

「カノンちゃんは可愛いわねぇ!!
おばさん本当に嬉しい!!」
と言いカノンの頭を撫でた。

僕は食器を流し台へと運んだ。

カノンが
「あの洗い物させてください!!」
と母に言いキッチンで洗い始めた。

母が僕に言う。

「とりあえずお父さん帰って来たら話を聞いてカノンちゃんの言う事が本当ならどうにかしなきゃね。」

僕は首を縦に振った。

時計の針が8時を回った頃だろうか
父が帰って来た。

「ただいま。ん?お客さんかい?」

父は掛けているメガネの位置を直しカノンを見た。

「直己!!か、彼女?」

僕は咄嗟に

「違うよ!!まあとりあえず話しはご飯食べた後!!」
と父に食事をする様に促した。

父はカノンに

「こんばんは。ちょっと待っててね。」
と言うとカノンは

「こんばんは!!初めましてお邪魔してます京崎カノンです!!」
と言い会釈をした。

父は
「いえいえどうぞどうぞ。まあゆっくりして行きなさいね。」
と言い着替えに2階へと向かった。

母はその様子をクスクスと笑い見ている。

父が食事を済ませリビングで四人向かい合い座った。

「えーとカノンちゃん彼女じゃないんだよね?」
父がカノンに聞いた。

カノンは両手を膝に置き握り締め言った。

「はい。実は私母に捨てられました。小見山町で母と2人で暮らして居ました。
母は男と出ていきました。私は要らないって。
父と母は駆け落ちで結婚し私が生まれて少しして離婚したらしいです。
親戚や祖父母なども何処に居るかも知りません。
一人になりお金も無く空き地に居た所を直己君に出会い今お邪魔させて頂いてます。」

僕は驚きを隠せなかった。

僕と変わらないくらいの少女がたった1人で。

もし自分がその状況だとと想像すると.......。

母が言った。

「お父さん。とりあえずカノンちゃんのお母さんも帰って来るかもしれないし小見山町ならすぐ近くだしそれまでカノンちゃんうちに居てもらうってどうかしら?」

「うーん。そうだね。カノンちゃん。
幸いうちには部屋も1つ空いてるししばらく家に居なさい。」
父はそう言うとニコッと笑いテーブルのお茶を飲んだ。

母が続けて言う。
「カノンちゃん。家に居てもらうには私達を本当の親だと思いなさいね。
遠慮は要らない。解った?だから私もカノンちゃんを娘だと思ってお手伝いとか頼むからね?」

カノンは下を向き今にも泣きそうな声で
「ありがとうございます。」
と声を振り絞った。

僕はその状況を見て目から涙が溢れた。

僕は泣いてるのがバレたく無いのでお風呂に入った。

突然現れた居候の女の子。
なんか妹が出来るってこんな感じなのかなと僕は思った。

僕の後にカノンもお風呂に入りその間に母とカノンが使う部屋の用意をした。

といっても急だったので布団くらいだけど。

カノンがお風呂から出て来た。

母はカノンに
「カノンちゃんこっちこっち。」
と部屋から顔を覗かせて言った。

カノンは不思議そうに部屋を覗く。

「ここがカノンちゃんのお部屋ね。
お洋服とかもどうにかしなきゃね。
明日一緒に買いに行こうね。」

カノンは深々と頭を下げ
「本当に本当にありがとうございます。」
と言った。

僕は
「カノンマンガとか読む?それなら部屋に見においで。こっちの部屋に持って来たらいいし。」
と何も無いのもなと思って言った。

カノンは
「いいの?じゃあちょっと見せて欲しい。」
といい首を傾け微笑んだ。

僕は部屋にカノンを連れていった。

「直己の部屋綺麗だね。」
「母がいつも家に居るから掃除してくれてるしね。はい。好きなマンガ取っていきな。」

カノンは本棚を見つめている。

「直己って勉強も好きなんだね。」

並んでる参考書やドリルなどを見てカノンが言う。

「入りたい大学があるんだ。澄山大学。
ここに僕が習いたい教授が居て。」

カノンは小さな声で聞いた。
「なんて教授?」

「滝川教授。」
この人の授業を受けたくてね。

カノンはマンガを取りながら
「ふーん。滝川教授。」

と返して来た。

「直己。これだけ借りてもいい?
あっあと紙と鉛筆と消しゴム借りれたら嬉しいかも。」

「紙と鉛筆と消しゴム?」

僕は不思議そうに返事した。

「うん。」と
またカノンは首を傾け微笑んだ。

「カノンじゃあおやすみなんかあったらいいなね!!」

と僕はカノンを部屋から出した。

今日1日の出来事。

僕は振り返りながら勉強を始めた。

翌日。

いつも通り朝起きて用意をし下に降りると母とカノンの声が聞こえる。

「上手上手!!カノンちゃん上手いよ!!」
キッチンからだ。
僕は洗顔歯磨きを終えキッチンへ顔を出した。

2人でお弁当と朝ご飯を作ってたみたいだ。
父はカノンの作ったお弁当をスマホで写真を撮って上機嫌で出ていったらしい。

父らしい行動。

僕は普段朝ご飯食べないんだけどカノンが初めて作ったご飯なので食べた。

美味しかった。

僕は身支度を終え玄関に向かうとカノンが

「これお弁当ね。良かったら食べて。」
と恥ずかしそうに僕に言った。

僕は
「うん。ありがとう。」
と言いそそくさと家を出た。
今日のお昼は楽しみだ。

何気ないお弁当だったけどどれも母と僕の好きな物を選んでくれたみたいだ。

僕はお弁当を食べ終わりまた午後からの授業に望んだ。

学校が終わり帰宅した。

「カノンちゃん似合うわ!!可愛いぃ〜!!」

「ありがとうございます。」

母の上機嫌なワントーン高い声が聞こえてくる。

「ただいま。」

「あら直己おかえり。今カノンちゃんのお洋服買って来たやつ着て貰ってたの!!
もうお人形さんみたいで可愛いの!!」

「はいはい。」

僕はちらっとカノンを見て
「似合ってるね。あっお弁当ありがとう。」
と言い部屋に着替えに行った。

下に降りると母が
「今日はせっかくだから外でご飯食べるよ!!」
と言った。

きっとカノンを買い物連れ回してご飯の用意する時間無かったのだろう。

僕はカノンに
「何食べたい?」
と聞いた。

カノンは
「私は何でもいいよ。直己は何がいいの?
でも本当にこんなに良くしてもらっていいのかな?」

「気にしなくていいんじゃない?父さんも母さんもいいって言ってるんだし。」

僕は肩をすくめながら言った。

確かにもし僕がカノンの立場ならきっと戸惑うだろう。
カノンが戸惑うのも無理は無いと思う。

父が帰宅するのを待って僕達は外食に出た。
車に乗りチェーン店の回転寿司に。

カノンは新しく買って貰った花柄の白いワンピースに薄手のフードパーカーを羽織って僕の隣にちょこんと座った。

僕は誰かが隣に座るという経験は幼少以来無いのでなんかとても不思議な感覚を覚えた。

「カノンどれがいい??どれでもいいなよ」

僕はカノンに促した。

カノンは目をキラキラとさせて
回るお寿司達を眺めて居る。

そして僕は思った。
妹って可愛いもんだなって。

このままカノンが妹ととして一緒に暮らして行けるならそれはそれでいい事だと。

本当なら母親が帰って来るのがハッピーエンドで丸く収まるのだろうが。

まあそんな僕の妄想はさておき僕達は思い思いのお寿司を食べて家族団欒を楽しんだ。

車に乗り帰路の途中母が言った。

「明日カノンちゃんとカノンちゃんのおうちに1度行ってみるわ。
親御さん帰ってたらね。」

父が続けて
「そうだな。1回見て来た方がいいかもね。カノンちゃんそう言えばお弁当美味しかったよ。ありがとう。」

父はバックミラーでカノンを見てニコッと笑い言った。

カノンは首を傾けニコッと笑い
「ありがとうございます!!明日も作ります!!」
と言いまた首を傾けニコッと微笑んだ。

僕は口に出さなかったが心の中ではヤッターと思っていた。

家に着き順番にお風呂に入り僕は冷蔵庫からアイスを出し食べていた。

カノンがお風呂からあがってきた。

相変わらず白い肌がまたほんのりと桃色に。

カノンに
「カノンアイス食べる?」
と言った。

カノンは
「いいの?」
と嬉しそうな表情が見て取れた。

僕は冷蔵庫から新しいアイスを出してカノンに差し出した。

カノンはニコッと笑い
「ありがとう。いただきます。」
と個包装のアイスを出した。

本当に礼儀正しい子だ。

カノンは
「冷たっ。」
と言いながらアイスを少しずつ食べながら
「直己ありがとう。直己が声掛けてくれて私は野中家に居候させて貰えて本当にありがたい。」
と僕を見つめ言った。

僕は
「いやそんな大した事はしてない。それよりお母さん帰ってるかな?」
僕はカノンを見つめ返し言った。

「うーん。解らない。こんな事初めてだし
今までからもそんなに私には愛情は無かったと思うけどまさか出ていくとは思わなかった。正直参った。帰って来ててもどういう顔すればいいか解らない。」
カノンは眉をひそめ言った。

そりゃそうだ。
自分を捨てた親にもう一度再会したとしたら
僕ならきっと無視する。
ただ僕もカノンも未成年。
無力なんだ。

僕はアイスを食べ終わり手を洗いに行き
「カノン楽しい事考えよう!!明後日は日曜どっか行こう!!」
とカノンに言った。

僕が今カノンに掛けてあげれる数少ない言葉はこんなものだろう。

僕はカノンにおやすみと告げ自分の部屋に入った。

翌日。

「直己。起きて。時間だよ。」
カノンが朝起こしに来てくれた。

「ん。あっカノンか。おはよう。着替えてから行くよ。」
「うん。解った。」

カノンは部屋から出て行った。

僕は着替えを済ませ下に降りた。
昨日同様朝ご飯と弁当をまたカノンと母が作ったらしい。

僕はご飯に手を付けながら母に

「お母さん。明日カノンと遊びに行こうと思うんだ。」
と言った。

「あらいいわね。何処に行くの??」

僕はミルクティーをすすりながら
「まだ決めて無いからカノンと考えておいて」
と母に返した。

母はカノンに
「直己お兄ちゃんがどこでも連れてくれるって」
とおちゃらけた様子で言った。

カノンはその様子を見てクスクスと笑った。

カノンが少しずつ僕達に心を開きあどけない少女の心を取り戻していってるのが見て取れて僕は少し嬉しい気持ちになった。

初めて見たあのずぶ濡れのカノンの表情は温度や景色や心など全く映さなかったから。

そんな事をぼんやり思いながらご飯を食べ終わり身支度を済ませカノンが作ってくれたお弁当を持って僕はまた学校へと向かう。

カノンと母は今日カノンの住んでた小見山町へと。

僕は不安を打ち消す様に一歩一歩と学校へと向かった。

昼休み。

僕はカノンの作ってくれたお弁当を開けた。
中に手紙が入ってた。

「直己ありがとう。わたしは直己のお陰でこの2日本当に素敵な思いをしました。今日実の母と会えるか解らないけどもしこのままお別れになったらと思って手紙を書きました。本当にありがとう。」

その手紙はとても綺麗な字で書かれていた。
僕は涙腺が緩むのを抑える様にお弁当をむさぼった。

午後からの授業を終えて帰路への道。
僕はなんだか帰りたくないような気がした。

複雑な気持ちだ。

僕は恐る恐る玄関の扉を開けた。
そこにはまだ真新しいカノンの靴があり
リビングからカノンと母の声が聞こえた。

僕は自分の胸中が見透かされない様に
何事も無い様な顔で
「ただいま。お弁当ありがとう。」
と言い2階へとあがった。

僕は胸を撫で下ろした。
カノンがまだ家に居ることに安堵した。

僕は着替えを済ませ下に降りた。

カノンが
「直己今日はまだ家に母は居なかった。」

僕はカノンの頭をポンポンと撫でて
「そうか.......。カノン明日はどこ行きたい?」
と話しを逸らした。

母はその様子を見て
「さてお母さんはご飯の用意用意。」
とキッチンに行った。

下手な芝居の母.......。

僕はスマホで色々と検索した。
「カノン映画行く?じゃあショッピングモールに行って映画見てご飯食べてブラブラしたらいいじゃん?」

カノンは気に入ったみたいだ。
目がキラキラした。

「じゃあ映画はどれがいい?」
と僕は言いカノンにスマホの上映中の
映画を見せた。

カノンは有名なアニメの映画を選択した。

「これ見に行きたかったの。」
と首を傾けニコッと笑った。

僕は上映時間を調べた。
「これなら午前の部も有るしちょうどいいね。チケットは先に購入出来るのを母さんに頼んでおくよ。」

僕はスマホを片手に母の所に行きチケット購入を母に頼んだ。

するとカノンはちょこちょことキッチンに来て
「お母さん。お手伝い。」と
言いニコッと笑った。

僕とは違いいい子だ。

僕は
「ご飯出来たら呼んでよ。勉強してくるよ。」
と言いキッチンから出た。

2人が楽しそうにしてるのを見てスマホのカメラをタップし写真を撮った。

カノンが気付いて
「直己!!止めてよ。」と
顔を赤くした。

止めてよと言われるとしたくなるのは男の性なのだろうか?

僕は更にシャッターを切った。
野中家に笑い声が響いた。

母とカノンが話しながらご飯の準備を進める。

なんて事無いメニューだがまた新鮮な気持ちになるのも不思議なものだ。

そうこうしていると父が帰って来た。
「ただいまぁ。直己、カノンちゃんお土産。

そう言うと有名店のビニール袋に入ったケーキの箱を嬉しそうに見せて来た。

「カノンちゃんお弁当美味しかった。ありがとう。」
と父も御満悦な様子で言い着替えに2階へとあがった。

母はケーキを冷蔵庫にしまった。

カノンが来てから毎日がパーティーみたいな雰囲気だ。
悪くは無いけど。

父が着替え終わりご飯も出来て4人で席についてご飯を食べる。

今日は焼きそばとサラダとチャーシュー丼と野菜スープ。

「いただきます。」

父が言うのを合図にみんなで言う。
みんな思い思いの品を食べる。

「カノン何作ったの??」
「野菜切ったよ!!後焼きそばを焼いた!!」

その言葉を聴いた瞬間。
父と僕との焼きそば争奪戦が始まったのは言うまでもない。
そんなこんなで今日も野中家は平和な1日が過ぎた。

翌日。

朝9時に起床。
下に降りると朝ごはんのいい匂いがして来た。
僕はご飯を食べ身支度をした。
カノンはニコニコとしながら待っている。

これが妹は可愛いというやつなのか。
カノンが来てから僕のキャラが段々と崩壊していってる。

本当の僕はこんなやつじゃない。
悪い気はしないが。

僕は用意を済ませた。

「ちゃんとお金持った?」
母の心配そうな声。

「大丈夫。夜ご飯も食べて来るよ。じゃあ
行こうかカノン。」

僕達は外まで見送りに来た母を背中に2人で
歩いた。

思ってみれば僕はあまり外出をしないので
これは何時ぶりだろうかってくらいでワクワクしている。

僕達はバスに乗りショッピングモールへと向かった。

カノンは外を見つめてまた目をキラキラとさせている。
実に解りやすい子だ。

10分程バスに揺られ僕達はショッピングモールへと着いた。

カノンと中に入り映画館へと向かった。

映画館。

凄く久しぶりだ。
僕は大体レンタルやネット配信で見る事の方が多いので小学生以来だろうか?

2人でチケットを発券しお決まりのポップコーンとジュース。

今の映画は来場特典なんてものが貰えるんだね。
カノンは好きなキャラクターが当たったらしく喜んでいる。

流石はとても人気なアニメ。
僕達くらいの客層が多く午前中なのにほぼ満席。

映画の内容は割愛する。
カノンは声を出して笑っていた。

連れてきて良かった。

僕達は昼ごはんにハンバーガーショップに入った。

2人で映画の感想を言いながらお昼ご飯を食べ終わりどうしようかとブラブラしているとゲームセンターが。

フラフラと2人で入って行くとプリクラが。
僕達世代の女の子達が列を作っている。
カノンはその行列を見ている。
これは.......,。

「カ、カノン撮る?」
「えっ??いいの?」

兄とは大変なものなんだなとこの時僕は心から思った。

「いいよ!!」

カノンが喜ぶなら僕は頑張る!!
心で唱える。
僕達は行列に並んだ。

ハッキリ言おう。
初めてのプリクラだ!!
僕達の番になった。

お金を入れる。

「カノン操作は頼むね!!僕は全く解らない。」

カノンは首を傾けニコッと笑い
「うん!!」

そう言うと機械は何枚かの僕達の写真を撮った。

僕は全て棒立ちだった。
どうしていいのか解らない。

しかし記念にはなったので良しとしようか。

プリクラが印刷されて僕達はそのプリクラを直しふと視線を上げるとクレープ屋さんが向かいに。

流石商業施設。
カノンの目が輝いている。

その見えない順路に僕達は吸い込まれて行った。
カノンは目を輝かしてクレープのサンプルを見ている。

カノンの番が来てカノンが注文。
僕は遠慮しておいた。

クレープ屋さんの横にベンチが置いてありまたそこに僕達世代の女の子達が座り喋りながらクレープを食べている。

カノンもそこにちょこんと座りクレープを食べだした。

ふと僕を見て
「直己食べる??」と差し出した。

そこに女の子達の視線が一気に集まった。

何の罰ゲームですか?
勿論そんな状況で食べれる程僕のハートは強くない。

僕は
「ううん。大丈夫。ありがとうカノン。」
と言った。

カノンがクレープを食べ終わり二人で本屋さんや雑貨屋さんをブラブラとして晩御飯にファミレスに行った。

ご飯を食べて僕達は帰宅した。

カノンが家に来て4日。
初めての外出は大満足で終わった。

カノンが野中家に居ることに皆が徐々に慣れてきた。

カノンが家に来て7日目。
一週間。

僕はいつも通り学校から帰宅し母とカノンと3人で喋っていた。

母が
「そろそろもうカノンちゃん学校に行かなきゃね。」

確かに言われてみればと思い
「じゃあ去年担任の杉山先生に頼めば?
あの先生今校長だよ?」

「えっ??そうなの?じゃあ明日カノンちゃんと行ってくるわ。」

そこでカノンが
「いやこれ以上は迷惑掛けられない。だから学校はいい。」
と言った。

パチーン!!

何が起きたのか一瞬僕は解らなかった。

音のした方を見るとカノンの白いほっぺたが赤くなっている。
その先に母の手が。

そして母はそのままカノンを抱きしめて
「カノン!!私は言ったよね?うちに居る限りはウチの子です。って。カノンもウチの子なの!!ウチにいる限りは!!」

こんなに感情をあらわにした母を僕は初めて見た。
僕は自慢じゃないけどそこそこいい子なので怒られる事は殆ど無かった。

カノンが初めて声をあげて泣いた。

「お母さんごめんなさい」

母は強くカノンを抱きしめて泣いた。
僕はその光景をただただ見ていた。

そして同時にカノンと母の絆が深くなったんだなと僕は思った。

翌日。
母とカノンは僕の出た中学に杉山先生に会いに行ったらしい。

事情を加味して特別にカノンを即学校に入れて貰える事になった。

カノンは嬉しい様で僕に
どんな中学だったのかやクラブ活動などを聞いたり僕の卒業アルバムを見せろと言った。

良かったと思う。

翌日。
カノンが今日から中学に行く事に。
中学の前まで僕と登校。

「カノン!!いってらっしゃい!!」

母の僕の初登校の時の気持ちが少し解る気がした。
僕も学校に行きいつも通りにカノンと母の作るお弁当とカノンから。

そしてまた午後からの授業を終える。

下校。

正門を出るとそこにカノンが居た。

「直己!!」
ニコッと笑い首を傾けるカノン。

夕日で白い肌がほんのりとオレンジに染まったカノン。

僕は少しハニカミながら
「どうだった??初登校は?」
とカノンに聞いた。

自宅に向かいながらカノンの今日一日を聞いていた。

初めて会った一緒に自宅に向かったあの日。

カノンが本当に良く話しをしてくれて僕は
安心している。

そして帰宅し母とまた学校の話しを楽しそうに話すカノン。
父が帰って来てもそう。
本当に良かった。
僕はそんな光景をまたスマホで切り取って行った。

もう少ししたら夏休み。

カノンと勉強したり何処か行ったりそんな事も出来るのかな?と。

しかしカノンの母親は本当にこのままカノンをほっておくのかともやはり僕は気になっていた。
勿論カノンや母や父にはそんな話しはして無いけど。

カノンが来てから2週間.......。

ある日突然の事。

何でもそうだ。人生には告知なんか無い。

毎日カノンは僕の下校に迎えに来てた。
この日はカノンが来なかった。

先に家に帰ったのか?
友達でも出来て一緒に遊んでるのか?
まあいい。
友達が出来たならそれはそれでいい事だ。

僕は1人で家に帰った。
玄関のドアを開けた。

何かおかしい。

開けた瞬間の家の雰囲気が。
中に入る。

恐る恐る。

リビングで机にうなだれ泣きじゃくる母。

のみこめない。
「お母さんどうしたの?」

僕は振り絞る掠れた声で母に尋ねた。

「.......カノンが!!カノンが!!」

「カノンがどうしたの?!」

駄目だ。
心臓が今まで感じた事無いくらいに早く脈打つ。

何がどうなってるのか?
僕の頭の中にははてなしか出てこない。

父が帰って来た。

「優花里!!直己!!大丈夫か?!」

「父さん??どういう事?」
僕は父に尋ねた。

父が母の肩を抱きながら僕に説明を始める。

「カノンは施設に強制的に行く事になった。
今日学校で揉めたらしい。
カノンは私達の前で普通に振る舞ってだけど学校でいじめられてたらしい。
そして私達家族の事を偽善者と罵った生徒にカノンが怒って飛びかかり押し倒して馬乗りになったらしい。
相手の生徒は怪我をして。
カノンはそのまま取り押さえられ事情が事情だけに本当の親じゃない以上母親と連絡が取れない以上カノンは.......
施設に入るしか.......」
そう言いながら父の目から涙。
声は徐々に掠れ母の肩を抱く手は震えていた。

僕は何も言えなくて。
ただ突っ立てただただ突っ立て涙が流れていた。

月日は流れた。
3年の月日が。

あれから半年位は僕達家族は本当に大変だった。
カノンが居て華やいだ我が家は。

僕は澄山大学の学生になり滝川教授の元で日々学んでいる。
ある日同期の森岡が僕に声を掛けた。
「おい!!直己!!これ知ってる?これ今すげー話題なっててさ絶望カノン。」

「絶望カノン?」

「そうそう!!それでさその絶望カノンが言う事聞いてるとお前に当てはまるんだよ。」

そう言うと森岡はスマホで動画サイトを再生した。
それは深夜の番組で街頭インタビューで素人に色々と話をする番組だった。

「!!」

そこに出てきたのは色の白いロングヘアの1人の女の子。

彼女への質問は貴方か1番今までで絶望した事は?

彼女は首を傾けニコッと笑うと3年前のあの頃の話しを始めた。

そして話が終わると司会者達が
「この子凄いわね!!彼女のあだ名は絶望カノンね!!絶望カノン!!」
と言い笑いを誘っていた。

僕は森岡に別れを告げ急いで帰宅した。
「母さん!!母さん!!カノンが!!カノンだよ!!絶望カノン!!」

僕は困惑している母にカノンの動画を見せた。
母は後半涙で見えなかったみたいだ。

翌週。
僕が大学で入ってる文学サークルの新入生歓迎会が行われた。

そこでもやはり絶望カノンの話題になった。
確かに話しの内容やカノンの外見そしてネットでの話題性もあるので皆が食いつくのも無理は無い。
僕は席を立ちトイレに行き帰って来た時だった。

「直己!!」

声がした。
僕は声のする方を振り返った。
そこにはあの動画で見たカノンが。

「カノン!!」

「覚えてて良かった。澄山大学。滝川教授。」
そう言うとカノンは首を傾けニコッと笑った。

野中優花里

雨の中直己がずぶ濡れの女の子を連れて来た。

彼女と思ったらどうも訳ありな子。
帰る場所の無いご飯も食べていない。

私は色々としてあげたいと思った。

旦那が帰ってきたらちゃんと話しを聞かなくちゃ。

親に捨てられた。
私は衝撃を受けた。
私達夫婦は結婚して中々子宝に恵まれなかった。

治療に通い直己がお腹に居るのが解った時私達は本当に喜んだ。

彼女のお母さんが帰って来るまで家で本当の娘の様に暮らして貰おう。

カノンちゃんは本当にいい子。

直己も一人っ子だったから妹が出来たみたいで喜んでる。

カノンちゃんも徐々にうちでの生活に慣れて来てくれてる。

一週間経ちいよいよカノンちゃんを学校に入れるという話が。

カノンちゃんが断って来た。
遠慮してるのも解る。

でも。

私は気付くとカノンちゃんのほっぺを叩いてた。
そして私は泣きながらカノンちゃんを抱きしめてた。

この子には温もりや愛情が必要。
私はこの時初めてカノンと呼んだ。

カノンは声をあげて泣いた。

本当なら手続きや色々あり学校へ行くのは遅くなるのだが校長先生の好意的な対応で早く学校に行く事が出来た。

少しでも早く慣れてくれれば。

.....................。

.....................。

半年。

やっと少し落ち着いた。

あの日の事思い出すと今でも苦しくなり息が詰まる。
カノン。

あのカノンの表情.......。

お母さんって呼んだカノン。

カノン。

カノン.......。

カノン.......会いたい。

あの日カノンと直己を学校に送り出し私は家事をし掃除を終え買い物に行く前に少し休憩をしていた。

チャイムが鳴る。

学校の教師達。
カノンは実は学校1日目からいじめられていた。

そしてこの日私達家族の事をカノンを預かってる事を偽善者と呼んだ生徒にカノンは押し倒し馬乗りになって怪我を負わせた。

カノンは教師達に取り押さえられそのまま会議に。

こうなった以上カノンは子供達の保護施設に。

カノン.......。

ごめんね。
私がもっとしっかりしてれば。
カノン.......。

あの部屋はあのまま。

いつでもカノンが帰って来れるように。

あれから3年の月日が。

早いようで長い時間。
カノンはもう大学生になるくらいだろうか。

どうしているのだろう。

直己が私を呼ぶ。

動画サイト。

私がそこで見たのは動くカノン。
街頭インタビューであなたの絶望エピソードはと言うのでカノンが。

司会者達はカノンの話を聴き絶望カノンとあだ名を。

大きくなって。
あの時よりも綺麗になって。

カノン。

途中から私は動画が見れなかった。

涙でボヤけてほとんど見えないのだ。

カノン。

元気で生きていてくれてありがとう。

動画の最後にカノンはこう言った。

「私は野中カノン。もう少ししたらお家帰るからまたお母さん一緒にご飯作ろうね。」

そう言うとカノンは癖の首を傾けニコッと笑った。

カノン

母親が出ていった。

あの男と。

私は要らないって。

お金も無い。

何も無い。

私は行く所も無くさまよい公園で寝た。

3日後雨の中歩いてたら空き地に辿り着き直己と出会った。

家に連れて行ってくれた。

お風呂に入りなさい。着替えまで用意してくれてオムライスを食べさせてくれた。

直己の母親はとても優しくしてくれた。

お父さんも私をこの家に居ていいって。

この一家の優しさが身に染みた。
居候させて貰えるだけでも本当にありがたい。
捨てる人も居れば拾ってくれる人も。
直己もお兄ちゃんみたいだ。
翌日からの野中家での生活。
家族ってこんな感じなんだ。
なんか心の一部が温かくなり
私の周りの景色は色が付き始めた。

一週間経った。
お母さんに怒られた。
事の発端は私を学校に入れると。
そこまで迷惑はかけられない。
私は断った。
ほっぺを叩かれ抱きしめられた。

初めてだった。

抱きしめられるって心地いい事なんだ。

このままここの家族になりたい。
私は声をあげ泣いた。
あの人が出ていった時も泣かなかった私。

学校に行きだしだ。

転入生。
待ってるのはいじめ。

解ってる。

私にはあの家族が居る。
大丈夫。

我慢が出来なかった。

お母さんお父さん直己の事を悪く言われた。

気が付くと私は馬乗りになっていた。

教師に取り押さえられ別室に。

会議。
私は施設に預けられる事に。

嫌だ。嫌だ。
苦しい。

絶望。絶望。絶望。
絶望。
絶望。
絶望.......。

この世には絶望しかないのですか?

神様は私に絶望しか与えないんですか?

私はお母さんお父さん直己に会いたい。
会いたい。会いたい。
会いたい。
会いたい.......。

施設の私の部屋には絶望と野中一家に会いたいという気持ちだけで埋め尽くされていった。
施設での記憶は殆ど無い。

ただ3年という月日だけが流れた。

大学生に。直己が言ってた澄山大学。
そこに入る事。

何故か私はテレビに出る事に。

テレビであの2週間の話しをしたら絶望カノンってあだ名が付いた。

大学のサークルの歓迎会。
ここに直己が居るはず。
あの横顔。

「直己!!」

直己はびっくりした様子でこちらを向く。

私は彼の顔を見て首を傾け微笑んだ。
絶望カノン 終。

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