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あなたは「国旗」を買いますか 『マイ・チャイルド・レーベンスボルン』をプレイして

最近、スマホゲームの『MY CHILD LEBENSBORN』をプレイした。
きっかけはJiniさんという方のツイートだった。

リリースは2年前で、下記の記事によると非常の評価が高い有名なゲームのようだ。普段、スマホではゲームをやらないのもあってまったく知らなかった。

記事から「レーベンスボルン」の説明を引用する。

Lebensbornはナチスドイツがユダヤ人排除と並んで進めていたアーリア人の児童扶助を目的とした施設だが,ノルウェーではドイツ人よりも純粋なアーリア人とみなされたノルウェー女性とドイツ人男性の混血が奨励された。約8000人の混血児がが生まれたが,戦後には迫害の対象となっている。

Wikipediaにもっと詳細な解説があるのでご興味があれば。

ナチス関連の書物は幅広く読んできたので、「純粋なアーリア人」という虚構のために進められた「生命の泉」計画については一通りの知識があるつもりだった。
だが、戦後のノルウェーで迫害問題があったのは、恥ずかしながら知らなかった。

史実を追体験する教材

プレイヤーは「レーベンスボルンの子ども」の1人を養子に迎え、一緒に生活する。
広い意味では育成ゲームの枠内に入るのだろうが、力点が置かれているのは歴史の暗部を追体験することだ。
その重みはクリア後によく分かる。見事なエンディングだ。

素晴らしいゲームだが、率直に言ってプレイは心理的にかなり辛い。
期待を膨らませて学校に通いだした子どもは、理不尽な差別やいじめ、虐待によって追い詰められていく。
プレイヤーは低賃金の仕事で日銭を稼ぎ、子どもに食べ物や身の回りのモノを与え、お風呂に入れ、身だしなみを整える。
理不尽な境遇に戸惑う子どもに適切な言葉をかけ、時間をやりくりして一緒にお絵描きや外出をしてやらないと、信頼関係が築けず、子どもは心を閉ざしてしまう。

私は最初に男の子を選択してプレイした。
一応、(ハッピーとは言い難いが)グッドエンディングにこぎ着けた。
そして、思うところがあって、すぐに女の子を選んで再プレイした。

ある「実験」をしようと思ったからだ。
この投稿はその顛末を記すために書いている。

以下、支障がない範囲内だとは思うが、若干のネタバレを含む。
もし先にプレイしたい方は以下のリンクからどうぞ。クリアには数時間かかる。

iOS版

Andoroid版

Jiniさんのレビューのリンクはこちら。

「国旗」をほしがる子ども

プレイが進むと、あるイベントをきっかけに子どもが「ノルウェーの国旗」をほしがる。いつも食料品を買う商店の棚に、国旗が入荷する。
数日分の食費に相当する価格で、買うためには節約や「残業」が必要だ。

国旗を買うか、買わないかは、完全にプレイヤーの選択に委ねられる。

私がひっかかったのは、この国旗だった。

国旗以外にも、ゲーム中、何度かプレゼントを与える機会がある、
それは、安易だが、幼い子どもと信頼関係を築く有効な手段になっている。
少し違和感を感じながらも、初回プレイでは国旗を買うことにそれほど躊躇はなかった。

購入後のイベントで、こんな画像が表示される。

画像1

スマホ画面いっぱいのこの絵を見て、小さくくすぶっていた違和感が急激に膨らんだ。
この画像は、子どもの成長記録をファイルする「アルバム」に残る。

このゲームでは、プレイヤーは歴史的経緯や当時の記録を「手紙」や日記、新聞報道の形で学べる。
そこでは繰り返し、戦後のノルウェーでドイツ人の血を引く孤児たちが虐待された歴史はナチスと同じような論理に立った愚行だったと示される。
人間には「人種」などを基準とした優劣があり、不良分子は社会から抹殺されるべきというのが、ナチスの喧伝した優生学だった。
ノルウェーでは、同じ論法が「レーベンスボルンの子ども」に向けられた。
「邪悪なドイツ人」はもちろんのこと、そのドイツ人との子を産んだノルウェーの女性たちも「知性が劣る裏切り者」であり、両者の子どもをノルウェー人として受け入れるべきではない--そんな考え方が、罪もない子どもたちに向けられた。

この「ナチズムとの相似形」という構造と「アルバムの1枚」が、国旗に対する違和感を生んだ。

画像を再掲する。

画像2

この絵から、たとえばリンク先の写真の中で旗を掲げる少年のような映像を想起するのは、さほど奇異ではないだろう。

国旗を手にした「わが子」が手をつないでいるのは、数少ない味方となってくれる教師であり、「中身」はヒットラーユーゲントとはまったく違う。

だが、歪んだナショナリズムや「愛国心」の犠牲者に、アイデンティティーの象徴として国旗をもたせることには、なんとも言えない違和感が残った。
違和感は国旗が繰り返し登場するたび、膨らんだ。

画像3

画像4

(上の2枚は再プレイの「女の子編」のもの)

プレイした感触では「国旗」や「ノルウェー人として自覚」を促すことは、子どもの精神的な安定、信頼感の醸成にプラスに働くように作られているようだった。

「もし、国旗を買わなかったら、どんな反応を示すのだろうか」

すぐに再プレイしたのは、この仮説を検証したいという気持ちがあった。

だが、実際には「国旗を買わない」という選択はできなかった。
信頼の糸が切れてしまうと、子どもは食事や入浴、あらゆる接触を拒むようになる。
ゲームとはいえ、過酷な運命にさらされている子どもが失望すると分かり切っている行為は犯しがたい。
2回目のプレイが「女の子編」だったのも、3人の娘を持つ親として「実験」と割り切るのを難しくした面があったかもしれない。

結局、再プレイも「国旗アリ」で進み、イベントやストーリーを把握できていたのもあって初回より良い状態でラストを迎えられた。

「これはこれで良かったかな」と思いつつ、「アルバム」の1枚にはやはり違和感が残った。

画像5

「たかがゲームで大げさな」と思われるかもしれない。
たぶん、考えすぎなのだろう。

それでも、おそらくもう1度プレイすれば、私は再び「国旗」を買い、それに違和感を覚えるだろう。

皆さんはどんな選択をして、どう感じるだろうか。
ぜひ、多くの人にプレイしてほしいゲームだ。

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