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いのちを預かるドライバーとして

 ちょっと思うところがあって、いつもとは雰囲気が違う投稿をします。

 わたしは普通自動車や中型二輪免許を所持し、日常的に自動車の運転をしています。何度も擦ったりぶつけたりといったことをしてますが、子どもを乗せて遊びに行く時はもちろん、わたし一人の時も、他者の「いのちを預かっている」と胸に抱き、運転しています。

 「運転免許証」は、人の命を簡単に奪えてしまう自動車という凶器の取り扱いについて、公に認められた証です。道路交通法といったルールの理解や運転技術の習得、万が一の事故時の対応といったものや自動車そのものの取り扱いなどに対して、一定の水準を超えたと判断されると手に入れることができます。つまり、ルールに則れば凶器を扱って良いですよと国が認めた人に交付されるということです。

 前置きが長くなりましたが、大好きな友人がお世話になった方のご家族に不幸がありました。原因は、ながらスマホによる脇見運転をしていたドライバーからの交通事故被害でした。加害者は事故当時に在籍していた新潟の運送会社の業務で関越自動車道を走行していました。その際、加害者はスマホで漫画を読みながら運転していたそうです。その結果、速度がぐんぐんとあがっていることや前を走る被害者のオートバイに気がつかず速度超過により追突してしまいました。

 では、被害者はなぜ後ろを走る速度超過の車に気づかず、避けられなかったのか?と思う方もいるかもしれません。正直そんなことは関係ありません。加害者が運転免許証を所持している人物として的確な運転が出来ていれば、今回のような痛ましい事故は発生しませんでした。
 前述の通り、自動車は凶器です。運転免許は、その凶器をルールに則れば使っていいよと認められたから交付されているのです。
 事故当時の加害者は、ながらスマホで漫画を読みふけりながらの運転という、道路交通法や社会通念上のルールから逸脱したことをやっていました。また、加害者は事故当時に勤めていた業種は運送業であり、貨物運搬で利益を得ているため事故車のナンバーは緑色です。いのちを預かると同時にお客様の荷物を預かる仕事です。そんな緑ナンバーを運転するドライバーは、所属する企業の代表であるとともに、一般運転者の見本となるような運転をしないとなりません。免許証が一種であるか二種であるかは関係ありません。

 スマホは便利で楽しい道具です。扱える情報の多さから、今までのケータイ以上に注視してしまいます。通知がくるとついつい画面をみてしまうかもしれません。しかし、同乗者や周辺を歩いたり走行したりしている同乗者以外、被害者・加害者の家族や知人も含めて、ドライバーはいのちを預かって運転していると認識する必要があります。運転することを認められているということは、いのちを預かる責任が伴うことなのです。
 運転中にスマホやケータイ、その他の器具を操作する必要ありますか?本当に運転中に操作しないとならないんですか?わたしには必要であるとは考えられません。

今回の件で、わたしも改めて気を引き締めて運転に励みたいと思います。この記事をお読み頂いたあなたも、運転について考えていただけたら幸いです。

事故に関するニュース記事:
https://www.ohbsn.com/m/news/public/detail/mode/kennai/cd/11651516/

#ながらスマホ #歩きスマホ #交通事故 #スマホ #運転 #いのち


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