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葉山漁師書体ができるまで

長年住んでいる葉山で、友達の漁師が新しい漁船を手に入れたと聞き、その船体に船名を書かせてくれとお願いました。そして書体を考えて、実際に漁船にペンキで文字を書くところまで、プロセスを書いてみます。

まず下見に行くと今までの船(向かって左)より大きい漁船が漁港にありました。まだ名前は書いていないのでのっぺらぼう。

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子供の頃、白い紙を見ると絵を描きたくなっていたように、この船に文字を書けることにワクワクしました。船の近くに行って実際に文字を書くシミュレーションをしてみましたが、船体の前の方は思いのほか傾斜があり、しかも3次曲線になっていてどうやって書いたらいいのかすぐにはわかリませんでした。周りの漁船も参考までに見たところ、シールを貼っているものが大方。船用のシールの情報も調べていましたが、ペンキで書いた方がなんとなく風合いもいいし、船に気が入る気がしていました。子供の頃、自転車を買ってもらった時に自転車屋の親父が筆とペンキで達者な筆遣いで僕の名前を書いてくれたシーンを思い出して。

船は両面(右舷と左舷)に名前を書く必要があり、ということは勢いで手書きで書いてしまうと同じものが書けない。やはりきちんと下図(版下的なもの)を作ってそれを両面にトレースしてペンキで仕上げた方が良いと考えました。

最初は既製のフォントを探してみました。

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友達の漁師は女性ということもあり、柔らかい印象のものも選んでみました。もちろん漁師らしい筆の勢いを感じる書体など。ただ、なんとなくどれもピッタリこない。しばらく放置していましたが、どうせ書くならオリジナルの書体ができたらデザインとしても発展性があるかなと思うようになりました。

この紙との出会いは大きい。

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何かを書くときにどういう紙に書くかは迷うところです。上質な紙に書くと、気負いが入ってしまいカッコつけたくなります。かといってチープな紙では書いたり消したりしているうちに破れてしまいます。この紙は湘南 蔦屋書店の中にある雑貨屋さんで手に入れたもの。描き心地が滑らかで、薄いけど丈夫な紙。消しゴムでの消えもいい。そこでこの紙を3枚繋いだところ、ちょうど原寸で書ける感じになりました。調べてみると船の文字の天地は10cm以上必要(総トン数20トン未満の漁船では、船首両舷の外部に船名を見やすい場所に、それぞれ縦、横10㎝以上の大きさで標示)ということだったので、船体とのバランスを考え15cmにしてみました。

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これは最初の頃のスケッチです。原寸で書いていくので余計なことを考えないですみます。(Macで書くと大きさをいつも想像しなければいけません。)また、手で書いて消すの繰り返しで、段々と理想の書体に近づけていけます。予備校の時にやったデッサンのように。

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文字を書きながらこの字が大切にすべきことを言葉にしました(コンセプト)。後で大切なことが失われないようにするためです。それは「素直・勢い・太く」です。筆運の跳ねや払いが強い文字は漁師らしい勢いを感じますが、友達の漁師は今までの漁師のイメージと違い、フランクで明るくて優しい人でしたので、素直な文字が良いと。それでもやはり漁師ですから「勢い」は必要で(生きのいい感じ)、さらに船に書いた時にひ弱にならないように「太く」を自分に言い聞かせました。細い文字の方が個性を出しやすいのですが、そういうところに入り込みやすい自分をリセットしたかったのです。

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本番前に下書きを持って船のところに貼ってみました。大きさはいいか?雰囲気はいいか?など、シミュレーションです。文字の形や大きさは良いのですがやはり船体の傾斜やカーブが思いの外きついことがわかりました。課題1。

また、下書きを船体にトレースする際に、紙の裏から濃いめの鉛筆で書きカーボン紙のようにしたのですが、いざ書いてみると船体の白いペンキの上には薄くしか乗らず、これでは実際にペンキで書く時に苦労するなと感じました。課題2。

「第」の字は友達のデザイナーからの助言もあり、バランスをとって略字にしました。

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そんな時に入った100円ショップで、このサンノートのカーボン紙に出会いました。ゾルタイプで手が汚れないという特徴が書かれていましたが、試してみるとノリが強くはっきりしており、理想的なものでした。

文字を書くペンキは下地が油性ペンキだったので油性が良いことがわかり、近くの塗料屋さん(ニチモサービス)を訪ね、なるべく簡単で使い勝手の良いものを選んでもらいました。ロックペイントの油性ペンキです。

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いよいよ本番当日は天気も良く心配していた風もほとんどありませんでした。まずは予定した場所にマスキングテープをガイドとして両舷に貼りました。そして右舷から下絵を貼っていきました。船名が見た目にまっすぐ見えるように一文字ずつ文字をバラしてテープで貼っていきます。初めに貼ってみると右の方の「花」や「丸」の字が傾斜のきつい部分に当たってしまい読みにくいなと。右側が少し下がるように下絵を貼り直しました。この作業が一番難しいと思っていたので、慎重に何度もやり直しました。

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先程のカーボン紙を下絵の中に入れ上からボールペンでなぞるとはっきりと輪郭が描けました。文字の位置を微調整した分、ガイドのマスキングテープより文字の右の方は下がっているのがわかると思います。同じ作業を左舷側も行い、一番難しいと思っていた作業が終わりました。ここでお昼休憩。友達が作ってくれたおにぎりをいただきました。

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午後からはペンキの作業です。先程の油性ペンキをペイント薄め液で伸ばしちょうど良い粘度・筆滑りの状態にして塗っていきます。筆は細めの面相筆一本。全てフリーハンドです。体制も取りにくいし、この距離はメガネが合いません。でもペンキのタレがなく扱いやすかったので無事に塗ることができました。残り僅かになった時に友達の漁師さんにも自ら筆入れをしてもらいました。自らの気が入るように。

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自分からやってみたいと言ったのに、色々な課題が出てきましたが、色々な人の助言もあってなんとかやり切ることができました。デザインというと大量生産、マスマーケティングのイメージがありますが、こういうものもデザインのノウハウを使うことができますし、やり遂げた後には新しいノウハウも蓄積されます。僕はこの書体を「葉山漁師書体」と命名しました。フォントメーカーの方、一緒に製品化しませんか?

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・第三桜花丸 神奈川県葉山真名瀬漁港 ・畠山晶さん ・2021.3.15

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