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畢飛宇「大雨如注」『人民文学』2013年第1期

  《2013中國短篇小説排行榜》百花洲文藝出版社,2014,pp.1-17(原載『人民文学』2013年第1期) 著者の毕飞宇ビー・フェイユウ は1964年生まれ。出生は江蘇省興化市。揚州師範学院卒。現在は南京大学教授とのこと。この小説は登場人物一人一人の心の動きをよく描ききっている。

  師範大学の菅道工の大姚(ダーヤオ)には、不釣り合いな娘がいる。大姚は娘のことをお前の子じゃないだろう、とからかわれると、怒りもしないで突然変異(轉基因)じゃないの、と答える。中国将棋ができて、英語の署名が上手で、切り紙ができ、数学が得意で、だが特に英語ができる。ところで大姚は菅道工だが、今日、教授と管道工に区別があるだろうか。ありゃしない(似乎也沒有。)。大姚は、大学の女子トイレで出会った米国出身の留学生ミシェルに、娘の英語の家庭教師を依頼した。大姚は小学校を卒業して中学生になる娘の姚子涵の英語力をすごく高いと思っていたが、テレビで中学生の英語競争番組をみていて、姚子涵は英語好きのレベルで、実践で使いこなすレベルにないことに突然気づいたところだった。大姚が子供の英語の教育に熱を上げるのには理由があった。彼の父の老姚は都市の発展を見越して、子供に都市に住居を移すことを許さず、地元に住居を一つ二つと建設。それを死守。それが結局大きな財産になった。師範大学の移転による土地買収で老姚は巨額の資産をえたのだ。老姚は財産を息子にすべて残すとともに、それを隠して働くことと、息子の子供にも財産のことは隠すこと、そうすれば子供(孫)をアメリカに送ることができると息子に言い残した。大姚は老姚の思いを実現しようとしていた。

 それは姚子涵が小学校を卒業して中学に進学する前の夏休みのこと(中国では秋から新学期になる)。ミシェルの家庭教師がしばらく続いたあとのことだが、夜、姚子涵は民族舞踊を習っていた。
 姚子涵は、夏休みが始まると断固、民族舞踊のクラスへの母親の付き添いを断り一人で自転車ででかけた。彼女の気持ちは不満であふれていた。彼女は本当は西洋ダンスを習いたかった。古筝(グーチェン:民族楽器、弦楽器の一種)を習わされていることも、素敵だとは思えなかった。貧乏だから、ピアノは買えないと。でも本当の不満は、彼女は、自分の両親が元農民に過ぎず、その両親が住んでいたところに師範大学が移転してきて、大学で働く職工になったことを知っていた。彼女の自分を卑下する気持ちはそこから来ていた。
 舞踊の授業が終わり、仲間の一人の男の子と数分の談笑を楽しみながら、自転車を押して歩き、十字路で別れようととしたとき、大姚夫婦が彼女を待っているのに、出くわせた。姚子涵は怒りを爆発させた。迎えにこないでって言ったのに、と。姚子涵と大姚は口論になってしまった。

 夏の暑い日、ミシェルは姚子涵とサッカーをした。天気は不順だったので大姚夫婦は姚子涵の外出に乗り気でなかった。最初は雲があって蒸し暑い程度だったが、やがて激しい大雨になった。ミシェルと姚子涵の二人は大雨の中でびしょぬれになりながら、心の中の親への不満を大声でぶつけあった。
 しばらくして古箏の練習中に姚子涵は気を失って倒れた。その後、高熱が続いた。半分昏睡し、食事を吐いてしまった。精密検査の結果、脳炎の発症が大姚夫婦に告げられた。
 姚子涵の昏睡は1週間続き、さらに一週間は持たないかもしれないと医者は宣告した。
   ミシェルは大姚の家の前から事情を聴こうと一度電話を入れたが、もう電話をしないでくれと大姚に告げられてしまった。
 昏睡が始まって8日目の午後、姚子涵は目を開けた。彼女の口から出る言葉は、大姚には理解できない英語だったが、それは実は外国の会社で働いている場面でのボスへの謝辞であり、英語のスピーチコンテストでの審査委員への謝辞だった。大姚は、先生(醫生)と大声で叫んだ。もし輸血が必要なら、自らの血管をつなぎ、自身は枯れはてても悔いはなかった。

    なおリーズ大学のサイトに中国語と英訳があったので以下に張っておく。
    大雨如注(The Leeds Center for Chinese Writing, University of Leeds)
 以上のお話しのなかで、気になるのは土地買収で老姚が、土地買収で巨額の財産を得たとする下り。中国では、土地買収で農民は不利な立場に置かれるとの情報が多いからだ。以下を参照。柴见『 看见』 2013年1月

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