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船の進水は完成ではない。

船の一生でまずどの時点で生まれたというのか、どの時点で完成した(完工した)というのか。船に関わる人には常識だろうが普段船に乗らない、乗ったことがない人もいる。そんな船に馴染みの無い人からすればどうやって船が作られるのかは知る由もない。ましてどんな工程で船が出来上がるかに至ってはそんなこと知るか!?ということになるのではないか。そう感じたのは船の進水がイコール船の完成だと誤解している人がいると知って少しショックを受けたことによる。

陸上の生活では船を目にすることはあまりない。湾岸で遠目に船の航行を見るのが関の山だろう。まして船に乗るとなれば短い距離の渡し船なら日常的ではあるが瀬戸内や離島などの限られた地域にしかない。フェリーならもう少し全国に航路があるにはあるが利用者は限られている印象がある。スピードの時代、東京に出張で遠距離でも飛行機で日帰りが当たり前になった昨今ではフェリーを利用する機会は移動費を抑えるとか目的地への利便性などを考慮する場合を除くと乗船するインセンティブがあまりないとしても不思議ではない。

船の一生で始まりはスチールカットから始まる船体の材料である鋼鉄を鉄板の状態から切り建造が始まる。次のイベントとしては起工式。進水台、もしくはドックで船底であり人間で言えば背骨にも当たるキールを据え付ける。起工式の後は進水台上あるいはドックの中で船の本格的な建造が始まる。船は受注生産で同型船の例外を除いて船毎に設計する。その設計日程においてこの起工式の日は重要かつキーポイントになる。この起工式の日から○日前までに設計図面を出図して製造部門に提出することが建造日程を守る重要な管理項目になる。(○日は船の種類や設計担当者の人数など様々な要因によって決まる。また、図面も何千枚、何万枚とあり基本船の下の部分から早く図面が必要になる等これも一概に言えず様々である。)

船の形が外見上出来上がったところで進水する。初めて船を浮かべる建造中で大きなイベントである。進水台の上を滑る進水式は何度見ても胸が踊り感動する。これに対しドックの中での進水式は視覚的にアクティブでないためあまり印象に残らない。「船が浮いた。」ただそれだけ。(建造に携わる立場の人からすれば船底や船体の水密性を確認する大切な作業があ流のだが。)ただし、進水段階で船が完成したわけではない。家の建築で言えば棟上げの段階に近い。家の構造は出来上がったが家の中はこれから工事するのと同じ。

進水した船は岸壁に係留される。ここから艤装という作業工程が本格化する。進水前から艤装は始まっているがその作業が本格化するのがこの段階だ。家の建築で言えば骨組みや壁は出来て中の配管や配線、内装を施工する段階と同じである。家と船とが違うのは家は必要な電力や水を外部から引き込み使うのに対し船は船内で電力を自ら生み真水も海の塩水から作る必要があることだ。艤装においてはこの電力や真水(清水と呼ぶ)を生み出すプラントを立ち上げる工程が含まれる。スクリュー(プロペラ)を回す主機のプラントも同様にこの艤装期間中に作られる。

艤装が終盤になり船の完成が近づくと海上運転が行われる。初めて船が岸壁を離れ自力で海上に繰り出す。プラントの立ち上げ、調整、試験、性能確認など一連の作業が行われる。船の基本的性能であるスピードを計測するスピードテストも行われる。燃費も同時に計測される。商船において必須の船の保険を掛けるための船級試験の一部このときに受け承認を取る。

海上運転で各種試験を無事パスして船を問題なく動かせることが示せたら仕上げをして船は完成する。完工という。完工したら船をお客様に引き渡して事実上船の運航が始まる。

完工して造船所の岸壁を離れ処女航海に向かう船を見送るのは感慨深いものがある。船の無事を祈りながら一方でひと段落終えたという安心感に一瞬浸れる。(でも次の仕事が待っている。)

最初の命題。船が生まれるのは進水の時である。完成はしていないが初めて海に浮かぶときが生まれるときである。その後の艤装の完成をもって自力で洋上を走ることが出来る様になるので進水をもって船の誕生とするのは至極当然かなと今書いていて思う。

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