徳岡孝夫 米国ワシントン州(シアトルがある)では、女子刑務所で面白い実験をしている

米国ワシントン州(シアトルがある)では、女子刑務所で面白い実験をしている。服役中の受刑者に犬の訓練をさせるのだ。

一方に、増えすぎた犬を受け容れられる種律施設がある。引き取り手があればよし、ない犬は「処分」する。一方に「塀の中」で希望のない日々を送る女たちがいる。麻薬を売って捕まった女性は、また麻薬を売ること以外に生きていく道を知らない。仮釈放されると、すぐ元の「職業」に戻る。その二つを結び付ければ、希望のない女性にも希望がわくかもしれない。そう考えたのが発端だった。

始めたのは19年前である。おすわり、お手、行けの訓練から、だんだん高度な動作まで、種類によってはどんどん進歩していく犬がいる。盲導犬、全盲でなくても杖を突かなければ歩けない人のための犬など、訓練を受けた犬は社会の役に立つ。

盲導犬1頭を育てるには、塀の外なら5000ドル(50万円強)かかる。受刑者がやれば25ドルで済む。しかし問題は、コストの高い安いではなかった。

犬を訓練して育て上げるには、人と犬の間に心の通い合いがなければならない。頭を撫でてやる。お腹を掻いてやる。ブラシを当ててやる。人間の赤ん坊を呼ぶのと同じように「おいで」と呼んでやる。つまり無条件の愛がなければならない。

女子受刑者の多くは、塀の外に我が子を置いてきている。愛を塞き止められた状態で、せつなく刑の明ける日を待っている。

犬は思いがけず、子に代わって彼女らの愛を受け止めてくれた。そして、犬を飼った方ならご存知だろうが、犬は愛されれば愛を返すのである。誰にも愛されず、誰を愛することもなく暮らしている受刑者にとって、こんな嬉しいことがあるだろうか。やさしい心を持てることほど、人間にとって幸福はあるだろうか。

実験の結果は驚くべきものだった。試みはニューヨークを含む10以上の州に広がり、女子刑務所はいまや盲導犬の犬養成センターになった。

ワシントン州では、独房の中で犬と寝ることを許している。759人の受刑者のうち、9人が犬の訓練をしている。19年間に75人。犬が足りないから、希望者は多いが、それ以上は増やせない。訓練は、基礎的な段階だけで12週かかる。犬の訓練をした女性で、出所後に再び犯罪に走る累犯者は、今のところゼロだという。

徳岡孝夫 「ニュースひとり旅」

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