裁判員制度で死刑が増える?

森 ちょっと古いけれど、長崎市長殺害事件の死刑判決(長崎地裁・2008年5月)について藤井さんは、どう思いますか。

藤井 判決の理由で、「民主主義に対するテロだ。暴力によって、選挙活動と政治活動の自由を永遠に奪い、有権者の選挙権の行使も妨害した」というふうにあったけど、そんな、「被害者が市長だから許さんぞ」という理由は、僕は間違っていると思う。人の命に優劣があるのかという話になります。光市母子殺害事件の被害者について「被害者は1.5人」とブログで書いて炎上した。あの青山学院大学のバカ教員と同じでね。

森 被告が誰かほかの候補者を応援していて、その人を当選させたいがために視聴を売ったのであれば、確かに選挙テロといえるかもしれない。単なる怨恨なのに、テロという言葉をつければ罰は五割増し。裁判官が民意と結託して死刑を量産するがための劣悪な判決です。

藤井 それはまったく同意です。

森 そういった劣悪な判決がここ数年で頻発している理由は、光市判決も含めての最近の判例が、死刑判決のハードルを押し下げたからという印象を僕は持っています。

藤井 死刑判決が妥当かどうかは別に議論が必要だと思うし、光市事件判決が間違っているとぼくは思いませんが、死刑判決を裁判官が各理由がひろがったという意味でそう思います。長崎の判決は、もし当時、裁判員制度があったらどうだったろうかと考えます。裁判員が判決文を見て、「この一文はおかしくない?)と健全な市民感覚の方へ戻せるかどうか。

森 その場の雰囲気がある。しかも一般の方でしょう。断定はできないけれど無理だと思う。元厚生省の高級官僚が連続して殺傷されたときも、事件発生の新聞紙面の見出しは殆どテロでした。テロのインフレ。とても危うい状況です。このときメディアに「これはテロである」との言明を最初にしたのは、小沢一郎民主党代表(当時)の秘書が逮捕されたとき、「自民党には捜査は及ばない」とオフレコで発言して問題になった漆間巌(うるま・いわお)官房長官(当時)です。彼の前職は警察庁長官。防衛庁に出向していた時期もある。つまり危機管理を煽る立場。脱力するほどわかりやすい。

藤井 かつては江藤新平が日本の裁判と処罰のあり方を根本的に変えたときのように、明治までは「お上に逆らったやつはこうなるぞ」と見せしめ的に殺してしまいました。その体質がいまでも残っていると考えたほうがよいのではないですか。権力に逆らったりえらい目にあうぞということが、厚生官僚事件のときの騒ぎ方を見ても思います。
光市判決以前から、死刑判決の基準が一つであった「永山事件」の解釈がかなり変わってきていたと思います。悪質性というものを重視する傾向です。人数とか加害者の年齢とかではなくて、裁判官が何をもって悪質だというふうに認定するかというのは、それはある意味で「市民社会」に近づいてきたと言えると思う。
森さん、僕は過去に出した著作等では「裁判員制度導入で死刑が増えるんじゃないか」っていう予測を出しましたが、そこはどう思いますか?ぼくはいま、ちょっとわからないです。

森 宮崎哲也さんは、減るんじゃないかっていってます。これまでは概念化されていたことで簡単に口にできた死刑や執行などの言葉が、目の前で実際に被告を目の前にすることで、簡単には口にできなくなるんじゃないかとの予測です。それはあるかもしれない。でも情緒がこれまで以上に刑事司法の場に影響することは確かだから、これらの要素のプラスマイナスがわからない。

藤井 そうですね。

森 一つだけ確かなこと。ぼくや藤井さんは明らかに損をします。

藤井 損?

森 外見がふてぶてしいから。

藤井 内側はとてもナイ―ヴなんですけど・・・・・・。

森 それはお互いさま。でもふたりとも、見た目はかなり悪人面です。それは認めないと、そこで判断されると思う。こいつは絶対に死刑だって。

藤井 ダメですね。

森 コンビニ強盗で死刑判決も下されるかもしれない。だからお互いに、犯罪に手を染めるなら、その前に整形手術をして、少しでも端正にしとかないと損すると思う。

藤井 森さんが着てるようなジャージで出廷したら絶対アウト。

森 その段階で法廷侮辱罪ですね。僕にとって普段着なのに。冗談はともかく、宮崎さんが言う抑止力もあると思うけれども、同時に情緒に流れる部分も間違いなくあるし、このプラスマイナスについては、僕もまだ読めないです。でもここは強調したいところだけど、やってみなければわからないというような要素があるものを、絶対に現実のシステムになどすべきではない。しかも人の命にかかわることで。

藤井 裁判員制度をめぐっては「人権派」の中でも、「有罪率が減る」とみる賛成派から、「現代の徴兵制だ」と猛反発する人まで割れていますよね。大事なのは99.9%という有罪率です。それは下がると思いますか?上がると思いますか?上がるというより現状維持かな。さきほども言いましたが、裁判員の模擬裁判などでは裁判官が、有罪の心証そのものに疑義をもって証拠開示を提案したりしています。

森 わからない。99.9%の有罪率というあり得ない状況が示すことは、裁判所と検察庁がほぼ一体化しているということですよね。この二つの組織の間では人事交流も活発だし、そもそもは同じ国家公務員だし。その構造や意識が、裁判員制度で変わるとは思えない。ただし、検察の暴走が多少は抑えられると予測する人もいます。できるだけポジティブに考えたいとは思うけれど、今のところはポジティブに考えられる要素がない。

森達也・藤井誠二「死刑のある国ニッポン」

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