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日本では学歴の意味がなくなる

今日のおすすめの一冊は、成毛眞氏の『2040年の未来予測』(日経BP)です。その中から「新しいテクノロジーが登場したとき、多くの人はそれに反対する」という題でブログを書きました。

本書の中から「日本では学歴の意味がなくなる」という興味深い一節があったのでシェアします。

日本では、これから2040年に向けて、学歴の価値は下がっていく。そもそも世界的に見ると、日本はもはや学歴社会ではない。受験制度も私が学生の頃と大きな枠組みは変わっていないし、国際比較すると日本の教育水準は大幅に低下していることがわかる。
OECDの加盟36か国の大学進学率の平均は58%だ。対して日本は49%にとどまり、下から11番目だ。別に大学に進学しようがしまいが個人の勝手だが、バブル崩壊の処理に追われている間に、世界から日本が取り残された現実は覚えておいた方がいいだろう。大学生が勉強しないのも同じだ。大学生の平均学習時間は小学生よりも短いという統計調査もある。
なぜ勉強しないかというと理由は簡単で、勉強しようがしまいが、大半が入社する企業での処遇がほとんど変わらなからだ。アメリカでは大卒と博士課程修了者は初任給が約5割違うが、日本の場合、よくて2割程度だ。学生にしてみれば金も時間もかけようと思わないだろう。むしろ、理系ですら博士まで進学すると給与があがるどころか就職口も減るのが現実なので、誰も進学しようとしない。
結局、多くの人が大学に行こうとし、熾烈な受験戦争まで起きたのは、大学にいくことが就職するためには必要だったからだ。日本は戦後長い間、右あがりの成長を続けた。「いい会社」に入ることができれば安泰だったのだ。
もちろん、大学に行かなくても就職口はあったが、安定して高い給料がもらえる「いい会社」は競争率が高かった。そして、なぜそこで競争が起きたかというと、大企業の席が少なかったからだ。つまり、人口が増え続けたから、「いい会社」の採用枠に対して応募する学生が圧倒的に多かった。大勢の中から少数を採用するため、企業は採用基準を設ける必要があった。それが学歴だった。
だが、少子化が進んだ今、若い人の人口が減り、売り手市場になった。学歴が持つパワーは、就職戦線でかつてほどはなくなってきている。これからはなおさらだろう。2040年には、18才の人口は今と比べて8割にまで縮む。そもそも、企業側の、学歴に基づいて大量採用して、そこから優秀なヤツが育てばいいという旧来型の採用モデルは現在でも破綻しつつある。学歴があればどうにかなる社会は、完全に過去のものになる。
就職に学歴が関係なくなるのだから、これからは、親も子どもに、それぞれが好きなことを見つけて、好きな仕事や自分の人生を創造する後押しをしてあげるべきだ。学校や塾も行きたくなければ行かなければよい。代替え案としてオンライン教育が整備されるのは間違いないのだから、さまざまな理由での不登校児も増えるだろう。

落合陽一氏は、学校という概念が変わりつつある時代の新しい大学像についてこう語っています。

今、世界中から最も注目を集めている大学の一つ、アメリカのミネルバ大学は、教室を持たず、講義はオンラインで行われています。その独特な教育理念と、世界7か国のキャンパスを移動して行われるアクロバティックなカリキュラムが特徴の新設大学です。この大学が目指しているのは、さまざまな課題を解決するために必要な「思考法」を身につけること。つまり、知識を教えるための大学ではなく、「考え方」を教える大学なのです』。
ミネルバ大学は、ハーバード以上の難関大学と言われ、世界のエリートが今一番入りたい大学だ。新設大学ながら、初年度には98か国1万1000人以上の応募があり、その合格率は2.8%という狭き門だった。授業はすべてオンラインで、学生は1年間はサンフランシスコで共同生活をするが、それ以降は半年ごとに、ロンドン、ベルリン、ハイデラバード、ソウル、台北、ブエノスアイレスに移動することにより、人脈や経験を増やしていく(残念ながら日本はパス)。(0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書・/小学館)

日本の学校教育は戦後、大量生産の時代に、工場で効率よく製品をつくるための人材が必要でした。自分から発想するというより、従順で、上からの命令に従って効率的な工場運営ができる人達を大量生産し、それが現在まで続いています。時代は、今「自ら考える」ことの重要性が大きく叫ばれています。学歴の意味がなくなる、と言われている日本。発想を柔らかくして、時代の変化についていきたいです。

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