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『「夏休みの約束」~「ライトスクール」で友達の秘密を探ろう大作戦』<3>

★この物語は「図書室のない学校」シリーズ第3弾です。(語り・芥川先生こと柳木陽多)★

 おかしい。夏休みが終わって1ヶ月も過ぎたというのに、春音くんの様子がおかしいままだ。クラスのみんなも先生も春音くんの変わり様に驚いているけれど、あの春音くん、本当にボクの知ってる春音くんなのかな。顔や容姿は変わりないけれど、どうも別人に思える…。みんなあの子が本当に春音くんだって信じているのかな。

 春音くんはボクの唯一の友達だ。春音くんの方はどう思っているか知らないけれど、少なくともボクは春音くんのことを友達だと思っている。将来作家になりたくて、ひとりで黙々と物語を書いていたら、春音くんが声を掛けてくれた。「ボク、本が好きだから、陽多(はるた)くん、良かったら書いてる作品読ませて。」と言ってくれた。うれしかった。「好きなモノ感想文」に自分の作品について自分で感想を書いても、ほとんどの人が興味を示してくれなかったのに、春音くんだけは違った。ボクが書いた文章を真剣に読んでくれて、褒めてもくれたし、ここが分かりづらいとかアドバイスもしてくれた。

 自由に好きなことができる時間もボクは執筆していて、春音くんは隣の机で本を読んでいた。春音くんは誰よりも読書家だ。その読書家の彼に読んでもらえることが何よりも励みになっていた。ひとりきりでたくさん書いていても、読んでくれる人がひとりでもいなければ、何となく虚しいから。「陽多くんなら、いつか絶対作家になれるよ。」って勇気付けてくれた大切な友達。だったはずなんだけど、夏休み明け、約束していた新しい物語を読んでもらおうと渡そうとしたら、不思議そうな顔をされて「何?それ書いたの?ゴメン、読む気になれない。」って断られてしまった。ショックだった。ボクが何度同じような物語を書いて渡しても、嫌な顔ひとつしないで、いつも快く受け取ってくれていたのに…。どうしちゃったんだろう。読んでくれる人がいなくなってしまって、ボクは初めて書くことができないというスランプに陥っていた。

 ボクの作品どころか、あれだけ毎日読んでいた本さえ読んでいる気配がない。本の代わりに、ギターを学校に持ってくるようになった。何でも夏休みにおじいちゃんの家に遊びに行った時、近所の子から借りたとかで、音楽に目覚めたらしい。本当かな?今まで一度だって春音くんから音楽の話なんて聞いたことがなかったのに、そんなに突然好きになるものなのかな。しかも借りたばかりだというのに、もうそれなりに曲まで弾けていて、1ヶ月やそこらで、こんなに上達するものなのかな。ボクはピアノを習っているけれど、曲が弾けるようになるまで、相当時間がかかった。春音くん、実はギターの才能があって、本よりも音楽が好きになってしまったのかな…。なんてボクはこの1ヶ月間、もやもやした気持ちを抱えながら、学校生活を送っていた。

 友達だと思っていたのはボクの方だけで、実は友達ではなかったのかもしれない。だって一般的な友達関係とは少し違っていたから。普通親しい友達なら、毎日学校でたくさんしゃべったり遊んだり、一緒に下校したり、お互いの家で遊んだりもするだろう。けれど、ボクたちの場合、会話は少ないし、外で一緒に遊んだことさえない。ただ側で春音くんは本を読み、ボクは執筆するという時間を共有する程度で、彼に作品を読んでもらって、感想をもらう時くらいしかまともな会話さえなかった。これじゃあ本当の友達とは言えないのかもしれない。はぁ、寂しいな…。

 こんな時こそ、「ライトスクール」を活用する時かもしれないと考えた。ライトスクールというのは「義務教育」の反対の「権利教育」のことだ。英語で「権利」は「right」。だから「right school」。どういうものか説明すると、いわゆる従来通りに学校に通うという義務教育だけでは不十分な点、例えばリアルでのコミュニケーション能力が乏しかったり、学校を休みがちの子どもたちに同級生と触れる機会を与えて、友達関係を充実させたり、学校では言えない悩み事を相談し合ったり、一緒に解決して義務教育の方の学校生活を楽しめるようにしようという国の新しい教育プロジェクトだ。

 もっと簡潔に言えば、どこにでもあるコミュニティサイトのようなサイトを作り、インターネット上にも学校を作ったのである。二段階認証制など、アカウントが乗っ取られる心配もないくらいセキュリティ対策は万全だ。マイナンバーを登録するシステムになっており、確実に小中高生しか利用できない仕組みになっている。(権利教育の場合、高校生も対象らしい。)厳密に言えば、小学4年生~高校3年生まで。それぞれ学年ごとにクラス分けされ、約三十人単位のクラスにそれぞれ割り振られる。1年ごとではなく、3ヶ月ごとにクラス替えがあり、その度に担任の先生も変わる。先生役は大学生が担っている。義務ではなく、あくまで権利なので、別にライトスクールに登録しなくても、活用しなくてもそれは個人の自由になっている。リアルの学校のように、勉強する場ではなく、全国各地の同級生たちと交流することが目的の学校だ。もちろん勉強を教え合うとか、先生に質問することも可能だけれど。

 ボクはこれまでほとんど利用したことがなかったけれど、4年生の頃から登録だけはしておいた。発言しなくてもみんなが掲示板で会話している内容を見るだけでも作品を書く時の参考になったりしたし、様々な考えに触れることができたので、作家になりたいなら想像力が養われるんじゃないかと思って、時々見ていた。掲示板を使って大勢が会話していると、時々ケンカのような状態になったりもする。そんな時は担任の先生が現れて、その場をなだめてくれる。つまり掲示板は先生役に監視されてもいるから、話せる内容が限られてくる。だからどちらかと言えば、1対1でやり取りできる、メール機能の方が人気はあるらしい。でも誰とでもメールし合えるわけではない。3ヶ月間同じクラスの誰かひとりとしかメールし合えない仕組みで、しかも双方が承諾した状態でないと成立しないという案外簡単ではない機能だった。でも掲示板よりこちらの方がより深い会話ができるというメリットもあって、多少制約があっても、使用したいと思う子どもたちは少なくないらしい。ボクは初めてその機能を利用してみることにした。

 話し掛けたい相手はもう決まっている。去年から何度か同じクラスになったことがある子で、ずっと気になっていた子…。ニックネームが「瑞木刑事(みずきデカ)」、自己紹介欄には「相談事、悩み事、何でもオレが解決します。将来の夢は刑事!」なんて名探偵めいたことを書いている子で、目立っていた。今月はまだ誰ともメールしていない様子で、オファーできる状態だった。思い切ってメールオファーのボタンをクリックした。

 すぐに承諾の通知が届き、メールができる状態になった。メールを打っている最中に相手から先にメールが届いた。
「はじめまして。オファーありがとう!実はキミのことずっと気になっていたんだよね。芥川先生、何か悩み事でもあるの?オレに任せて!何でも相談に乗るよ!」
芥川先生って…。たしかにニックネームは芥川で登録しているけれど、別に先生と呼んでほしいとは思わない。なんだか恥ずかしいし…。将来の夢が芥川賞作家なんて書かなきゃ良かったかな。
「はじめまして、メールありがとうございます。瑞木刑事くん。ボクの名前は芥川でいいです。先生は要りません。悩み事というか、夏休み明けから気になっていることがあって…。」
「こっちこそ、くんは要らないよ。瑞木刑事って呼んで!けいじじゃなくてデカね!オレ将来刑事になるから。芥川くんは作家になるんでしょ?じゃあやっぱり芥川先生だよ。その方が夢は叶う気がする。実現させたいなら、まずは形から入らないとね。それで何が気になっているの?」
彼はなかなか強引な子で芥川先生と呼ぶことをやめなかった。
「分かりました、瑞木刑事。実はリアルの学校に友達がいるんですが、その子が夏休み明けから突然変わってしまって…。性格とか趣味とか。それでどう接していいのか分からないんです。というか本当に夏休み前の彼と夏休み後の彼が同一人物なのか個人的に疑っています。」
「まぁ、オレたちは思春期の入り口にいるから、急に性格や趣味が変わったりする場合もあるよね。でも何?同一人物じゃない気がするって、その子、そんなに見た目も変わったの?今までこんな相談されたことないよ。早く解決させたくてワクワクしてきた!」
ワクワクって…。人が真剣に悩んでいるのに、まるで刑事じゃなくてただの探偵ごっこだ。
「見た目は変化なくて、言葉遣いとか性格に違和感があって。前まではボクが書いた作品を読んでくれて、感想もくれてたのに、読んでくれなくなって。本が好きだったのに、1冊も本は持って来なくなって。代わりにギターを持ってきて、弾くようになってしまって…。前より明るくなった気がするんです、性格が。」
「なるほど、きっと夏休みに何かあったんだよ。彼を変えるきっかけとなる出来事が。問題を解く鍵は夏休みにある!夏休み、彼はどこかに行ったりしたのかな?てか学校にギター持ってきていいものなの?」
彼は伊達に刑事を名乗っていなかった。案外鋭い部分もあった。
「夏休みにおじいちゃんの家に行ったって言ってました。そこの近所の子からそのギターを借りたって…。うちの学校は好きなことをしていい時間があって、何でも持ち込みOKなんです。」
「ふむふむ。おじいちゃんの家へ帰省したと。って近所の子から借りたギター?ギターを借りたって言ってたの?本を読まなくなって、代わりにギター…ギター。その子と逆の子ならオレよく知ってるわ。リアルの学校にアキトってクラスメイトがいるんだけど、そいつがさ、ギター持ってたんだよね。でも夏休み明けたら、急にギターの話はしなくなって、本を読み出して。あ、そいつ本大嫌いだったんだけどさ。なんか先生に褒められるような読書感想文まで書いてきて。あ、そいつ夏休み前は読書感想文なんて絶対提出しないとか豪語してたんだけど。それでギターは夏休みに知り合った子に貸したとか言ってた。もしかしてアキトの友達になったって子じゃない?その子。」
こんな偶然ってあるのかと驚いた。たまたま話がかみ合っているだけで、まったく別人かもしれないけれど、アキトくんという人と春音くんは何か関係がありそうだ…。
「そう言えば、ボクの友達、あっハルトって名前なんですが、ハルトくん、そのギター借りた子から教えられたって曲をよく弾いていて、『世界の約束』ってタイトルの曲で、その子のお父さんが作った曲なんだって言ってました。夏の終わりの歌で、なんだかとても切ないメロディで。」
「アキトってさ、お父さん亡くなってるんだ。ギターは父さんの形見なんだって言ってた。うちの学校はギター持ち込みなんてできないから、曲のタイトルは知らないんだけど、花火がどうとかよく鼻歌で歌ってたよ、あいつ。その歌じゃない?」
「そう!それです。花火のこと歌ってて。そっか、ハルトくんはアキトくんからお父さんの話を聞いて、感銘を受けてギターにハマったのかもしれない…。彼、感動するようなノンフィクションの本を読むのが好きだったから。」
「なるほどな、それなら性格が変わっても不思議じゃないかもしれない。じゃあもう悩み事解決した?オレも芥川先生ほどじゃないけど、クラスメイトのアキトが夏休み明けから変わったなって感じてたから、謎が解けてすっきりしたよ。きっと本当に二人は仲良しになったんだよ。だって、お父さんの形見のギターを貸すくらいだもの。アキトもハルトくんの影響を受けて、読書が好きになったんだろうなー。趣味交換するくらい仲が良いってことか。」
瑞木刑事があまりにも二人は仲が良いと言うものだから、なんだか悲しくなってしまった。そっか、ボク以外の友達ができたから、春音くんはボクのことなんてどうでも良くなったのかと思うとなんだかつらくなった。
「解決したかもしれないけど、まだ腑に落ちません…。ギター好きになっても、前までみたいに本も読めばいいのにって思います。好きなモノ感想文にも音楽とギターのことを書いてきて、びっくりしました。夏休み前は今年は昆虫のことを書くとか言ってたのに…。アキトくんって子より、ボクの方が先に友達だったのに。」
「あーごめん、ごめん、芥川先生を悲しませるつもりで、二人のことを言ったわけじゃないんだよ。謎を解くために、勝手に二人は親しくなったんだろうって推測しただけで。本人たちから聞いたわけでもないし。あ、オレ聞いてみようか?アキトにさ、東京の友達とどうやって仲良くなったの?ってさぐり入れようか?好きなモノ感想文って何?なんか芥川先生の学校って変わってるね!おもしろそうな学校。」
「そんな、さぐりなんてしなくていいです。何も聞かないで下さい。ボクが嫉妬していることとかバレたら恥ずかしいし…。好きなモノ感想文っていうのは、いわゆる読書感想文みたいなもので、本を読んで書いてももちろんOKなんですが、自分の好きなこと、ゲームとかマンガでもよくて、何について書いてもいい夏休みの宿題のことです。」
「そっか、じゃあアキトには何も聞かないでおくよ。てかさ、芥川先生の学校いいね!ゲームでもマンガでもいいなら、刑事について書いてもいいのかな?刑事ドラマ見た感想とかでもいいってことか。オレも芥川先生の学校に通ってみたい!読書感想文は苦手なんだよ…。芥川先生、オレと入れ替わってよ。」
ボクは作家になりたくて、日頃から想像力を鍛えているから、瑞木刑事の言葉でひらめいてしまった。
「瑞木刑事…今の言葉、そのままアキトくんに当てはまったりしませんか?読書感想文が苦手で、好きなことが自由にできて、好きなモノに関して自由に書けるうちの学校に通ってみたいってアキトくんも思ったりしませんか?」
「芥川先生…先生なかなか刑事の素質あるかもよ。たしかにアキトはオレと同じく読書感想文嫌いだったし、もしもオレと同じ考えなら、芥川先生の学校に通いたいって思うかも!誰かと入れ替わりたいって思うかも!何、もしかして、今そっちにいるのはアキトってこと?うちの学校にいるのがハルトくん?」
「ただの推論でしかないけれど、それもあり得るんじゃないかと…。ただし、親や先生の目をごまかせるくらい、容姿、顔が似ていないと、現実的にそんなことは不可能だと思いますが。」
「たしかに、姿が似ていなきゃ、入れ替わるなんてできないよな。赤の他人がそんな大人の目を騙せるくらい似るなんてことはないだろうし…。そういう話、夢があってオレは好きだよ。芥川先生の書いてる作品読んでみたくなったわ。」
「写真で確認するって方法もありますが、ここのサイトでは画像や動画交換はできなくなっていますし。そこまでする必要もないですよね…。」
ライトスクールはテキストの交換しかできない仕様だった。
「仲良くなったら個人のアドレス教えて写真交換とかもアリらしいけど、それじゃああっと言う間に確認できて、事件が解決して夢がなくなるよな。刑事として早く解決したい気持ちもあるけれど、なかなかおもしろい話だから、もう少しこの話は想像を膨らませたいというか…。ごめん、芥川先生は早く解決したいよな。真剣に悩んでいるんだし、ハルトくんのこと。」
「大丈夫です、ボクの空想なんかより、ハルトくんがアキトくんのお父さんの話に感動して、ギターに目覚めたって方が現実的ですし。双子じゃあるまいし、入れ替わるなんて魔法でも使わないと、無理ですよね。」
「二人して魔法使えるようになったのかもよ?夏休みに魔女にでも遭遇して、それぞれの顔を交換してもらったとかさ。」
「瑞木刑事…ボクより作家の素質あると思います。思い切って、作家志望に転向しては?」
「それは勘弁してくれよ、オレ本気で刑事目指してるから。じゃあさ、こういうのはどう?来年の小学6年生の夏休み、オレはアキトを誘うから、芥川先生はハルトくんを誘って、四人で会ってみるっていうのはどう?楽しそうじゃない?そしたら二人を突き詰めようよ。去年の二人の夏休みの秘密知ってるよって言うの。オレと芥川先生で。」
瑞木刑事は刑事というより夢があってちょっといたずら好きで、楽しい子だった。
「それはいいかもしれないですね。そしたら二人してどうして趣味が変わってしまったのか、理解できるかもしれないし。もしかしたら本当に顔がそっくりって場合もあるかもしれないし。来年の夏休みまでのお楽しみですね!」
「オレさ、アキトとハルトくんのことも気になるけど、普通に芥川先生にも興味あるよ。芥川先生、夏休みに会うまで、芥川賞とれるような大作書いて、絶対オレに読ませてよ!これはオレから芥川先生に課す来年の夏休みまでの宿題。1年近くあるから、間に合うでしょ?楽しみにしてるから!」
ボクは春音くん以外の人にも作品を読んでみたいと言われたことが純粋にうれしかった。
「分かりました、芥川賞は無理でも瑞木賞くらいは頂けるようにがんばって書きます。ボクだけ夏休みの宿題増えるのもあれなんで、ボクから瑞木刑事にも宿題を課します。」
「瑞木賞も芥川賞並みに難しいからね、がんばって。で芥川先生からオレに課す宿題って?」
「刑事について刑事ドラマについてでもいいです。好きなだけ感想文を書いてください。好きなモノ感想文ってやつです。うちの学校に憧れるなら、避けては通れない宿題です。別に入れ替わらなくても、学校変えなくても、うちの学校の宿題くらい体験できますよ。来年の夏休みまでの宿題です。」
「そう来たかーいいよ。それなら読書感想文書くより、絶対うまく書けるから!その宿題していれば刑事になるための勉強にもなりそうだし。ありがとう、芥川先生。オレ、先生と出会えて良かったよ。メールオファーしてくれてありがとう。友達になれて良かった。出会う運命だったんだって思った。アキトとハルトくんがオレたちを出会わせてくれたんだなって。」
瑞木刑事はボクのことを「友達」って言ってくれた。「運命」の出会いだって。リアルの学校で友達と、春音くんって友達とうまくいかなくても、ライトスクールで瑞木刑事という友達ができたから、大丈夫な気がした。スランプから脱出して、また書ける気がした。読んでくれる新しい友達ができたから…。

 その気になれば、ニックネームだけじゃなくて、本名だって、何だって知れる。お互いにメールアドレスを教え合えば、ライトスクール上だけでなく、やりとりすることはそう難しいことではない。別にアドレスを教えてはいけないなんて規制はないのだから。でも、何でも簡単に教え合ってしまったのでは、少しつまらない。もう少し想像していたい。瑞木刑事の本名、どんな顔なのかなとか、刑事目指しているくらいなら体鍛えていて、たくましい子なんだろうなとか。

 来年の夏、リアルで出会った時に驚きと喜びを分かち合いたい。ボクの本名は芥川なんかじゃなくて、「柳木陽多(やなぎはるた)」ですって、自己紹介し直すんだ。そしたらきっと瑞木刑事はこう言う。「先生、柳木より、芥川の方がオレはしっくりするよ。」って笑うと思う。「想像してた通り、メガネかけているんだね、色白だね。」とか言われると思う。誰かと楽しい約束ができることがこんなに自分の世界を変えてくれるなんて、知らなかった。そっか、これが『世界の約束』ってことか。アキトくんのお父さんが作ったって曲…。来年の夏休み、四人で会って、きっと花火を見よう。小学校最後の夏休み。最高の夏休みになりそうな予感。これまで夏休みもひとりきりで部屋に閉じこもって文章ばかり書いていたから、夏の暑い陽射しを浴びることもなかった。四人で遊んでいればもしかしたら、いつの間にか汗だくになって、初めて日焼けなんてしてしまうかもしれない…。今まで架空の物語の中でしか味わっていなかった友達との青春をこんなボクでも経験できるかもしれない。ボクたち四人はきっと出会う運命だったんだ。

 ボクは四人の小学生が出会って冒険する物語を書き始めた。これは長くなりそうだし、完成させるまで苦労しそうだ。けれど、少しもつらくない。瑞木刑事が読んでくれると約束してくれているから。瑞木刑事に来年の夏、会えるから。春音くんと一緒に、きっとアキトくんとも会うんだ。

 順調に物語を書き進めていた冬休み間近の放課後。珍しく春音くんから声を掛けられた。
「陽多くん、ずっと真剣に書いてるよね。今度オレ…じゃないや。ボクにも読ませてよ。」
でも間に合うかな…とか何やら独り言をぼそっと呟いた気がした。
「うん、もちろん、いいよ!また春音くんがボクの作品読んでくれる気になってうれしいよ!でもこれは来年の夏休みまで完成しない予定だから、気長に待ってて。」
「そんなにかかるの?じゃあ待てないよ。」
でもハルトに頼めばいいか…とかまたぼそっと呟いた。
「『世界の約束』だからね。」
「えっ?何?あの曲がどうかしたの?」
「来年の夏休みが楽しみだね!」
「意味分かんないよ。」
「四人で一緒に花火を見ようね!」
「何の話?陽多くんってそんなキャラだったっけ?」
久しぶりに春音くんと楽しく話せた気がした。でもやっぱり夏休み前までの春音くんとは違う。けれどこっちの春音くんも悪くないかもしれないってこの瞬間、初めて思えた。みんな大人になっていくんだから、ボクだっていつかは変わるかもしれない。変わらなければいけないのかもしれない。でもたとえ性格が変わってしまったとしても、趣味が変わってしまったとしても、友達には変わりない。こうして一緒に笑い合えたら、きっとずっと友達なんだと思う。
「ねぇ、『世界の約束』のコード進行じっくり教えて。ボクもピアノで練習してみたいから。」
「いいよ!陽多くんもこの曲気に入ってくれてうれしいよ!」

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 東京に初雪が降り始めた頃、ボクは季節外れの夏の終わりの曲、花火の歌をピアノで練習し始めた。これから本格的な寒さが訪れる。けれど今年の冬は例年より暖かくなるだろう。ボクの心は温かいまま過ごせそうだ。だってきっと東北に住む瑞木刑事とアキトくんと、それから東京に住む春音くんとボクは同じ冬空を見上げながら、同じ夏を待ち望んでいるはずだから。

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 ★「図書室のない学校」シリーズ物語一覧★

☆第1章~小学生編~☆

 <1>『「図書室のない学校」~夏休みの宿題交換大作戦~』

 <2>『「図書室のある学校」~春音と秋音の入れ替わり大作戦~』

 <4>『「約束の夏休み」~ミッション変更、四人そろって仲良くなろう大作戦~』

☆第2章~大人編~☆

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・前編)

 <5>『「夢の行方」~なりたかった大人になれなかったオレたちの夏の約束~』(秋音・後編)

 <6>『「夏休みからの卒業」~途切れた夢の続きを取り戻すボクらの新しい夏の始まり』(陽多)

 <7>『「約束の夏」~あの頃思い描いていたボクたちの今、そしてこれから~』(春音)

 <7に登場した童話>ポプラの木

 <8>『「永遠の夏休み」~あの世でみつけたオレの生きる道~』(颯太) 

☆第3章~子ども編~☆

 <9>『「秘密の夏休み」~タイムカプセルみつけて冒険の旅をさあ始めよう~』

 <10>『「秘密の友達」~二人だけのファッションチェンジスクール~』(陽音)

 <11>『「秘密の本音」~颯音から陽音へ送る手紙~』(颯音)

 <12>『「図書室フェスティバル」~遥かな時を越えて新しい図書室で夢を描くよ~』(晴風)

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