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日誌2020/7/5 本紹介の段2 「豊かさ」の誕生(下)

昨日に引き続き、今回は「豊さ」の誕生(下)、全体の第二部と第三部について内容を紹介する。この間ではより個別の国と地域に注目し如何にして国家が豊かさを獲得したか、あるいはそれができなかったかを明らかにし、その後これからの社会にたいする著者の展望が述べられている

成功例としてのオランダとイギリス

まず著者は西洋においてオランダ、次いでイギリスを取り上げている。オランダは不完全ながらも近代的な豊かさを始めて手にした国家であり、そこで生まれた知識、諸制度がやがて名誉革命を通じてイギリスにもたらされた時、成長の四要素全てを備えた国家が初めて誕生した。

 オランダは国土こそ他国に比べて小さいものの、干拓事業の成功によって極めて肥沃な土壌を手に入れた。もともと封建支配の及んでいなかった土地に、豊かさに裏付けられた自立心旺盛な村落が生まれたことがオランダの経済的成功の源泉となる。

 加えてオランダはスペインに対する独立戦争を戦う過程で、当時としてはまれにみる宗教的寛容(カトリック、プロテスタントに加えてユダヤ教徒まで)を採用した。これはカトリック協議の軛を脱し他国よりもはるかに商業、知的活動を自由にすることを意味した。

 これらの要素に水運を利用しやすい国土、活発な金融市場などが加わった結果、オランダは独立以前から経済的繁栄を謳歌していたと著者は指摘する。

 ではなぜオランダはその後もヨーロッパにおける経済的地位を保つことができなかったのか。この理由として相対的な人口不足、特定企業の過度な事業独占、技術革新の不足、オランダ政府の膨大な借金、緩い連合体ゆえの全国規模の銀行、特許制度の不足があげられている。


イギリスの成功

 オランダに生まれた諸制度を継承しつつ今日の意味での「豊かさ」を手に入れたのがイギリスである。

 イギリスでは名誉革命以降議会の優越が確定し王による不条理な経済政策や法の制定運用に悩まされることがなくなった。すると政府に対する信頼が厚くなることで金融市場が活発化し、政府は巨額の資金を集めることが可能になった。これは民間事業にも多額の資本が流入することを意味する。

 同時期、農業技術の向上によって余分になった労働者が都市に流入し都市人口は増加の一途をたどっていた。この背景には農業に対する知識と技術を科学によってアップデートしようという多くの知識人たちの功績があり、国家もまたそれを積極的に支援した。

 さらにこのころ、私有財産に関する法制度が急速に整備され特に全国の農場に対する所有権が明確化されていった。これらは「囲い込み」としてかつて批判された現象だが、現在の歴史学会では全体として公正な手続きがなされたと考えられている。

 こうして農村に残る人々は自らの土地に対する所有権を保証され安定した状態でより効率的に十分な食料を生産するようになり、都市に流入した大量の労働者たちは多くの新規事業主たちの需要を満たし、そこに政府が資金を投入する準備もできている、という状態が完成した。そしてこの状態に繊維産業と鉄鋼業における技術革新が重なった時、産業革命の扉が開かれたのである。

 著者は産業革命が衛生問題や貧困労働者といった多くの問題を生み出したことを否定しない。しかし同時に18世紀末から19世紀半ばにかけてイギリスにおける平均寿命や身長、乳幼児死亡率などが一貫して改善していることも指摘している。産業革命は一時的に多くの、かつ暴力的な社会問題や混乱を引き起こした。しかし長期的にみればイギリスを繁栄に導くものであったと結論付けている。


乗り遅れたフランスとスペイン、追い越すアメリカ

 つづいて著者は同じヨーロッパにありながらイギリスのこうした成功に追随できなかったフランスとスペインについて分析している。

 フランスについては
 ・ルイ14世時代の放埓な財政支出、特に度重なる対外戦争
 ・徴税請負人制度の普及による税制の解体
 ・統制経済や独占特権の継続
 ・宗教的不寛容
 ・全国各地の内国関税制度による物流の阻害
などが指摘され十分に豊かな国土、人口、科学技術を持ちながら成長の四要素が大きく損なわれていたことが示されている。

 比喩的に言えばコルベールが運河網を必死で作り、午後には貴族たちが内国関税でコルベールのやり遂げたことを掘り崩していたことになる。
                         (105ページより引用)

これらのディスアドバンテージによる影響はフランス革命後もフランスを苦しめ続けたと著者は言う。


 スペインについては

もし偉大な国家が、自国の経済発展の可能性を絞め殺し、弱小国に転落したいと願うならば、前近代のスペインは最良のお手本になるだろう。
                         (109ページより引用)

とまで痛烈に批判している。スペインはどの国にも先駆けて新大陸への航路を開拓し征服事業による巨万の富を得ることに成功した。しかしその結果は

・征服および略奪に完全に依存する経済構造
・皇帝たちの膨張した野心による無謀な戦争と宮廷活動による浪費
・歳入の数倍の赤字が常態化した国家財政と金銀の国外流出
・国内産業の急速な空洞化
・宗教的不寛容による知識人の流出
・一部の特権層による農地独占の放置および促進

こうした状態は成長の四要素を阻害するにとどまらず破壊するものであり、その後スペインが20世紀にいたるまで「豊かさ」を獲得できなかったことも不思議ではないという。

 更に著者はこうしたヨーロッパ間での制度、文化の違い、「豊かさ」の四要素にたいする理解度の差異が、世界各地に存在する旧植民地国家にまで受け継がれていると述べる。またイスラーム国家や中国ではヨーロッパと同じような文化的背景が存在しないがゆえに、こうした近代的な豊かさを獲得するには長い時間がかかるであろうとも指摘する。


豊かさのもたらすもの

 第三部ではこれまで紹介してきた経済成長は人々に何をもたらしたか、そして今後も継続しうるものであるかにたいする著者の考察が述べられている。

 著者は経済的成長が近代的な民主主義と法治主義の成長につながると指摘しつつ、それは急速なものではなく、ある程度の時間差を置いてもたらされることを示している。また経済成長率は永遠に高い値を保てるものではなく、豊かになるにつれて緩やかになり一定のレベルに収斂することも指摘している。

 個人が感じる幸福と豊かさの関係についても著者は言及している。多くの研究が示すように国家の豊かさは絶対的貧困を解決するうえでは極めて重要である。しかし人間の幸福は主に周囲の人々との比較によってもたらされるものであり、相対的貧困を解決するのは決して容易ではない。まして情報通信技術が発達し、自分たちよりも豊かな人々の姿を簡単に目にするようになった社会ではより一層困難になるであろう。

 そして著者は貧富の差の拡大は積極的に是正されねばならないとする。なぜならこれを放置すれば国民の幸福度を急速に減少させ、人々は社会の成員としての意欲を失ってしまう。それは資本主義社会を根底から揺るがすものなのだ。

 その後、著者はアメリカを例にしてこの先の「豊かさ」に影響を与えうるであろう要素を複数紹介している。

 アメリカは言うまでもなくイギリスの植民地としてスタートし、経済成長の四要素全てを継承、あるいは更に発展させることで自由主義的な民主国家となり莫大な富を獲得した。過去二度の大戦においてアメリカを最終勝者たらしめたもの、そして今日の巨大な影響力の源になっているのもその圧倒的な豊かさである。

 著者は中国やロシアが急速に発展しアメリカへの挑戦を視野に入れていることを認めつつ、彼らが本当にアメリカの覇権にを覆す時があるならそれは彼らの国が自由主義的な民主国家になってからであろうと述べている。全体主義的国家はその巨大な権力を維持し続けるために国民の経済活動に比較的制限を加えざるを得ず、また巨額の軍事支出という負担に苦しめられる。

 他にも人口動態の変化、倫理にまで影響を及ぼす革新的技術の誕生、天然資源の枯渇といった要素に触れながら、著者はこう述べている。

実は経済成長の持続に対する最大の脅威は、豊かさが国民精神に対して必然的にもたらす、危険や苦痛に対する許容限度の低下かもしれない。
                         (339ページより)


未来はわからない、しかし

 バーンスタイン氏は人類の未来については総じて楽観的であるようだ。なぜなら現代の先進諸国は彼が述べた四つの要素(私有財産権、科学的合理主義、多くの資本、優れた通信輸送技術)を全て保有している、すなわち「豊かさのレシピを知っている」からである。あとは全世界にこのレシピを普及させることだ。

 この先一時的に戦争や大災害で人類文明が衰退することはあるかもしれない。しかしこの「レシピ」を忘れない限り、人類は形は違えど再び「豊かさ」を獲得できると著者は言う。そして現在の先進国が発展途上国に対して行う支援で重要なのは食料配布や工場建設だけでなく、これらのレシピを輸出し、その成長を待つことなのだ。


 読了後の感想

 非常に読み応えのある本だったので現時点では疲労感が強い。しかし「豊かさ」というテーマについて歴史を紐解きながら検証する本書のアプローチはとても興味深いものだった。論理展開も明確でわかりやすい文章だったように思う。今後はこの本で扱われた各国、各要素について他の書籍にチャレンジしたい。

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