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『となりの希死念慮さん』の冊子に載せるかもしれないあとがきのようなもの

となりの希死念慮さん』を描いてから、3年経った。

最近の希死念慮さんは、少し日常に溶け出している気がする。

「だるい」「疲れた」「眠い」「ヤダ」「イライラする」「価値が無い」「まぶしい」「うるさい」「しんどい」「応えなきゃ」 いろんな感情の中に分散して、大きなパワーを持った希死念慮さんには、あまり会わなくなった。

それだけ、自分の気持ちや体調を言葉にできるようになった、ということかもしれない。

それは、この本を描いたことも大きいのだと思う。ただただ自分のために描いたような本だった。それでも、多くの人が読んでくれた。

「はじめて自分と同じような人がいた」と言ってくれた人が何人もいたから、みんなどこかで何かしら続いている生き物だよな、と思えた。

私は、いまだに、本当に苦しかった時の自分はどうすれば救われたのか、わからない。これからも、ずっとわからないのかもしれない。

でも、ずっと考えていくんだろうなとも思っている。

これから、日常を、生活を、大事にできたらいいなと思っている。 となりにいる希死念慮さんが、再び強大になる未来も待っているのかもしれない。

そうなっても、できることなら、希死念慮さんがまた日常に溶け出すまで、じっと待っていたいと思う。

これは、ただの私の希望だけど、みんなが続いていく方を選んでいける今であってほしい。それは、すごく苦しいことかもしれないけど、続いていってほしいなと、自分勝手に思っている。

2020/07/28 ひろのはこ


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なにか描いたり作ったりして生活しています。 疲れやすく、すぐ嫌になる性質ながら、日々やれることをやっております。 Kindleでエッセイ・絵本販売中です。 http://hironohako.moo.jp
コメント (2)
はじめまして!
本キンドルで読ませていただきました。
一気に読んでしまいました。
私は死んでしまいたいほど悲しいことはあったけど、「希死念慮」というものは正直よくわかりません。
死にたいって言ってる人が結構いっぱいいることは知ってます。
でもその「死にたい」は心肺停止したいとか脳死になりたいとか、そういうことではないんだろうなぁというのもなんとなく感じていて、
じゃあ「死にたい」人の「死にたい」気持ちって一体どういう意味なんだろう?という疑問があって、読ませていただきました。
全てがわかったわけではないですが、そういう人もいるんだなぁと素直に思えるようになりました。
(私はADHDですが、当事者の感覚は定型の方が実感としてわからないのと同じかなぁと。)
でも今希死念慮で苦しんでいる人たちも、時間とともにちょっとずつ楽になってくれたらいいなぁと思いました。
はじめまして。
Kindle本、お読みいただきありがとうございます。

いただいたコメントから「わからないけれど知りたい、理解したい」と思いをめぐらせてくださった様子を感じ、うれしいです。

他の方々の希死念慮の意味や思いをちゃんと知っているわけでもなく、代弁にもなっていないとは思うのですが、「こうゆうひともいるのか〜」と思うきっかけにしていただけてよかったなあと思いました。

「こうやって歩み寄ろうとしてくれている方もいるんだなあ」と心強く感じていますし、そう感じる方が他にもいるのではないかなあと想像しています。
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