その4_組織

ニュースメディアの新しいビジネスモデル − スウェーデンから 4 <組織と広告>

先鋭的なビジネスモデルで世界の一歩先を行くスウェーデンの大手日刊紙ダーゲンス・ニュヘテル。今回はデジタル時代の組織の作り方と広告について

将来性のない仕事

ジャーナリストは日本のハローワークに相当するスウェーデンの労働斡旋機関が「将来性のない仕事」とした、今は需要が減っている仕事だ。

米国と同じく、小さな地方の新聞や業界誌や組合誌の経営状況がどんどん悪化していったスウェーデンでは、それまで新聞社や雑誌社に雇用されていたジャーナリストが次々に人員整理されていった。

地方紙の状況は深刻で、28紙を買収統合して経営の効率化を進めていたMittmedia社は結局自力での再建が難しくなり、今年に入って最大手のボニエへ吸収統合されることが決まった。また先週はスウェーデン第二の都市ヨーテボリの地元紙ヨーテボリス・ポストンがノルウェー最大のメディアグループに買収されることが発表された。

ジャーナリストと編集者の大量解雇

この連載の第2回で触れた通りダーゲンス・ニュヘテルも2010年と2013年の2回、それぞれ当時の社員の20%ずつにあたる100人と80人の人員削減を行っている。

2010年の100人削減時には50人体制だった文化局が30人になるなど編集局全体で60人の人員削減が実施された。このうち38人は自主退職のプランを選び、各社員個別の雇用契約によるが多い人で20ヶ月分の給与相当額の退職一時金が支払われた。

この他に編集局から10名が当時力をいれていたタブレットで読む電子新聞プロジェクトへ移動。さらに12名が会社から雇用契約を打ち切ることを告げられ退職の条件をまとめる話し合いへと進んでいる。編集局以外では自主退職で予定数が埋められ雇用が打ち切られた人はいなかった。

「デジタルな人しか必要ない」

明らかにやり方が悪かったのは大型人員削減の2回め、2013年春に400人の20%にあたる80人を削減した時だ。この時編集局は240人から50人削減する必要があった。

人員削減の指揮をとった就任直後のヴォロダルスキ編集局長の狙いは、この機会をデジタルの時代に必要な才能を揃える準備とすることだった。裏を返すとデジタルな働き方についていけない人には出ていってもらわなければいけない。これがこじれる原因となる。

50人の削減目標のうち30人は退職一時金付きの自主退職パッケージを受け入れまた10人は雇用契約を打ち切られた。ここでスウェーデン独自の事情を説明すると雇用保護法であるLASには、人員整理のため雇用契約を会社側から打ち切る際には、雇用契約期間が最も短い人からやめてもらわなければならないという雇用歴の長い社員を守る条項がある。

自主退職にも応じずまた経営陣からはデジタル時代の人材とは残念ながら認識されなかった人たち。署名入りの記事も書いていた著名な記者を含む40代から50代の12人がこの時意味のない仕事へと配置換えされた。

皮肉なことにこの仕事はダーゲンス・ニュヘテルの創刊150周年を祝う関連記念事業の一部という名目の仕事で、彼らには普段の職場からは遠く離れた場所で小学生でもできるようなタスクがあてがわれた。

この仕打ちには「ダーゲンス・ニュヘテルの冷凍庫」とのアダ名が付けられ、ジャーナリスト組合がその意味のないプロジェクトの運営コストを試算して「3000万クローナ(約3億6500万円)の冷凍庫」と揶揄し、あちこちで大きく報道されることとなった。

この事件の顛末に関してヴォロダルスキは「その後10人は退職し、2人は編集局に戻った。(2014年8月には組合がダーゲンス・ニュヘテルの対応の悪さを労働裁判所に訴えた経緯などもあり)結局この問題に関してすべて落ち着くのに2年かかった。今振り返ると、もっといいやり方があったと思う」と、2016年にこのざわついた2年間を振り返って述べている。

「ブランド」として生き残る

その後もダーゲンス・ニュヘテルは紙上の編集に慣れた編集者にはやめてもらいウェブの世界の人材を編集者として多く採用するなど、人材の入れ替えを行い続けたが、2013年のような問題は再発していない。腕のいい人事の責任者を雇うことも経営陣が力を注いで解決した問題であった。

組織が変わっていくためには必要なことではあっても会社に必要ないとされてしまったひとりひとりの社員には尊厳に関わり、深い傷を残すのが人員削減であり組織改革だ。

ダーゲンス・ニュヘテルでも確かにもっとうまいやり方はあったのかもしれないが、同時にこの改変騒ぎが「ブランドとして生き残る。そのために必要なことはなんでもやる」と、残った社員の覚悟を強くしたのかもしれない。

デジタルなニュースメディアが求める人材

紙ではなくデジタルで商品を提供するのならウェブサイトやアプリの製作に長けた人材が必要になるのは当然だ。デジタルな組織へと改革する前は90名いた編集部員は2015年頭には30名になっていた。そこから更に同年末には早期退職で15人の編集者が退職したと伝えられている。

アナログからデジタルへとすっかり軸足を変えたダーゲンス・ニュヘテルの今のウェブチームはサイトの求人ページによると25名程度で運営されているようだ。求人ページに掲載されている職種をみるとまるで新しいウェブサービスを提供しているスタートアップのようである。

フロントエンド・エンジニア、サブスクリプション・アナリスト、機械学習・AI担当者、トップUXデザイナー」などの職種が続き、最近はゲーム会社のやり方を取り込もうとしているようで、先日もスウェーデンのゲーム大手のKing(一連の「キャンディクラッシュ」ゲームで成功)からデジタルコンセプト&デザインの責任者がボニエグループの広告新技術部門に入社した。

ラジオやテレビからの人材も

ジャーナリストに関しては「一流の人材を集める」とヴォロダルスキが宣言したように、ダーゲンス・ニュヘテルでは他のメディアで活躍している人たちを次々をヘッドハンティングした。音声コンテンツや動画の提供のためには、ラジオやテレビ局から人気ラジオ番組のパーソナリティやテレビの花形プロデューサー達も入社しているといった状況だ。

一方、ボニエはジャーナリストの人材派遣会社も持っており去年タブロイド紙のエキスプレッセンの業績が悪化した際にはこの人材派遣会社で20名程度の雇用削減が行われている。

ボニエのライバルであるもうひとつの大手メディアグループであるシブステッド(ノルウェー資本)は、最近ロボットによる自動生成記事をどんどん投入していることで注目を集めている。ジャーナリストにとっては個人として尖らないと生き残れない時代に突入しているようだ。

世界一のネイティブ広告エージェンシー

最後にダーゲンズ・ニュヘテルの広告面での興味深い取り組みについて触れる。

ダーゲンス・ニュヘテルの2018年の広告事業は、紙の新聞への出稿で13%デジタルでも11%前年から減っており合計しても2000年の3分の1の売上高にすぎない。とはいってもまだまだ年間4億6000クローナ(約56億円)以上売り上げる重要な収入源だ。

広告製品の開発や販売は新聞(というよりボニエでは「ニュース ブランド」という名称を使い始めた)5紙を統括した広告チームがその任にあたっている。大きな新製品ローンチキャンペーンは同じくボニエグループのテレビ局とも共同で展開することも多い(ただしグループのテレビ部門は今年テレコム大手のテリア社へ売却されることが決まっている)。

ボニエではディスプレイなど従来のウェブ広告とアナログ広告を扱うチームとは別にネイティブ広告やVRやARなどの次世代の広告クリエイティブを扱う部門をボニエ ニュース ブランド スタジオ(Bonnier News Brand Studio) という別組織で独立させた。

昨年1年間で17名から62名まで大きく成長したボニエ ニュース ブランド スタジオは今注目のエージェンシーで去年11月の2018 ネイティブ アドバタイジング アワードでもエージェンシー大賞を受賞している。

また大手コーヒー企業ロフベリス(Löfbergs)のために制作したコーヒー豆の生産者を扱ったVRを含むネイティブ広告は、昨年、世界やヨーロッパの広告アワードで多くの賞を受賞した。

さらにボニエは最近ボニエ ニュース ネクスト (Bonnier News Next) と称する次世代のニュース提供に必要な技術、ビジネスモデル、広告商品などの研究開発に従事する部門を立ち上げた。

ここで今、取り組んでいるのは、Eヘルスアプリ、フードテックや次世代音声認識技術などで、ニュースブランド全体で毎日300万を超えるデジタル訪問者の次のユーザー体験と収益源を開発中だ。

我々のすべての行動は高品質なジャーナリズムを次の世代へと続けていくためにある」と自らの存在意義を語るダーゲンス・ニュヘテルの取り組み。これが、これからも信頼できるジャーナリズムが続いていく道筋となることを願わずにはいられない。

スウェーデンのニュースメディア・参考ウェブサイト
www.dn.se, www.medievarlden.se, www.dagensmedia.se, www.inma.org, www.resume.se

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