「仕事の評価」が「自分の価値」ではない。
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「仕事の評価」が「自分の価値」ではない。

さわらぎ寛子/コピーライター・著者

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そんなことで、自分の価値が上がったような気になったり。

申し込みがない、
クレームが来た、
仕事がうまくいかない、
上司に怒られた、

そんなことで、自分の価値が下がったような気がしたりする。

でも。


「自分=商品」として働いている人が落ちやすい穴



とくに、
「自分=商品」として売り出していると、
仕事への評価が、
自分自身の価値だと勘違いしがち。

「市場価値の高い人」なんて表現もあったりする。

でも、
人間の価値は、仕事で決まるものではない。

仕事がうまくいってようと、いってなかろうと、
自分には、いつだって変わらない「絶対的な価値」がある。


「ダメだし=自分への否定」ではない。


コピーライターとして働き始めた頃、自分の書いたコピーが否定されたら「自分がダメなんだ」と自分本体まで否定されたような気がしていた。

でも、「書いたものが今回ちょっと違った」だけであって、別に自分本体がダメなわけではない。書き直したり、考え直したり、勉強し直したりすればいいだけだった。

自分自身が、「仕事のアウトプットの価値」と「自分本体の価値」は別だと自覚しておくことも大事だし、

ダメ出しをする方も、相手の人間性とか人格とかを否定するような言い方をしないことはとても大切だ。
「この企画書の、ここはちょっと違う」で済むところを、「あなたは、何をやってもダメね」とか「なんでこんなこともわからないんだ」とか言うと、人格否定。

否定すべきはアウトプットであって、その「人」ではない。


「違う意見」を言い合える関係性の大切さ


仕事上で、誰かと意見が異なった時に、「それは違う」と言われて、いちいち落ち込んだり、凹んだり、悲しくなったり、怒ったり、イライラしたりするのは、しんどい。自分もしんどいし、相手もしんどい。

「意見」や「考え」や「方向性」の違いに気づいた時に、「それは違うと思う」「私はこう思う」と言い合える関係性は、ビジネスをしていく上ではとても大事だ。

違うと言われて、自分が否定されてような気にならない。
意見への否定が、自分本体(=人格)への否定ではない。

考えやアウトプットしたものに対しての否定や反対意見に、いちいち感情を持っていかれていると、議論にならない。

より良いものを作ろうという目的の上で、様々な意見を出している。賛成も反対も出し合うから、より良い考えが出てくる。
アウトプットへの反対意見が、自分への否定ではないのだ。


発信に対する反応は、「単なるリアクション」である。


そう思えれば、
誰かからの評価や、
発信への反応でグラグラしなくなる。

「発信するのが怖い」と感じる人の中には、
自分の書いたことや言ったことに対しての反応が怖い、
誰かに何かを言われたらどうしよう、という恐れがあることが多い。

でも、人の数だけ考え方がある。人の数だけ意見がある。
自分と全く同じことを、同じように感じて、同じように考える人なんていないのだ。

意見も考えも違って当たり前。違うからこそ、発信する意味がある。

自分の考えや主張が、どんな人にも100%受け入れられることなんてない。

いいね!そうだね!その通りだね、という反応も、
わかります!感動しました!共感の嵐です! という反応も、

それは違うと思う、私はこう考える、という反対意見も、

どれも「そうなんだー、この人はこう考えるのね」と受け止めればいい。
その上で、自分の今後に活かせそうな意見は、受け入れて、改善するなり、工夫するなりすればいい。

自分のアウトプットに対しての意見は、あくまでも「相手のリアクション」にすぎない。

過度に恐れることもないし、何でもかんでも受け入れなきゃいけないわけでもない。





私には、いつだって、どんなときだって、
絶対的な価値がある。
それは何があっても変わらない。



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さわらぎ寛子/コピーライター・著者
『キャッチコピーの教科書』6刷、『発信力を強化する「書く」「話す」サイクル』3刷等、4冊の著者。 「言葉で仕事をつくる」をテーマに、講座やセミナー、企業研修をしています。 HP:https://www.kotoba-works.com