痛い、の話と、ピアノの話、の雑文

つれづれなるままに。

3日くらい前に、夜中にお風呂場ですべって転んで、膝の皿を強打しました。打撲いたい。タイル、硬くていたい。お風呂場って、全裸で転ぶのに特に適してないと思った。ふいに小学校の体育マットのことを思い出します。あれは転んでも痛くなかったけど、独特の臭みがあった。今はもう、マットで転ぶだけでも背中とか痛めそう。。
転ぶのに適した場所ってあるのだろうか。トトロのおなかの上とかネコバスの中がいい。でも全裸で転ぶのはどのみちいやだな。
縁起の悪いワードを連発してしまいました。受験的なものをまだ控えている方は『この人が悪い事態は肩代わりしてくれたんだ』と思っていただければ。

痛いといえば、ピアノを弾いててずっと両手の親指の付け根が痛い。ツェルニーを弾いてるときの自分の指が特に、いかにも痛くなりそうな弾き方です、って感じだなと思ったので、いったんツェルニーを弾くのをやめました。

子どものころ練習した歴代の曲を見ていくとショパンが全然ない。
弾きたかったけどなかなか弾かせてもらえなかったので友だちに小犬のワルツと幻想即興曲の楽譜をコピーさせてもらった形跡があるけど、これも結局あまり弾きこみませんでした。
ベートーヴェンのソナタのほうが断然印象深い。ベートーヴェンの曲って、しつこさにも似た得体の知れない馬力のような魅力がある気がします。ジョジョの奇妙な冒険の四部に出てくる吉良吉影みたいな。あ、だから私はジョジョが好きなのかな。

月光とか、ベートーヴェンのソナタを今いくつか思い返してみると進行が予測しやすくて左手もわりとトライアドのパターンの繰り返しのものが多いように感じます。ハノンやツェルニーをやったことがあれば、左手はその延長線上だと思えるイメージ。
でもそこからドビュッシーとか弾こうとすると勝手が違う感じになる。
今自分に必要なのはツェルニーよりミクロコスモスかなーとなんとなく思ったりしてます。

ありがとうございます!糧にさせていただきます。