短編「食欲の早弁」(『犬を抱いて眠る』2017年より)

「食欲の早弁」

 園の木曜日は弁当の日である。園児達は各家庭から弁当を持ち寄り昼食に食べる。ゆえに木曜日の朝や前日水曜日の晩は面倒が増えるなどと感じている保護者も多いのだった。組を問わずこの規則は適用されたので木曜日は全組で弁当が持ち寄られた。

 ある春の天気の良い木曜日のこと、もうあと三十分もすれば昼食の時間になろうという頃に二人の園児が園の庭の花壇の縁石に腰掛けて談笑していた。二人は年中組にあたるスズラン組の男児である。一人の名はカケルといい、もう一人の名はヨウイチといった。

「かーくん今日はお弁当の日だね。お弁当持ってきたかい」

 ヨウイチが尋ねると、カケルは自分の小脇の陰にある弁当袋を膝に乗せた。

「持ってきたよ。お腹がすいた」

 カケルはそう言うと、弁当袋の締め紐を緩めて、ヨウイチにも中が見えるような形で袋の中を覗き込む。

「おれは忘れてきたの」

 ヨウイチは告白した。カケルは一度友人の顔を見つめると言った。

「じゃあ一緒に食べる?」

 カケルの問いは修辞的なものに過ぎなかったようだ。カケルはそのまま弁当袋から弁当を取り出して膝に乗せた。

「まだお弁当の時間じゃないよ。お部屋に戻って食べんだよ」

 ヨウイチは慌てて言うとカケルの腕を掴んだ。それでもカケルは弁当の蓋を留めているゴムバンドを外してしまった。

「よういちが持ってきてないから今食べなきゃダメだもん」

 カケルはそう言って弁当の蓋をはぐりにかかった。途端に弁当はカケルの膝から滑り地面に落ちる。しかしそれが再び跳ねて、蓋と弁当箱があたかも動物の上顎と下顎のように動き、カケルの前頭部へ噛み付いた。カケルは短く小さな驚きと痛みの叫び声をあげたが、次の瞬間には前頭部の皮膚と肉とが頭蓋骨からずるり剥かれて、そのまま後方の花壇へ仰向けに倒れた。弁当は地面に降りるとカケルから剥いた前頭部の皮と肉片を咥えてむしゃむしゃ食べ始めた。

「早弁だ」

 ヨウイチはびっくりして仰け反った姿勢でそう呟くと、慌てて立ち上がって弁当から距離を置きながらも弁当をじっと観察し始めた。弁当は弁当の中身を撒き散らしながら飛び跳ねて倒れているカケルに近づくと、今度は左肩に噛み付いて衣服ごと肉を食いちぎって食べ始めた。カケルの頭と肩からは彼の綺麗な白い骨が見え、真っ赤な血がどぶどぶ流れ出て花壇の土に吸い取られていた。

 弁当は食いちぎった肉を食べ終えると、次は腹、次は首という風に次々カケルの肉を食っていった。ヨウイチがしばらく観察している間にカケルのおもて面の肉の殆どが弁当に食べられてしまった。まるで魚を開いた時のように綺麗なカケルのひらきになった。

 園の建屋から「お昼ですよ、お昼ですよ」と保育士らの声がする。ヨウイチは肉片を咥えている弁当に掴みかかってゴムバンドで蓋と弁当箱を固定すると、地面に落ちていた弁当袋の中へ弁当を入れた。キュッと締め紐で袋の口を閉じ、建屋へとトコトコかけていった。これからが彼のお昼ご飯である。

(松倉弘城、2017年1月)

収録電子書籍情報:
『犬を抱いて眠る』
価格:¥380(税込)
著者:松倉弘城(Hiroki Matsukura)、竹内誠也(Seiya Takeuchi)
発行:竹松社(Chikushousha)http://chikushousha.wpblog.jp
販売:Amazon Kindle→https://www.amazon.co.jp/dp/B071DGGRRW/
発行日:2017年4月20日
ISBN:978-4-9909572-9-2

「犬」を抱いて眠るふたり、竹内誠也と松倉弘城が著述したエッセイ、詩、小説、論考の三十四作からなる作品集。
ふたりが抱いている「犬」とはなんなのだろうか―――

興味を持って頂けた方、是非ご購入ください!!
これからも、またちょくちょく作品紹介していきます。


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