私と社長の接点|47キャラバン#20@鳥取
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私と社長の接点|47キャラバン#20@鳥取

はじめに

ポケットマルシェ事業開発チームの権藤です。

昨年10月、「REIWA47キャラバン」と題する全国行脚の一環で、社長と鳥取県を訪問した。今回は、キャラバン20県目鳥取編のレポートである。

▼「REIWA47キャラバン」について

ポケットマルシェCEO高橋博之は、全国を行脚し、これまでに700回以上の車座を開催し、生産者・消費者の声を聞いてきた。東日本大震災から10年の節目を迎える来年の3.11に向けて、改めて、47都道府県を行脚している

Vol.1 加藤翼: 京大から、林業家へ

まずは、1人目。智頭町で林業をする加藤翼(26)の現場へやって来た。京大出身の彼は、卒業後すぐに、地縁のないこの町で林業を仕事にすることを選択した。彼はなぜこの道に飛び込んだのか?

理由は、大学時代にさかのぼる。自分の進路に悩んだ彼は、休学して、高橋博之の立ち上げた「東北食べる通信」で1年間のインターンをしたのだ。そこで、農家・漁師の力強さに触れたことが大きな要因だという。

自分が一匹の魚も獲れずに船上で酔い続けている中で、たくましく魚を獲り続ける漁師。そのほかにも、東北各地でさまざまな生産者に出会った。

頭で理解するだけでなく、身体で感じるために「現場」に行きたい。自分で自分の暮らしを作りたい。その想いが強まり、林業家を選択したそうだ。

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林業を始めた当初は、周りに馴染もうと慣れないタバコを吸ったりもしていたというが、林業を始めてから今年で3年目。つい最近では仕事ぶりを認められ、「1人で山に入っていい」とも言われたそうだ。一緒に山に入ると、どの木を切るか、どうやって道を作るかといった一つ一つの選択が、周囲や将来にどういった影響を与えるのかを教えてくれた。林業家は、ただ木を切るのではなく、様々なことに頭を働かせて仕事をしているのだ。

複雑方程式した林業の課題

林業の世界は、数十年のスパンで考える思考が必要だ。なぜならば、木の成長にそれだけ多くの時間がかかり、影響が出るのが後になるからだ。

今の日本の森林は、戦後の拡大造林政策の影響を受けている。戦後の木材需要の高まりで、天然林に代わり、スギやヒノキを植え、人工林に転換した。しかし、現在では、国産の木材価格は低迷し、担い手不足にも陥っている。

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森林面積が国土の8割を占める日本において、林業の問題は避けて通ることはできない。私たちも林業の現状のごく一部を身を持って感じた。しかし、圧倒的大多数の人は、林業のことをそもそも知らないのが現実だ。

「世界の裏側で戦争で死んだ人の話をニュースで聞くと、心は痛む。でも、テレビのスイッチを切ればそのことを忘れる。それは、自分に関わりがないからである。もしそこに一人でも知っている人がいれば自分ごとになる。今の世の中にあるのは数多くの分断まずは「知る」ことが力になる。」

「食べる通信」や「ポケットマルシェ」は農業や漁業の作り手の裏側を伝える活動である。他の産業でも同じことが必要なのかもしれない。

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Vol.2 岡崎昭都: 誰もやらないことを自分がやる

2人目として、八頭町を生産する岡崎昭都さんを訪問した。

同級生でも、地元に残っている人は少なく、ましてや、農業をしている人はより少ないという。それなのになぜ?

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おじいちゃんっ子だったという岡崎さんは、自分の見てきた風景を残したいという強い思いで、祖父から家業を継ぐことにしたのだという。

しかし、周りでは後継者が見つからず、生産を諦めるところも多いという。そんな中でも、岡崎さんは、耕作放棄地となりそうな場所を引き受けて、それをどのように効率的に残していけるのかを考えて実行していた。困難な中でも、着実に前に進んでいく岡崎さんの姿はかっこよかった。

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12月、岡崎さんから、クリスマスプレゼントとして、非常に甘味のある花御所柿をいただきました。今は忙しく、ポケマルの前にまだやるべきことがたくさんあるという岡崎さん。いつか来るポケマルデビューが楽しみです。

Vol.3 國吉美貴: 食べることは生きること。生きることは人と関わること。

3人目は、キャラバンの翌日に出会った大山町の農家國吉美貴さん

國吉さんは、学生時代に旅したアフリカのタンザニアの女性達が「食べることは生きること。生きることは人と関わること」という言葉に強く感銘を受け、食べ物を作れるようになりたいと農業を志したという。

そして、家族と共に鳥取に移住して、農業をスタート。今では、写真の通り、たくさんの仲間と一緒に楽しく農業をする國吉さんもかっこよかった。

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私と社長の接点

社長の高橋博之は、鳥取でも、自分のスタイルで約90分間、喋り通した。

「東日本大震災では、食べ物をつくれど食べていくことができない生産者と、生きるリアリティを失った都市住民が繋がり、お互いを救うことになった。これを日常でやっていこうと始めたのがポケットマルシェ。」

高橋は、東日本大震災をきっかけに、食べもの付き情報誌「食べる通信」を創刊し、生産者と直接やり取りをしながら旬の食材を買える「ポケマル」を立ち上げた。その根底にある想いはずっとブレない

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一方、東京で生まれ育った私は、スーパーに並ぶ食材しか見たことがないような”都会人”だったが、2017年から1年間、鳥取に住んだ。そこで、自然と向き合い、食物を育てる生産者に出会い、生きるエネルギーに圧倒された

異質なヒトが繋がると価値が生まれるが、特に「食」を介して生産者と消費者が繋がると、なおさら何かが起きるのだと、その時に実感した。鳥取が、私と高橋博之のビジョンを結び付けてくれたのだと思っている。

こうして2人で鳥取を訪問できた運命の巡り合わせに感謝するとともに、この価値観を世の中に広める役割を全うしたいと改めて感じた2日間だった。

権藤 裕樹

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