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Merriweather Post Pavilion

メリウェザー・ポスト・パヴィリオン。

日本人にとってはやたら長く覚えにくいタイトルであるが、その反面、北岡明佳による錯視ジャケットは1度目にすれば脳裏でウニャウニャと蠢き続ける。

ファンの間ではMPPと略されるこのアルバムは、ニューヨークを拠点に活動するインディー・ロックバンド、Animal Collective(アニマル・コレクティヴ)によって2009年に世に放たれた作品である。

端的に言おう。このアルバムは傑作である。

もちろん自分がこの作品をとことん愛しており、多少なりとも贔屓目に見ている部分はある。更に本作はセールス面ではビルボードチャートにおいて13位という数字を叩き出し、質的評価においても数々のメディアから最大級の賛辞をもって迎え入れられたという客観的事実がある。

しかしそんな前提など無くとも、この作品は一聴の価値があるし、後年に語り継がれるべき魅力を持ったアルバムであると断言できる。

いくら今のメインストリームがいわゆる商業音楽だとか消費音楽にまみれていると言ったって、何もこのジャンルの音楽が高尚であるとか上質であるとは思わない。ましてや宗教的にこの作品を押し売りするつもりなどさらさらない(ただしあなたが有難くも今作を手に取ってくれたのなら、良質なサウンド環境でこの音世界を存分に味わっていただきたい)。むしろ西洋音楽の礎がクラシック音楽にあるとするなら、アニマルコレクティヴの音楽はいわばジャンクフードである。ジャンルレスで、あらゆる音楽のエッセンスを好き放題取り込んだなんとも形容しがたい音だ。

しかし一つ言っておきたいのは、その雑多な音の集合体をアルバムという単位で見たときに、MPPは鳥肌が立つほどに統一性があり、一つの作品として強烈な個性を放っているということだ。もしかしたら自分がこのアルバムを愛する最大の理由はここにあるのかもしれない。

ストリーミングサービスが急速に拡大し、もはやアルバム単位で音楽を聴く必要性が無くなったこの時代でも、あえて1時間ゆっくりと心を委ねたい音楽。それがメリウェザー・ポスト・パヴィリオンなのである。

前置きが長くなったが、この作品とアニマル・コレクティヴについてもう少し深掘りしてみることにしよう。

アニマル・コレクティヴを構成する基本的なメンバーはパンダ・ベア(ノア・レノックス)、エイヴィー・テア、ディーキン、ジオロジストの4名である。基本的と言ったのは、彼らが作品ごとに流動的にメンバーを変えているためである。コアメンバーとなるのは初期メンバーであるパンダ・ベアとエイヴィー・テアの2人で、両者ともバンド活動と並行して積極的なソロ活動も行なっている。

構成メンバーの変化は、作品ごとに全く異なる音像を生み出す。事実、今作の前後にリリースされた「Strawberry Jam」「Centipede Hz」といった作品は、本作とは似ても似つかぬ作風である。

個人的には彼らの音楽に触れたことの無い方にはMPPを薦めているが、機会があればその他の作品もぜひ聴いてみてほしい(初期はデヴェンドラ・バンハートらと共にフリーク・フォークというジャンルのパイオニアとして注目されていた)。

さて、本作にはバリトンギターなどを担当するディーキンを除いた3人が制作メンバーにクレジットされている。また、プロデューサーにはWashed OutやDeerhunterらとタッグを組んでいるベン・H・アレンが迎えられた。

今回のメンバー構成により現れた特徴として特筆すべきは、エレクトロニック色の増加とサンプラーの多用、ツインヴォーカルによるハーモニーの進化であろう。

エッジの効いたバンドサウンドは影を潜め、代わりに無数の電子音と力強いビートがサウンド全体を覆い尽くしている。ジオロジストが操るサンプラーの効果的なサウンドエフェクトも相まって、アルバム全体が独特の浮遊感をまとっているのが印象的だ。コーラス面では、エイヴィー・テアのプリミティブな叫びとパンダ・ベアの伸びのある歌声が高次元で融合し、バンド史上過去最高と言えるハーモニーを奏でている。

その完成度の高さは、本作がしばしばBeach Boysの最高傑作と名高い「Pet Sounds」を引き合いに出されることからも推察することができる。曲間はスムーズに繋げられ、コンセプト・アルバムのエッセンスを感じ取ることもできる。

本作を色に例えるならずばりジャケの如くエメラルドグリーンだ。ビーチ・ボーイズが夏のサーファーミュージックを体現していたとしたら、アニマル・コレクティヴはその「海」や「光」や「色」自体を体現しているような印象を持つ。

サウンドとしてはハイファイでソフィスティケートな音像なのだが、微睡みに誘うかのようなリバーブを効かせた音響処理によりどこか淡く、浮遊感のあるサウンドが生み出される。

夏の太陽に照らされきらめく水面を、水中から見上げている感じ、とでも言おうか。微妙な変化を伴いながら反復するフレーズが織り成すサウンドスケープは、さながら揺らめく水面のような連続性を帯びているのだ。

抽象的な表現が多くなってしまったが、やはりまずは一回この作品を聴いてみてほしい。1周目はきっと、頭の中で目まぐるしく変化するサウンドについていくことに精一杯になってしまうだろう。しかし、おそらく何周かリピートした後に、この作品の真価に衝動的に気づく瞬間が訪れるはずだ。

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